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STAP細胞 法と倫理(15) 「懲戒解雇」の検討(3)

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前回、菅野の「懲戒処分の有効要件」を紹介した(法と倫理(14)参照)。①懲戒処分の根拠規定の存在、②懲戒事由への該当性、③相当性の3要件である。これを、多比良・川崎データ捏造事件で、考えてみよう。

 

1) 懲戒処分の根拠規定の存在…就業規則第38条第5号に「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に懲戒に処するとあり、第39条に「懲戒は、戒告、減給、出勤停止、停職、諭旨解雇又は懲戒解雇の区分によるものとする。」とある(法と倫理(13)参照)。「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」には懲戒とするが、単なる戒告とすることもあるし、懲戒解雇とすることもある、という規定の仕方である。「以後、気をつけなさい」から「極刑」まで、非常に幅が広い。普通どのような犯罪にはどのような刑罰が課されるかは法律で決められているはず。殺人をして「注意」で済ますとか、車を運転していて時速50km制限のところ5kmオーバーしたので「死刑」に処す、とかいうことはない。では、「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」とは、どの程度の罪なのか? 明確ではない。調査委員の腹一つで決めてよいのか。これでは「懲戒の理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度」が定められているとは言えないだろう。人事院の「懲戒処分の指針」に示されているように、懲戒事由毎に、懲戒区分を定めておかなければならないと思う。

2) 懲戒事由への該当性…多比良の行為は「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に該当するのか否か。多比良の責任著者あるいは教授としての不作為が、いかなる意味で大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけたことになるのか、必ずしも明瞭ではないように思われる。

3) 相当性…多比良の行為が「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に該当するのだとしても、「勤務歴等に照らして重きに失する」ことはないのか、情状を適切に斟酌したのか、不明である。重すぎる量刑をした場合には、社会通念上相当なものと認められないのである。

人事院の「懲戒処分の指針」で、具体的な処分量定の決定に当たっては、

 ① 非違行為の動機、態様及び結果はどのようなものであったか

 ② 故意又は過失の度合いはどの程度であったか

 ③ 非違行為を行った職員の職責はどのようなものであったか、その職責は非違行為との関係でどのように評価すべきか

 ④ 他の職員及び社会に与える影響はどのようなものであるか

 ⑤ 過去に非違行為を行っているか

 等のほか、適宜、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。

とあるが、このような点が総合的に考慮されているのだろうか。

ここまで見てきて、私は次のように考える。

1 懲戒解雇は極刑であるから、刑法犯に限定すべきである。会社(法人)が告発し、刑事訴訟の手続きに則り、刑が確定した時点で懲戒解雇とする。それまでは停職とする。

2 懲戒解雇は極刑であるということは、非常に重い罰を与えるということであり、そのような重い罰はあらかじめ法定しておくべきである。(罪刑法定主義

3 就業規則は法令ではないから、そこに刑罰を定めるべきではない。就業規則のみを根拠に懲戒解雇をすることは、罪刑法定主義に反し憲法違反である。

4 研究不正が重罪であるとするならば、刑法の既存の詐欺罪とか信用毀損罪とか業務妨害罪とかに当てはめるのではなく、特別法を制定すべきである。例えば、研究不正防止法

 

ここで、多比良・川崎データ捏造事件の東京地裁判決を読んでみて欲しい。東京地方裁判所 平成21年1月29日 地位確認等請求事件 事件番号     平成19(ワ)5281 http://kanz.jp/hanrei/detail/82385/

全文読みこなすのは大変だが、「3 懲戒権、解雇権の濫用について (6) 懲戒権、解雇権の濫用について判断する」を、最初に読んでもらっても良いかと思う。一部引用する。

原告(多比良)は本件各論文の責任著者として、論文全体の内容について、最終的な責任を負うにもかかわらず、P4(川崎)が行った実験について、データや実験ノートのチェック等の基本的な確認を行わず、研究室内でも実験の過程を含めた内容について十分な議論をせず、この結果、再現性のない論文を複数作成、発表したものであって、非難されるべき程度は重く、加えて、P4(川崎)の実験については、多くの疑問があり、具体的な指摘までされていたにもかかわらず、論文の作成、発表を続けたのであり、大学の教育者、研究者としてあり得ない行為と評価されても仕方がなく、懲戒処分として極めて重い処分を受けても、不当とはいえない。

このような原告(多比良)の行為が、研究機関としてまた大学という教育機関としての被告(東大)の名誉と信用を著しく傷つけたことは、研究者及び大学等の研究機関の評価が引用論文数によって測られる場面があること(乙9の13)に鑑みても明らかである。再現性の認められない実験研究に関する論文を繰り返し発表し、取り下げるに至ることは、学術研究成果の蓄積という科学の発展の基盤を根底から覆しかねない行為である。…被告(東大)に属する教授が再現性のない論文を作成、発表することは、このような被告(東大)に対して、他のあらゆる不祥事、非違行為とも比較にならないくらいに、教育、研究の両面で社会的な評価、信用の低下を招くものであることは想像に難くない。…本件解雇の懲戒事由は、再現性のない論文を作成、発表したことであり…被告(東大)が懲戒処分を行うに当たっては、慎重な手続により、かつ専門的な検討を踏まえて行うことが求められ、本件解雇についても、前提事実(4)、(5)のとおり、専門調査委員を含む工学系調査委員会等の複数調査委員会が詳細な調査をした上で、慎重な判断をしていることが認められる。以上を総合して考えると、本件解雇は懲戒権、解雇権を濫用したものとはいえない。

私はこれを読んで、「責任著者」「再現性のない論文」「研究機関の評価が引用論文数によって測られる」「再現性のない論文が、教育、研究の両面で社会的な評価、信用の低下を招く」「調査委員会」の争点に関して、被告(東大)の主張を一方的に受け入れたものであり、それは「社会観念上(著しく)妥当を欠く」のではないかと思った。

但し、そう「思った」と言うことは、多比良が無罪であるとかということではない。

そうではなく、就業規則の規程を無条件に前提して議論することはおかしい、裁判所がそういう「村の掟」にお墨付きを与えるべきではない、というのが私の意見である。

 

これまで引用してきた、wikipediaや菅野や人事院の「懲戒処分の指針」を読んでこられた方は、この判決をどう思われるだろうか。

 

次回から、小林論文「研究不正規律の反省的検証」の検討に戻る。

 

(続く)