浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

幻肢と小人(ホムンクルス)

ラマチャンドラン,ブレイクスリー『脳のなかの幽霊』(2)

事故でなくなった手足に激しい痛みを感じたり、むずがゆくなったりする。そのような手足を「幻肢」(ファントム・リム)という。他人にはちょっと想像しがたい。「何もない場所(空間)」に、「痛み」を感じるはずがないではないか。ちょっと考えてみよう。

(1) それは、あなたの思い込みですよ。…そう決めつけ、突き放してしまえば、何もよくならない。

(2) 今まで通り手足があって欲しい、というあなたの願望が引き起こした痛みですよ。…何故そのように感じるのか、心理学的に説明しようとしている。処方箋は、「冷酷かもしれないが、現実をしっかりと受け止め、無益な望みを抱かないこと」となるのだろうか。

(3) なくなった手足のその場所に、「魂」があるからですよ。…何のこっちゃ。

(4) 過去の事故の記憶が、いま想起されているのです。…「記憶」とか「想起」という言葉を使って、何かを説明しようとしているようだが、「あなたはいま痛みを感じている」以上のことを言っているとは思われない。

(5) そこ(かって手足があった場所)には、もはや感覚細胞はないのだから、情報伝達はあり得ない。物事を科学的に解明したいと思うならば、こういう事柄には関わらないほうが良い。

しかしラマチャンドランは、こうは考えなかった。まず次の事例からはじめよう。

 ある日、ボストンに住む若い女性から電話がかかってきた。「ラマチャンドラン博士、私はベス・イスラエル病院にいる大学院生です。…私は昨年、叔父の農場でひどい事故にあいました。左足が膝の下からなくなって、それ以来、幻肢があります。電話をしたのはお礼を言いたかったからです。…足を切断した後奇妙なことが起こって、わけがわからなったのです。セックスのたびに、幻肢に妙な感覚を感じるのです。あまりに異様な話なのでだれにも打ち明けませんでした。でも、脳の中で足が生殖器の隣にある図を論文で見て、たちまち謎が解けました」(第2章)

彼女の言う「足が生殖器の隣にある図」とは、(カナダの神経外科医)ペンフィールドの次のような図である。

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ペンフィールドホムンクルスwikipedia 中心後回)

   ペンフィールドは、脳の両側に細いテープのように走っている領域を上から下に順に刺激して、身体各部からの感覚を受け取る部位が、脚・体幹・手・顔・唇・胸腔・咽頭の順にあることを発見した。今日の呼び方で「感覚ホムンクルス」という、この脳表面の身体表象は、大きく変形しており、重要な部位が不釣り合いに大きな場所を占める。例えば、唇や手指に関与する部分は体幹全体に関与する部分と同等の面積を占めている。(第2章)

ホムンクルス(小人)とは、ヨーロッパの錬金術にでてくる人造人間のことらしい。これに興味ある方は、ネット検索するか、しかるべき書物にあたられたい。

さて、ラマチャンドランは、最近腕をなくした患者の「顔面」と「上腕部」に触ると、なくした「手」(幻の手)の感覚が生じることを突き止めた。

 幻の感覚を喚起する点の集合が、一つが顔面に、もう一つが上腕部にあり、この二つの部位は、脳の中で手に対応している領域の両隣(上と下)にあるのだ。…手からの情報入力がとだえると、顔面からでている感覚神経の線維が空いた手の領分に侵入し、その部位のニューロンを活性化するようになった。…(同様に)上腕や肩から出ている感覚神経も手の領分に侵入しているとすれば、上腕に触れたときも幻の手の感覚を生じる。(神経線維の再配置)

考えられる可能性は二つある。一つは、顔面領域に分布している神経線維が実際に新しい分枝を出し、それが手の領域に向かって成長するという考え方だ。…第二の可能性は、おびただしい結合の余剰性があり、(通常は抑制されているが)手が失われると、抑制が解かれて、顔に触れると手の領域が活性化されるようになり、幻の手に感覚を感じるようになる。(第2章)

つまり、心の問題と思われていたものが、神経組織の再編という物理的なもので説明されたわけだ。しかし、これで全く問題なく説明したことになるのか、私にはわからない。…心というよりも、(動物の)身体感覚と脳の対応関係を説明したに過ぎないようにも思える。そもそも幻肢を心の問題と考えたのは勝手読みかもしれない。