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STAP細胞 法と倫理(7) 憲法違反? 文科省ガイドラインの検討(2)

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前回は、ガイドラインの第1節を検討したので、今回は第2節以降を検討する。

第2節 不正行為の事前防止のための取組

1 不正行為を抑止する環境整備

(1)研究倫理教育の実施による研究者倫理の向上

研究者倫理の話は、繰り返しになるので省略。

(2)研究機関における一定期間の研究データの保存・開示

(略)故意による研究データの破棄や不適切な管理による紛失は、責任ある研究行為とは言えず、決して許されない。研究データを一定期間保存し、適切に管理、開示することにより、研究成果の第三者による検証可能性を確保することは、不正行為の抑止や、研究者が万一不正行為の疑いを受けた場合にその自己防衛に資することのみならず、研究成果を広く科学コミュニティの間で共有する上でも有益である。このことから、研究機関において、研究者に対して一定期間研究データを保存し、必要な場合に開示することを義務付ける旨の規程を設け、その適切かつ実効的な運用を行うことが必要である。なお、保存又は開示するべき研究データの具体的な内容やその期間、方法、開示する相手先については、データの性質や研究分野の特性等を踏まえることが適切である。

 

こいう文章を読むと、呆気にとられる。文科省所管の法人等は、「文書管理」のイロハのイもできていないということだろうか。

いかなる組織であろうと、その運営に当たり必要となる「情報」(ここでは、生データや加工データ、図面、メモ、書類、帳票、帳簿、説明資料、証憑等一切のものを情報と総称しておく。紙、電子データ等記録媒体を問わない)については、情報種別毎にその保管ルールが決められているものである。機密情報については、その取扱いルールが決められているものである。とりわけ公的資金を使用する法人等にあっては、そのアカウンタビリティのためには必須事項の一つである。

それを何をいまさら、「決して許されない」とか、「規程を設けることが必要である」とか言わなければならないのだろうか。本当に何も規程を設けていなかったのか。もし規程があるのならば、所管法人のすべての規程を読み、どこに問題があるのか位、指摘してほしいもの。

「保存(開示)データの具体的な内容やその期間、方法、開示する相手先については、データの性質や研究分野の特性等を踏まえること」というが、これは文科省が逃げていると思う。これではバラバラの規程になる可能性がある。最低限のことは統一ルールとして決めておくべきである。私は、少なくとも公的資金が投与される機関に関しては、文科省がかなり詳細までルールを決めるべきであると思う。

文科省の所管法人は、何千もあるわけではない。

 文部科学省が主管する独立行政法人は2012年4月1日現在、国立特別支援教育総合研究所、大学入試センター国立青少年教育振興機構国立女性教育会館国立科学博物館物質・材料研究機構防災科学技術研究所放射線医学総合研究所国立美術館国立文化財機構教員研修センター科学技術振興機構日本学術振興会理化学研究所宇宙航空研究開発機構日本スポーツ振興センター日本芸術文化振興会日本学生支援機構海洋研究開発機構国立高等専門学校機構大学評価・学位授与機構国立大学財務・経営センターおよび日本原子力研究開発機構の23法人である。ほかに国立大学法人として全国86法人および、大学共同利用機関法人として人間文化研究機構、自然科学研究機構、高エネルギー加速器研究機構および情報・システム研究機構の4法人を主管している。

主管する特殊法人は2012年7月1日現在、日本私立学校振興・共済事業団および放送大学学園の2法人である。放送大学学園総務省が共管している。特別の法律により設立される民間法人、特別の法律により設立される法人および認可法人は所管しない。(Wikipedia)

 次の「不正事案の一覧化公開」は、問題含みだ。

 第2節 不正行為の事前防止のための取組

2 不正事案の一覧化公開

「第3節 4 特定不正行為の告発に係る事案の調査」のとおり、特定不正行為(次節で規定する「特定不正行為」をいう。以下「2 不正事案の一覧化公開」において同じ。)が行われたとの認定があった場合は、速やかに調査結果が公表されることになる。文部科学省では、特定不正行為が行われたと確認された事案について、その概要及び研究・配分機関における対応などを一覧化して公開する。これにより、閲覧した者が不正行為の抑止や不正行為が発覚した場合の対応にいかすことが期待できる。

 「事案の概要及び研究・配分機関における対応などを公開する」ということは、仮に個人の氏名を公表しなくても、当然個人を特定できる。即ち「研究不正を行った者の氏名を公開する」ということと同等である。これは何を意味するか? 当該研究不正を行った者の氏名を「全世界」に公表するというのである。これは科学者コミュニティから追放するという罰を与えるということである。後述するように、何ら法的権限を持たない一研究機関等の「捏造、改竄、盗用」の認定を根拠に、文科省が刑罰を下すのである。こんなことが法治国家として許されることだろうか? (これが私の誤解であれば良いのだが、どうしてもそのように読めてしまう)

 

