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気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

グローバルなコミュニティーの責任ある一員となる(1) 「国家の呪縛」と「シリア難民問題」

私は、時事問題を論ずるだけの勉強をしていないので控えているのだが、昨今の政治動向に無関心ではない証として、断片的ではあるがメモを残しておくことにしよう。

 

1.国家の呪縛

今般の安全保障関連法案の論議において、これを憲法問題、民主主義の問題、日本の安全保障の問題として論ずることには、もちろん意味があるが、それだけではなかなか議論がかみ合わないし、大事な点が抜け落ちているのではないかと感じている。それは、問題をグローバルにとらえていないのではないかという点である。つまり、安全保障とは「世界」の平和と安全を維持すること、「そのために、平和に対する脅威の防止及び除去侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整または解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること」(国連憲章第1条)であろう。とするならば、「日本」の防衛(自衛)が問題なのではない。「日本」とその同盟国の防衛(集団的自衛)が問題なのではない。そうではなく、「世界」の平和と安全の維持が第一に考えられねばならないのであり、そのために何をすべきかが問題なのである。しかるに、その基本のところが忘れられ、「日本」、「国益」が前提の議論がなされているように見受けられる。…憲法・民主主義・日米安保などの語り尽くされたのではないかと思われる議論を学びもせず、蒸し返して事態が改善するとでもいうのだろうか(デジャブ)。現実が良くなっていないとしたら、その議論のどこかに欠陥があったのであり、それは何であり、どうすべきかを説得力あるかたちで示さなければならないだろう。…偏狭で、独善的な発想から卒業したいものである。

 

以前、「富裕層はリベラルアーツを学ぶ(4)あなたは、どんな人ですか?」の記事で、IB(国際バカロレア)プログラムは、グローバルな人材を養成することを目指していると紹介した。

すべてのIBプログラムは、国際的な視野をもつ人間の育成を目指しています。人類に共通する人間らしさと地球を共に守る責任を認識し、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する人間を育てます。

  1. 探究する人(Inquirers)
  2. 知識のある人(Knowledgeable)
  3. 考える人(Thinkers)
  4. コミュニケーションができる人(Communicators)
  5. 信念を持つ人(Principled)
  6. 心を開く人(Open-minded)
  7. 思いやりのある人(Caring)
  8. 挑戦する人(Risk-takers)
  9. バランスのとれた人(Balanced)
  10. 振り返りができる人(Reflective)

この「IBの学習者像」は、IBワールドスクールが価値を置く人間性を 10 の人物像として表しています。こうした人物像は、個人や集団が地域社会や国、そしてグローバルなコミュニティーの責任ある一員となることに資すると私たちは信じています。

「人類に共通する人間らしさと地球を共に守る責任を認識し、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する人間」でなければ、「グローバルなコミュニティーの責任ある一員」たりえない。これを学ばなければ、大学に入る資格はない

 

但し、こう述べたからと言って、現に存在する「国家」を無視して、ただ理想論を語れば良いというものではない。現実主義とは、「国益」を第一に考えることではなく、「国家」の現実を踏まえて、「国家」を超えることであろう。

 

2.シリア難民の問題

現在、世界の政治において大きな問題になっているシリア難民の問題ついて考えてみよう。これは、「世界」の平和と安全を考える格好の事例だろう。この問題に何の関心も興味も持たない者に、「安全保障」を語る資格は無いと思う。

まずシリアの場所を確認しておこう。(google map)

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シリア内戦による難民は、どれ位の規模なのだろうか。以下のボーダレス・ジャパン(宮本理奈子)の記事が実情を良く伝えていると思うので、ほぼ全文引用する。(http://www.borderless-japan.com/blog/members/7815/

人口の半分が難民

2011年から始まったシリア紛争は収束の気配を見せず、2014年末にはシリアを難民の最多発生国とした。国外へ逃れたシリア難民は約410万人。そして国内で避難生活を送っている人々は760万人にものぼる。これはシリアの総人口[約2200万人]の約半数、世界の避難民の約5分の1という、他に類をみない規模となっている

