浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

STAP細胞 より良き未来のために(5)

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今回は「研究不正の実態」と「犯罪原因論か、犯罪機会論か?」について取り上げる。

 

5.研究不正は、人文社会科学系の40代の大学教授に多い

STAP細胞問題は、いうまでもなく「研究不正」の問題である。では我が国においては、いったいどれほどの研究不正が発生しているのであろうか。

公式の統計はないが、「我が国における重大な研究不正の傾向・特徴を探る」(菊地重秋)という論文が参考になる。http://www.jsa.gr.jp/commitee/kenri1309kikuchi.pdf

菊地は新聞記事等を整理し、重大な研究不正98事例を取り上げ分析している(明確に研究不正なしとされた事例は含まれていない。未決着(グレイ)を含む)。おおまかな傾向がわかると思う。結果を紹介する。

(このデータは新聞記事に基づくものであり、氷山の一角かもしれない。)

(1) 専門分野別

専門分野

捏造

偽造(改竄)

盗用(剽窃)

その他

合計[延べ]

医学系(医歯薬学)

15件

7件

6件

7件

30件[35]

理工学系

8件

3件

7件

2件

18件[20]

人文・社会科学系

2件

2

36件

1件

39件[39]

教育学系

1件

1件

5件

2

6件[7]

農学

1件

2

2

2

1件[1]

その他(不明3含む)

2

2

4件

2

4件[4]

合計

27件

11件

58件

10件

98件[106]

バイオ系

21件

7件

6件

7件

36件[41]

教育学系を含め、「約半数が人文・社会科学系」である。私は以前に「自然科学者のなかにのみ不埒なものがいるとは思われず、社会科学者や人文科学者の中にも不埒なものがおり~」と書いたが、予想通りである。人文・社会科学系の研究不正がもっと注目されて良い。理系に「捏造・改竄」が多く、文系に「盗用」が多いのは、研究における「実験」のウェイトが違うので当然だろう。但し、「盗用」か否かの判定には難しいものがあると思われる。

(2) 年齢層別分布

年齢

捏造

偽造(改竄)

盗用(剽窃)

その他

合計[延べ]

20代

2人

2

8人

2

10人[10]

30代

5人

4人

8人

2

14人[17]

40代

10人

3人

9人

3人

22人[25]

50代

9人

3人

9人

2人

21人[23]

60代

1人

2

11人

3人

15人[15]

70代

2

2

2人

2

2人[2]

不明

3人

5人

14人

2人

24人[24]

合計

30人

15人

61人

10人

108人[116]

小保方が「未熟な研究者」であるならば、40代~60代にも「未熟な研究者」が多い。若手よりも、この年代の人が「危ない」と言えるかもしれない。理系は40~50代、文系は50~60代という傾向か。

(3) 職位別分布

職位など

捏造

偽造(改竄)

盗用(剽窃)

その他

合計[延べ]

名誉教授

2

2

1人

2

1人[1]

教授(客員等を含む)

9人

3人

20人

6人

37人[38]

助教授、准教授

7人

1人

11人

1人

19人[20]

講師(専任講師)

3人

3人

2

1人

6人[7]

助手、助教

4人

3人

6人

2

9人[13]

研究員(各種)

2人

4人

2人

2人

7人[10]

大学院生、学部生

2人

2

12人

2

14人[14]

不明・その他

3人

1人

9人

2

15人[13]

合計

30人

15人

61人

10人

108人[116]

教授・助教授が圧倒的に多い。それなりの地位・名声を得た者が「一体なぜ?」という疑問がわく。何か構造的なものがあるのだろうか。

では、研究不正に対して、どのような処罰がくだされたか。

(4) 研究不正に対する量刑

懲戒処分等の量刑

人数(人)

割合(%)

懲戒解雇(相当)

20

17.9

諭旨解雇(相当)

6

5.4

自主退職

9

8

停職・出勤停止等

14

12.5

戒告

4

3.6

厳重注意

5

4.5

除名(学会等)

1

0.9

学位の取り消し

10

8.9

調査中

6

5.4

処分検討・不明・他

28

25

無処分

9

8

合計(重複4人)

112人

100%

論文撤回・著作回収等

62事例(以上)

調査中や処分検討・不明を除くと、約45%が「解雇または退職」である。かなり厳しい処分と言える。(処分については、既に述べてきたのでここではふれない)

 

今後不正を発生させないための予防策を考える際には、こういったデータに基づく必要がある。つまり、決して「未熟な若手の研究者」だけの問題ではない。40代~60代の研究不正は何故起きるのか。教授・助教授と言った地位・名誉を得た者が何故研究不正に走るのか。その心理的要因(動機)・社会的要因(科学技術政策や成果主義の問題)を明らかにしてこそ、その予防策を考えることができる。倫理教育や罰則強化で済む話ではない。今回のSTAP細胞問題では、この心理的要因・社会的要因の解明が決定的に欠如している。

私はそう考えていた。ある講演会記録を読むまでは…。

 

6.「犯罪原因論」か「犯罪機会論」か?