さてここから、私がこのガイドラインの中核部分であり、最も問題含みであると考える「捏造」「改竄」「盗用」の部分の検討に入る。

理系の人で、以下の文章は煩雑で読む気がしないという人は、それでも構わないが、ならば「調査委」の報告(「捏造」「改竄」「盗用」の認定)をそのまま受け入れることをせず、せめて判断保留にしていただきたいと思う。文系の人で法律に詳しくない人(私はまさにここに分類される)は、どうか自分の頭で考えながら読み進めていただきたい。文系の人で法律に詳しい人は、自説が学説(多数説、少数説)・判例のなかでどういう位置にあるのかを確認の上、「STAP論文不正疑惑」という「現実の個別の事案」の処理と結果をどう評価するのか、ブログ等で明らかにしてほしいと思う。(私はブログをすべてチェックしたわけではないが、文系の人とりわけ法律に詳しい人の意見を聞いたことがない。法学研究者や法学部の学生はブログを書かないのだろうか。それとも、こういうことには関わりたくないと思っているのだろうか。)

それでは、以下、私の論理展開に誤りがないかどうかチェックしながら読み進めていただきたい。(なにぶん私は素人なのでお手柔らかに!)

第3節 研究活動における特定不正行為への対応

1 対象とする研究活動及び不正行為等

本節で対象とする研究活動、研究者及び不正行為は、以下のとおりとする。

(1)対象とする研究活動

本節で対象とする研究活動は、競争的資金等、国立大学法人文部科学省所管の独立行政法人に対する運営費交付金、私学助成等の基盤的経費その他の文部科学省の予算の配分又は措置により行われる全ての研究活動である。

(2)対象とする研究者

本節で対象とする研究者は、上記(1)の研究活動を行っている研究者である。

(3)対象とする不正行為(特定不正行為)

本節で対象とする不正行為は、故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である(以下「特定不正行為」という。)

① 捏造

存在しないデータ、研究結果等を作成すること。

② 改ざん

研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。

③ 盗用

他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。

なお、研究機関における研究活動の不正行為への対応に関するルールづくりは、上記(1)から(3)までの対象に限定するものではない。例えば、研究活動に関しては他府省又は企業からの受託研究等による研究活動など研究費のいかんを問わず対象にすべきである。

対象とする不正行為(特定不正行為)について

「投稿論文など発表された研究成果」には、「投稿論文」の他にどのようなものが考えられているのか。

研究機関内の中間発表も含まれるのか。外部に発表したものに限るのか。

発表されないものであれば、「不正」にはならないのか。データを捏造して、発表の準備を進めていたが、発表間際になって「これはヤバそうだ」と発表を取りやめたら、これは「不正行為」ではないのか。

 

「捏造」「改ざん」「盗用」の定義について

「捏造」「改ざん」「盗用」は法律用語ではない。一般的用法(大辞林 第三版)と、ガイドラインの定義を並べてみよう。

捏造

(一般)実際にはありもしない事柄を,事実であるかのようにつくり上げること。でっちあげ。「神は人間の苦しまぎれに捏造せる土偶のみ/吾輩は猫である 漱石

ガイドライン)存在しないデータ、研究結果等を作成すること。

改竄

(一般)文書の字句などを書き直してしまうこと。普通,悪用する場合にいう

ガイドライン)研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること

盗用

(一般)他人のものを盗んで使うこと。許可を得ないで用いること。

ガイドライン)他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。

このように並べてみると、その微妙な意味合いの差が感じ取れる。捏造は、一般的には「でっちあげ」の意味で、悪用するためにでっちあげるのである。ところがガイドラインでは、そのような悪用のニュアンスが消されて、客観的に判定できるかのように定義されている。改竄も同様にガイドラインでは、悪用のニュアンスが消されて、客観的に判定できるかのように定義されている。ここに一般人の理解とガイドラインの理解に微妙な差異を生じる。

ここで「悪用」という言葉を使っているが、法律用語に「悪意」と言うのがある。

法律用語としての悪意は、ある事実について知っていることをいう。これに対して、ある事実について知らないことは善意という。この用法における善意・悪意は道徳的価値判断とは無関係である。(Wikipedia)

「善意・悪意」は、民事で用いられる用語であり、刑事では「故意・過失・無過失」が用いられるようだ。つまり、ガイドラインの「捏造」「改ざん」の定義は、民事の意味での「悪意」を意味しているようである。しかし一般の理解は「故意」である。

不正疑惑に関しては、<STAP細胞 法と倫理(3)「村の掟」による追放>で紹介した三平弁護士が述べるように、詐欺罪、業務上横領罪、虚偽公文書作成罪の可能性があるのであり、刑事事件として扱われる可能性が大きい。したがって、「捏造」「改ざん」の認定は、「故意」の認定を必要とすると考えるのが妥当だろう。(研究不正が、民事の不法行為にあたるのかどうか、従って損害賠償請求されるのかどうかよくわからない)

 