難民の行き先

シリア難民の主な避難先は、周辺国であるトルコ、レバノン、ヨルダンなどで、避難国の約9割を占める。しかし、難民の爆発的な増加により周辺国で難民キャンプに入るのは難しく、生活状態も悪化しているため、欧州を目指す難民が増えている。さらに今月、世界食糧計画(WFP)は財源不足のため、シリア周辺国に滞在する難民36万人への食料支援を打ち切った。またイラクでは8月、世界保健機関(WHO)や提携する支援団体が医療支援の84%を中止している。これらの難民支援機関の深刻な財源不足が、難民をさらに欧州へと向かわせる一因となっている。

難民がドイツを目指す理由

特にドイツを目指す難民が多い。ドイツは労働力不足から難民を受け入れたいという思惑もあり、国として難民の生活支援に60億ユーロ(約8,000億)を拠出する意向だ。内訳は難民の収容施設や給付金の支払い、ドイツ語教育など、避難後もある程度の保証が見込める。難民にとっては大きな魅力である。

避難先までの険しい道のり

しかし、ドイツへ行くとなれば直線距離でも3,000km以上ある。逃げるのにも相当なお金がかかる。すでに越境請負業というビジネスが出来上がっており、年間1500億円市場とも言われている。シリア難民を標的とするシリア人悪徳請負業者も多い。トルコからギリシャへ向かうゴムボートに、1人4000ドル(約48万円)請求されるケースもあるという。それだけ法外な値段を払っても、定員の2倍以上の人員とともに故障したボートに乗せられ、死亡者を多く出すなど、安全性にもかなりの問題がある。川上泰徳氏による「ドイツまで歩いたシリア難民の証言」を読むと、どれほど国境越えが過酷なものなのかが想像できる。お金がなければ難民になることもできない

難民への対応には各国葛藤も

ドイツ:命をかけて欧州にたどり着いても、安心はできない。表面的には受け入れに好意的なドイツでも、極右勢力の難民排斥デモや受け入れ施設への放火・襲撃が相次いでいる。職を奪われることや難民を受け入れる負担を懸念する住民もいるということだ。緊急措置として開放した国境も、押し寄せる難民の多さに1週間で国境管理をする方向へと政策転換した。

ハンガリー:欧州への玄関口であるハンガリーも、難民を食い止めようと徒歩入国唯一のルートであるセルビアとの国境に通じる線路をフェンスで封鎖した。政府は約175キロに及ぶセルビアとの国境をフェンスで遮る工事も進めている。さらにフェンスに近づく難民に催涙ガスをふきかけたり、水を放ってどうにか難民の入国を防ごうとしている。また難民キャンプでも食べ物を地面に投げて配給するなど、人権を尊重しない対応が目立つ。

日本:しかし一番非人道的なのは、どの国より難民の受け入れに消極的な日本かもしれない。これまでに日本に難民申請したシリア人は60人で、そのうち認められたのはわずか3人。欧州やアメリカでも数万~数十万単位での受け入れをしている現状を考えると、どれだけ少ないかがわかる。

最後に

各国の対応に、難民に対して同情的な気持ちになりつつも、突然何万という異教徒が連日押し寄せてくる状況には、恐怖や負担の懸念が勝るとしても不思議はないのかもしれません。ですが、ボーダレス・ジャパンは本気で難民の方々のための新規事業プランを考え、動き出そうとしています。また、プランはすぐに実行に移せないとしても、寄付ならできると思いませんか。「日本人はお金しか出さない」という国際社会の非難もありますが、お金がないと最低限の食料支援もできません。今一番困っているのは、難民より国外に逃れることもできない国内避難民かもしれません

 

