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気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

幻のSTAP細胞3 魔女狩り(2)

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この調査委員会の問題性については、「teabreakt2」氏のブログ「理研STAP細胞論文調査委員会報告への根本的疑問」(http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2)に詳しい。ほんの一部だけ引用しておく。(アンダーラインや赤字は引用者)

小保方氏らの聴聞の機会を経ることなく、「捏造」「改竄」という死刑宣告に等しい結論を出して公表したのは、手続き面で著しい問題があるのではないか?

・「捏造」「改竄」という言葉を安易に使って、黄禹錫教授の研究自体の捏造事件と同一視されるような認定はおかしいではないか? 何もないところをあるかのように見せかけるのが「捏造」であり、今回のようなケースで適用する日本語ではないのではないか?

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15348853.html

・「改竄」というが、それによってどういう有利な「錯覚」を惹起し、「別の解釈」に誘導し得るのというのか?……「改竄」だというのであれば、上記操作により研究成果を示す上で何か有利となるものがあるはずです。それを示さずに、「改竄だ」と認定するのはおかしくないでしょうか。もっとわかりやすく言えば、「動機がない」ということです。

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15348864.html

・外部から指摘される遥か以前に自主点検により間違いに気付き差し替えたにもかかわらず、差し替え前の画像を対象にして、「捏造」認定とはどういうことか??

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15348867.html

理研調査委の不服申立却下決定については、

【根本的疑問】 文科省ガイドライン理研規程における「研究不正」とは、研究自体が架空である場合を想定していることは明白であり、その点については留保した上で、論文の画像部分だけの「改竄」「捏造」の調査や認定というのは、あり得るのか? 再現実験結果を待たなければ、認定はできないはずではないのか?

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15451985.html

第二の不服申立て却下決定書の根本的間違いは、「改竄」の定義の誤った解釈です。その本質的意義を踏まえずに、また、法令の用例とも異なる拡張解釈をしてしまっています。

(1)「捏造」の定義との整合性からして、「真正でない=虚偽」と解するのが正しいこと。…「捏造」の定義は、「研究実験も行わず、架空のデータ、結果を偽造する」ということ。「改竄」は、「研究実験は行ったけれども、データや実験結果を、虚偽(架空)のものに加工(=変更・省略)する」ということ。

(2)法令の用例をみても、すべて、「真正でない」を「虚偽」の意味で用いていること。

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15455824.html

結論を一言で言えば、前回述べたように、「改竄」とは、実験結果等の意味する本質情報部分に変更・省略等の加工を加えたかどうか?というところで判断されるはずですから、小保方氏が、画像の組み合わせにより、その本質情報部分に変更等が加えられるという認識もなく、実際、変更はなかった以上、悪意=故意はなかった、ということです。

審査書の認定は、すべて、本質情報部分の変更等になるかどうかを問わず、「改竄」の定義を拡張解釈していますから、それを前提とした議論は失当です。その定義を前提としても、結果予見・回避の注意義務違反により「過失」に当たるのみであって、「未必の故意」でさえないと思います。

また、「改竄」とは、虚偽のものに加工するという偽装目的が含まれるはずですが、審査書では含まれないとする点で間違いです。

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15459550.html

(1)「捏造」の定義の間違い…偽造意図のない「科学的に不適切な行為」全般を「研究不正」に包含させる不合理。「再現性」を一切顧慮しない理不尽さ-文科省ガイドラインや規程の趣旨に反する。

「知的資産の構築・蓄積行為」という科学研究の本質に則して、誤りについて偽装目的・意図があった詐欺的なもの=「研究不正」、誤りについて偽装目的・意図はないが、科学的作法に反するもの=「科学的に適切さを欠くもの」という峻別を慎重に行う必要があると思います。

(2)「故意」認定のおかしさ…同一条件による真正の実験とデータがあるにもかかわらず、それを正しく掲載しなかった不注意、過失を、「データ管理が極めて杜撰で、起こるべくして起こった」として、「そういう間違った掲載になっても構わないと思っていた」という論理立てで、「捏造」認定まで持っていっています。「知の構築・蓄積」への貢献という本質論には一顧だにしない、認定ありきの論理構築になっています。…小保方氏には、間違った画像を使ってもいいという「結果の認容」はないから、「未必の故意」は成り立たない。未必の故意」を含む「故意」の認定においては、動機や目的等についての検討も重要な材料になるはずです。いろいろ専門的に難しいことが刑法の解説書に書いてあって難解なのですが、一般的には、「故意」が成立するためには、結果の「実現可能性の認識」と「実現の認容」とが必要だということのようです(「認容論」)。…外部からの指摘がない時点で自ら画像間違いに気が付き、自らネイチャー誌に訂正画像を送り差替えを依頼したことこそ、何よりの「(その画像が使われてもいいとの結果の)認容はしていなかった」ことの証左ではないでしょうか。

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15490540.html

この主張は納得できないと思われる方は、「teabreakt2」氏のブログにあたってみてください。理路整然と詳細に説明されています。

さて上の引用でアンダーラインや赤字にした部分は、私が漠然と感じていたものである。(私は法律に関しても素人です)

手続き面で著しい問題がある…この調査報告書は、刑事事件における「取調調書」にすら相当しないように思われる。署名押印のない取調調書(供述調書)にすぎない。(http://keijijiken-bengo.com/lawprotocol/

それでもって起訴し、裁判官の役割をも兼ねて、有罪判決を下したように感じた。捏造を認定することは、研究者人生を奪うことになるということをわかっているのだろうか。

故意と過失…テレビのサスペンスドラマを見ている者なら、法律の知識はなくても、故意と過失の違いくらいはわかる。調査委員会が捏造=でっちあげというのなら、小保方は何でそんなことするのか、動機は何なのかということが説明しなければならないだろうに…。あの涙の会見をみたら、せいぜいが重過失だろう、具体的には「思い込み」だろうと感じたものである。(小保方の演技を見抜く眼がない?)