その講演会記録とは、小宮信夫立正大学教授の「コミュニティの安全・安心をどう確保するか」である。http://www.esri.go.jp/jp/prj/social/social_main.html

小宮は述べている。

犯罪原因論…犯罪には原因がある、したがって、その犯罪の原因を探し、突き止め、その犯罪の原因が突き止められたらその犯罪の原因を取り除く、そうすれば社会は安全である、という考え方である。日本ではこの考えは当たり前のように思われるかもしれないが、欧米ではこの考えはもう既に当たり前ではなくなっている。

人格にしろ、境遇にしろ、犯罪の原因はわかるようで、実際はわかっていないことに欧米では気がつき始めた。…「行為障害」、「人格障害」とも、診断名に過ぎず、犯罪の原因ではない。犯罪を犯したので、行為障害等と診断されただけである。

犯罪機会論…欧米では80年代、この「犯罪の原因論」にかわって「犯罪の機会論」が登場した。犯罪の原因があり、犯罪をする動機を持つ人がいたとしても、犯罪を実行できる機会がなければ、犯罪は起きないという立場である。犯罪の原因が分からなくても、犯罪を防げるという考えである。

なるほど。原因を追究しても、因果の連鎖は果てしなく続くし(風が吹けば桶屋が儲かる)、ある原因(例:貧困)が必ず犯罪を引き起こすとも言えない。複数要因のどういう組み合わせで犯罪が起こり、どの要因がどれだけ寄与しているかを把握する説得的な理論は恐らくない。(犯罪心理学や犯罪社会学が、どれだけ説得的で、対策に結びつけられる議論を展開しているのか知らないで言っているのだが…)

そうであるならば、不明瞭な原因に基づき、不明瞭な対策を講じたところで、犯罪防止に役立つとも思えない。科学的な因果究明は大事かもしれないが、まず優先すべきは、「犯罪を実行できる機会」を削減する方策を立案し実行に移すことである、

 

本当にそうか? STAP細胞問題や上記菊池論文の事例を念頭におきながら、もう一度考えてみよう。

「名誉を得る(維持する)ため」(ほめられたい、尊敬されたい)というのは、不正の原因かどうか。「名誉を得る(維持する)ため」というのは、大部分の人が持つ欲望と言ってよい。そのようなものを取り除いたり、抑制するといったことはできない。それは「単なる動機」なのか、「不正の原因」になりうるのか

本人が「名声を得る(維持する)ため、不正を働きました」と供述したとき、それはどう考えたらよいのか。普通の人は「名声を得たい(維持したい)」と思っても、不正を働かない。本人が「貧しくて生活に困り、盗みを働きました」と供述したとき、それはどう考えたらよいのか。普通の人は「貧しくて、生活に困っている」と思っても、盗みを働かない。このように考えて、本人の経歴、生い立ち、性格、親族(遺伝)等が調べられ、「不正を働く」に都合の良い情報が集められる。そして人格障害説が唱えられる。しかし、「不正を働く」に都合の悪い情報が無視されているのではないか。それは、後付けの「為にする議論」ではないか。「犯罪があった→人格障害であった」…これで原因が明らかになったと言えるのか。対策をとれるようになったと言えるのか。そうは言えない。というのが、犯罪機会論の立場であろう。

しかし、本当にそうだろうか。犯罪原因論を全く否定してしまって良いのか。貧困の例を考えてみよう。「貧困」で犯罪のすべてを説明できるわけではないのはその通りだが、犯罪機会論の立場にたてば、そのような貧困云々は考えなくても良いということになるのではないか。犯罪になにがしかの影響を与えている「貧困」について何も考えなくても良いというのは極論ではないか。

「名声を得たい」というのは、どういうことか。それは「人事評価」に関係することなのか。関係するのだとしたら、「評価基準」を問題にしなくても良いのか。犯罪機会論の立場にたてば、そのような問題の所在を指摘することは無意味になるのではないか。

 

このように考えてくると、「犯罪を実行できる機会」を削減する方策を考えることが最重要であるが、そこにとどまらず、犯罪の原因を考え、問題点を明らかにしていくという作業も欠かせないということになろうか。

 

(続く)