The Huffington Post(Nick Robins-Early)は、次のように伝えている。

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お腹をすかせた多くの人々が、爆撃を受けた南シリアのヤルムーク難民キャンプ内で長蛇の列を成している。今年1月30日にダマスカスのパレスチニアン難民キャンプで撮られたこの写真は、男性も、女性も、子供も、逼迫してる食料や衣料品などの助けを求めて列に並んでいる。ヤルムークのキャンプには18,000人以上の難民がおり、多くが餓死しようとしている。このキャンプはもともと1948年に、アラブ・イスラエル戦争から逃げ出したパレスチナ難民を収容するために建設された。シリアでの衝突の最初から、このエリアは、政府軍と反乱軍の戦闘の間にあるため、食料や医薬品の支援が止まり、人道面での被災地となった。栄養失調で何十人もの人が亡くなり、ヤルムークに閉じ込められた人々が生き延びるため草や猫を食べているとの報告もあった国連からの救援物資が2014年1月ごろから徐々に届き始めたが、時として一日にわずか小包60個であったり、届いても、この写真にあるような悲惨な結果だったりした。(投稿日: 2014年02月27日)

http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/27/syria-refugee-photo_n_4864026.html

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しかし、難民を受け入れたり、支援を強化しても、問題は解決しない。

なぜ難民が発生しているのか? シリア内戦とはどのようなものなのか?

 

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http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/022/325/48/N000/000/003/137805803723213131287.png

 

 

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http://www.asahi.com/articles/photo/AS20140927000283.html

 

誰が、誰と、何のために、戦っているのか。末近浩太(立命館大学教授)が、的確に分析しているように見受けられる。(2013/8/28 synodos 記事:シリア「内戦」の見取り図)(http://synodos.jp/international/5339

2011年3月に始まったアサド政権に対する市民の抗議デモは、政府に対して政治や経済の改革を訴えるものであり(体制打倒を叫ぶものは皆無)、生活の改善(貧富の格差が拡大していた)や汚職の追放などを要求していた。

これはどこにでもある話であり、これを武力により、達成しようとか、抑えつけようということにはならないはずである。

アサド親子二代にわたるシリアの権威主義体制は、1963年のアラブ社会主義バアス党による革命にまでさかのぼる。

 wikipediaによれば、

1940年12月にニーチェマルクスヘーゲルフィヒテベルグソンの思想に影響を受けたアラウィー派アラブ民族主義者ザキー・アル=アルスーズィーとその弟子たちがダマスカスで秘密結社「アラブ・バアス党」として結成。1963年3月8日のクーデター(バアス革命)で政権党となった。1967年の第三次中東戦争にてシリアが敗北すると、対イスラエル慎重派のハーフィズ・アル=アサドが1970年のクーデターで政権を握る。「バアス」とはアラビア語で「復興」「使命」を意味し、党名への採用にあたり「かつて東は中国から西はスペインに及ぶ広大な領土を勢力下に置き、化学や医学など様々な学術・技術で世界をリードしていたアラブの栄光を取り戻す」という意を込めている。更に、アラブ社会主義・汎アラブ主義(アラブ民族主義を併せ持つ政治的主張を有している。イスラム原理主義とは対立している。バアス党の結党当初の目標は、西洋によって線引きされた既存の国家群を解体し、統一したアラブ民族による国家を建国することが目的であった。

ロシアがアサド政権を支援し、欧米が反体制派を支援する歴史的背景をきちんと把握し、双方の主張を理解しておかないと出口は見えないだろう。難民を援助すればそれで良いという単純な話ではない。

バアス党による強権支配は、どのように正当化されてきたのだろうか。バアス党は、アラブ・ナショナリズム(アラブ民族主義)の考え方に基づき、宗教・宗派や出身地などの差異を乗り越えることでシリアを治めながら、他のアラブ諸国に対して統一アラブ国家建設の必要性を訴えた。このアラブ・ナショナリズムにしたがえば、アラブ世界の一部であるパレスチナを「占領」しているイスラエルとの対決は不可避となる。実際にシリアは他のアラブ諸国とともに4度の中東戦争を戦い、現在に至るまでイスラエルとの戦時体制を敷いている。つまり、バアス党による強権支配は、アラブ世界の統一とイスラエルとの戦争という2つの「未完のプロジェクト」によって正当化されてきたのである。