「故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる」について

ガイドラインはこのような条件をつけている。まず「故意」について、少し勉強しておこう。

刑法においては、「罪を犯す意思」(刑法第38条1項)をいう。その具体的意味や体系的位置づけについては争いがある。

刑法における故意の意義については、認識的要素以外に意思的要素 を含むかどうかについて、意思説と表象説の対立があり、さらに折衷的な動機説も唱えられている。通説とされるのは、認識・予見(両者をあわせて「表象」ともいう。以下、単に「認識」という。)に加えて少なくとも消極的認容という意思的要素を要求する認容説であり、下級審裁判例でもしばしば認容説が採られている。 また、認識的要素についても、どの範囲の事実を認識することを要するかについては争いがある。日本の判例・通説によれば、構成要件該当事実の認識及び違法性阻却事由該当事実の不認識を要するものと解されているが、この中でも細かい対立がある。

行為者の認識と、現実に存在し発生したところとの間に、不一致が生じている場合は錯誤とされ、錯誤論が議論される。

通説では、構成要件要素である構成要件的故意と、非構成要件要素で責任要素である責任故意に分けて議論される。(wikipedia)

未必の故意」と「認識ある過失」については、

 いかなる場合に故意が認められ、また、過失が認められるかの限界の問題として、「未必の故意」と「認識ある過失」の問題がある。未必の故意は故意の下限とされ、認識有る過失は過失の上限となると言われている。故意犯は原則的に処罰されるのに対して、過失犯は特に過失犯の規定がないかぎり処罰されないことから、故意と過失の区別は刑法上の重要な問題のひとつである。(wikipedia)

故意・過失に関しては、なかなか難しいものがある。ガイドラインは「故意による捏造、改ざん及び盗用」を不正行為といっている。逆に言えば、「故意によらない捏造、改ざん及び盗用」は、不正行為にはあたらないとしているようである。調査委員会は、故意・過失の難しい判断を迫られることになる。

「注意義務」については、

刑法上の注意義務:刑法における過失の本質は、注意義務違反であるとされる(新過失論においても、結果回避義務違反を「客観的注意義務違反」とよぶことがある)。

民法上の注意義務としては善良な管理者の注意義務(善管注意義務)と自己のためにするのと同一の注意義務がある。民法は特定物債権における債務者の保管義務の通則として民法400条に善管注意義務を定め、特に注意義務が軽減される場合(民法659条等)を個別的に規定することとしている。(wikipedia)

「過失」「重過失」については、

刑法における過失:日本の刑法では「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」(38条1項)として、過失犯(過失を成立要件とする犯罪)の処罰は法律に規定があるときにのみ例外的に行うとされている。犯罪論における過失とは、注意義務に違反する不注意な消極的反規範的人格態度と解するのが通説であるが、過失犯の構造については議論がある。

犯罪についてどのような理論体系(犯罪論)を想定するのが適当かは、法令等によって一義的に規定されているわけではなく、解釈ないし法律的議論によって決すべき問題であり、過失犯の理論体系についても同様である。過失犯の構造について、以前は、結果の予見可能性を重視する旧過失論が支配的であったが、現在では客観的な結果回避義務違反を重視する新過失論が通説となっている。

重過失:結果の予見が極めて容易な場合や、著しい注意義務違反のための結果を予見・回避しなかった場合をいう。重過失と単なる過失(軽過失)の別は一概に定めることはできず、具体的事例、例えば、責任主体の職業・地位、事故の発生状況等に照らして判断する必要がある。 刑法上、業務上の過失が構成要件とされている例がある。(wikipedia)

 

ガイドラインを再掲する。

本節で対象とする不正行為は、故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である(以下「特定不正行為」という。)

① 捏造

存在しないデータ、研究結果等を作成すること。

② 改ざん

研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。

アンダーラインを引いたところをつないでみると、「故意による、捏造、改ざん及び盗用」となるが、上述の如く「故意」があるから「捏造」「改竄」と呼ぶのであり、「故意による、捏造、改ざん及び盗用」は、重言(馬から落馬する)と考えられる。即ち、ガイドラインは「故意による」と言いながら、そういう限定条件は実質的には無いと考えられる(捏造、改ざん及び盗用には、既に「故意」が含意されている)。

また、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠る」というのは、「注意義務」で述べたところからわかるように、「重過失」と考えられる。即ち、ガイドラインは「重過失」をも「故意」と同等に扱い、「捏造」「改竄」としていると考えられる。

盗用については、

盗用

(一般)他人のものを盗んで使うこと。許可を得ないで用いること。

ガイドライン)他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。

ガイドラインには「適切な表示なく流用すること」というのがある。これは「適切な表示」を行えば、いちいち許可を得なくても「盗用」には当たらないということである。これは至極もっともである。争点は「適切な表示なく」の解釈になる。故意か過失か判断が難しいケースがあると想定される。

 

捏造、改ざん及び盗用の判定には、故意・過失の法概念の理解が不可欠であり、それも表面的な理解ではなく、諸学説・判例を熟知したうえで、現実の事案にどう適用するかを熟慮したものでなければならないと考えるものであるが、ガイドラインでは調査委員にそのような資質を求めていないようだ。

 

(続く)