アメリカとイスラエルの関係、中東戦争、石油資源をめぐる争い、これらの歴史をよく勉強しないと、現在のシリア難民の問題を理解できない。「強権支配」というが、それがどの程度のものであったか。「強行採決」は、「強権支配」とどれだけ異なるのであろうか。

アサド大統領は、「包括的改革プログラム」と呼ばれる一連の政治改革を実施した。それは、内閣の総辞職(2011年4月)、政党法の整備、地方分権化の促進、言論と報道の自由化の推進(以上、同年8月)、さらには憲法の改正(2012年5月)までをも行い、国民対話を呼びかけた。

 まともな対応のように思われる。

その一方で、抗議デモの拡大を阻止するための過酷な弾圧も行った。

 末近の記述ではここがよく分からない。なぜ過酷な弾圧を行わなければならなかったのか。「包括的改革プログラム」の提示だけでは、市民は納得しなかったのか。もし納得しなかったのだとしたら、それは何故なのか。それとも既に外国勢力(ロシア、欧米)の力が及び始めていたのか。その後の推移からすると、ここがポイントであるような気もする。

過酷な弾圧は、シリア市民の心をアサド政権から引き離し、アサド政権の打倒を叫ぶ声がシリア国内で高まることとなった。それにともない、抗議デモの側にも治安部隊や政権支持者に対する暴力の行使が見られるようになった。その結果、国軍・治安部隊と反体制武装勢力との暴力の応酬が始まり、「血のラマダーン」と呼ばれた2011年8月には激しい弾圧が敢行された。

上にも書いたが、政党法の整備、地方分権化の促進、言論と報道の自由化の推進が、2011年8月だとすると、この同年同月の激しい弾圧とどういう関係にあるのか。また、末近が後で書いているように「武力」が大きな要素だったのだとすれば、ここで言う抗議デモの側の「暴力の行使」に使われた「武力」は、どのように調達されたのか。

シリアで起こっていることを「アラブの春」の枠組み、すなわち「非暴力の市民による民主化運動」の枠組みで捉えるならば、2011年夏、抗議デモが始まってから5ヶ月たらずの時点で、その物語は終わったと言っても過言ではない。それが「非暴力」でなくなったからだけではない。それが「市民による」ものでもなく、「民主化運動」でもなくなったからである。

末近は、これを「国際軍事紛争」と捉えているようだ。いまや「内戦」ではなくなったのである。

2011年9月、反体制勢力の武装集団自由シリア軍」が結成された。国軍・治安部隊から離叛した上級士官や兵士を中心に様々な背景を有する人びとの寄り合い所帯であった。離叛兵士は2011年末までに15,000人に上ったとも伝えられたが、そのほとんどが抗議デモの激化している地方都市の出身者であり、拳銃や小銃などの小火器を有するに過ぎなかった。忠誠心の面から見ても、装備の面から見ても、軍事力で勝るアサド政権が反体制勢力によって倒されるはずはなかったのである。そうだとすれば、むしろ疑問は、自由シリア軍を中心とした国内の反体制勢力はなぜ軍事的に敗北しないのか、という点にある。反体制勢力が今日まで「善戦」しているのは、彼らが自己犠牲を厭わない「自由の戦士」だからではなく(こうした見方は、観察者の側が「アラブの春」の「革命物語」や「英雄物語」を反体制勢力に投影しているだけに過ぎない)、単純に国軍・治安部隊に対峙できるだけの武器が存在するからである

重要な指摘だと思う。反体制勢力の武装集団「自由シリア軍」に、武器を供与する者は誰なのか。

国際化とは、シリア国外で活動するアクターが紛争へと参入していくことである。そうしたアクターには、アサド政権の打倒を目指す国家、在外シリア人、そしてサラフィー主義者の3つがある。

アサド政権の打倒を目指す国家には、米国、英国、フランス、ドイツ、ポルトガルなどの欧米諸国、湾岸アラブ諸国サウジアラビアカタール、それからトルコが挙げられる。これらの諸国は、シリアの民主化を是とする点で一致し、外交圧力や経済・金融制裁などを通してアサド政権に対する包囲網を狭める一方で、反体制勢力に対しては様々な支援をしている。例えば、欧米諸国は、基本的に避難民や反体制勢力に対する非軍事の援助物資の提供を行ってきたとされるが、米国もEUも2013年に入ってからは反体制勢力への武器提供を正式に決定しているサウジアラビアカタールは、アラブ連盟での反アサド陣営を主導しながら反体制勢力への武器や資金の提供を拡大している。トルコは、南部のシリアとの国境地帯から自由シリア軍や避難民を支援してきた。

これに対して、ロシアはアサド政権に武器や資金を提供している。イランや中国はどうかわからない。ロシアの支援は、「アラブ社会主義民族主義)」が「大義」となっているのだろうか。

第2のアクターである在外シリア人:2011年の夏以降、アサド政権に対峙する勢力としての主導権を握ったのは、長年にわたり英国やトルコ、ヨルダンといったシリア国外で活動してきた古参の反体制派諸組織であった。2011年10月に反体制勢力の「正式な代表」となる組織「シリア国民評議会」の結成に踏み切った。アサド政権の退陣を訴える諸国の多くが同評議会を承認した。こうした「海外組」の外交活動が「国内組」に武器や資金をもたらしている。しかし、「国内組」から見れば、古参の「海外組」は血を流さないどころか、「アサド後」の権力を横取りしようとしている。溝は「海外組」の内部にも存在しており、在外の反体制諸組織は「アサド後」を見越した権力闘争に明け暮れている。

第3のアクター、サラフィー主義サラフィー主義とは、イスラーム世界が抱える諸問題を解決する上で、その規範や指針を初期イスラーム(サラフ)に求める思想である。誤解を避けるために言えば、サラフィー主義者が存在するのはシリアだけではないし、暴力の行使を是とするのは彼らのなかでもごくわずかである。シリアのケースが特異であったのは、国外から武装した過激なサラフィー主義者が流入したことであった。彼らは、一部のシリア人活動家らとともに、2011年末頃から「シャームの民のヌスラ戦線」などの組織を名乗り、政府機関や政治家を狙ったテロ活動を繰り返した

以上のような、アサド政権の打倒を目指す国家、在外シリア人、サラフィー主義者の3つの国外のアクターが参入することで、反体制勢力はアサド政権と軍事的に対峙し続けることが可能となり、結果的に紛争の膠着状態と長期化をもたらしたのである。

ロシアも同じことであるが、国外のアクターは、なぜ武器と資金を提供し続けるのか。当初、市民が要求していた「生活の改善(貧富の格差が拡大していた)」や「汚職の追放」は、アサド政権を武力により打倒しなければ不可能だったのか。

ここでより強調すべきは、このような国際化の進展がシリア市民をいっそうの窮地に追い込んだことである。シリアの一般の人びとの目から見れば、もはや「アラブの春」は自分たちの手を離れ、国内の自由シリア軍だけでなく、国外の関係各国、反体制派諸組織、サラフィー主義者に乗っ取られてしまった人びとにとっての最大の関心は、今やアサド政権の行く末でもなく、どの組織が権力を奪取するのかという問題でもなく、ましてやジハードの成就でもなく、日々生命や財産を脅かし破壊し続ける戦闘の終結であろう。つまり、国外のアクターの参入は紛争の軍事化を助長しただけではなく、それぞれが掲げる独自の争点が持ち込まれたことで、「市民による民主化運動」の「市民による」と「民主化運動」の両方の側面をスポイル(台無しにすること)してしまったのである。

 シリア国内の難民、国外に逃れた難民に希望はあるのか?

 

 (つづく)