平野・亀本・服部『法哲学』(6)
服部は、「法を1つのシステムとみる見方に立って、法現象の静態と動態を分析」している。ここでシステムとは、
多数の要素とそれらの関係からなる複合体であり、ある特定の社会的機能を果たすことによって外部に働きかける一方、外部からさまざまの要請を受けることによって内部構造に変化を引き起こしつつ、しかし1つの機能システムとしての同一性を維持するもの、と理解しておきたい。ただ、システムをそれ自体実在するものとしてではなく、あくまでも現象を分析するための1つの有益な視角としてみるべきである。
としている。
「システム」というのは、非常に興味深いテーマであり、いずれ検討することにしたい。Wikipediaによれば、
システムは、相互に影響を及ぼしあう要素から構成される、まとまりや仕組みの全体。一般性の高い概念であるため、文脈に応じて系、体系、制度、方式、機構、組織といった多種の言葉に該当する。
「システム」という言葉に対する、厳密で統一的な定義は今のところ与えられていない。物質主義的に見れば、構造と機能すなわち機構の意味合いが強まる。しかし、多くの場合以下のような性質を持つものであると考えられている。
- システムはいくつかの要素によって構成されている
- システムに含まれる全ての要素は、必ず自分以外の要素に対してなんらかの影響を及ぼす
- システムは時間、または時間に写像できる順序集合(全順序集合)に沿って動作する
「一般システム理論」によれば、システムとは以下のようなものである。
- システムは互いに作用している要素からなるものである。
- システムは部分に還元することができない。
- システムは目的に向かって動いている。
- ひとつのシステムの中には独特の構造を持った複数の下位システムが存在する。
- 下位システムは相互に作用しあいながら調和し、全体としてまとまった存在をなしている。
なお、「一般システム理論」とは、
この理論は、電子回路やコンピュータなどの人工物、生物の身体、社会集団など、ミクロからマクロまで様々な現象をシステムとしてとらえ、これら多様なシステムに適用可能な一般理論を構築しようとするものである。
一般システム理論が言う、「システムは部分に還元することができない」、「目的に向かって動いている」と言うのは、よく考えてみなければならない興味深い論点である。私は「システム」と聞くと、いつも「そのシステムは、正常に作動しているのか」と思うのだが、服部の言う「法システム」はどうだろうか。(もっとも本書は入門書だから、あまり細かい話はないだろう)。
http://county-legal.com/wp-content/uploads/2013/02/court-room-dress.jpg
それはさておき、服部の言う「法システム」の構成要素は何か。それは、1.法規範、2.法的活動、3.法的カテゴリーの3つである。そしてこれらが機能するために、それを支える「制度的なしくみ」があることが前提になるという。
まず第1の「法規範」であるが、「その指図内容の機能の違い」により、以下の3つに区別されるという。
- 義務賦課規範…一定の作為・不作為を義務付ける法規範、及びそれと従属的な関係にある法規範
- 権能付与規範…法的に有効な行為を行なう権能を付与する法規範
- 法性決定規範…一定のカテゴリーにどのような現象を帰属させるべきかを規定する規範
さらに、「義務賦課規範」は、4つの規範に区別される。
1-1 命令規範 ~しなければならない。
1-2 禁止規範 ~してはならない。
1-3 免除規範 ~しなくてもよい。
1-4 許可規範 ~してもよい。
命令および禁止が、「義務」であることはすぐわかる。(「指図」というのは、この意味合いが強いだろう)
命令の場合は一定の作為を、禁止の場合は一定の不作為を、それぞれ義務づける。
しかし、免除や許可も「義務」なのか。
免除規範は、特定の場合に作為の義務を解除する規範であり、許可規範は、一般的な禁止を特定の場合に解除する規範である。いずれも、命令ないし禁止規定の存在を前提としてはじめて、その指図内容が意味を持つ点で、広い意味で義務賦課規範に属する。
なるほど。免除や許可が、広義の義務であることは覚えておきたい。
第2の「権能付与規範」は、
自己の所有物を他人に譲渡する権能、契約を締結する権能、遺言をする権能、裁判官を任命する権能などの権能を付与する権能である。
第3の「法性決定規範」は、
「XはYとして見られるべきである」という形をとり、Yには一定のカテゴリーが、Xには諸現象がこのカテゴリーに帰属されるために充たすべき条件が、埋め込まれる。
「法性決定」とは、「法律関係の性質決定」の略。
例えば、ある損害賠償請求の根拠を債務不履行とみるか、不法行為とみるかを決定することに関わる規範。
一般に、ある事態をどのような法的カテゴリーの下で処理するかが問われる場合に、法性決定規範は重要な役割を果たす。
法規範というと、通常「命令」と「禁止」が思い浮かぶが、それ以外に「権能付与」や「法性決定」があることは覚えておこう。
法規範を、「指図内容」ではなく、「名宛人の違い」に着目した場合には、次の2つに区分されるという。「名宛人」というのは、「誰に向かって」と理解しておけばよいだろう。
1 裁決規範(裁判規範)…事案に裁定を下しあるいは紛争を解決するための規準を裁判官等に提供する。
2 行為規範…一般私人に直接一定の行為を指図する。
裁決規範は、一定の要件事実が満たされれば法的効果が付与されるべしという形をとっており、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と定める刑法199条の規定は、形式面のみでみればその典型である。
「人を殺した」という事実認定がなされれば、「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」という法的効果が与えられる。裁判官はこの規定に従わなければならない。
他方、行為規範とは、人々に対して一定の行為を指図する規範のことである。先の刑法の規定も、常識的な理解では「人を殺してはならない」という行為規範を前提としてはじめて規範としての意味を持つ。
法規範の本質を、「裁決規範」とみるか、「行為規範」とみるかに関して、かねてより争いがあったようだが、ここは服部の言うように、
法規範は様々な名宛人を想定した上で、種々の社会的機能を果たすのであり、裁決規範か行為規範かという排他的関係はそこには成り立たない。
さらに、「組織規範」が、これら2つとは別の独立の規範類型とされる。
組織規範とは、各種の法関連機関の組織・権限やその活動の規準・手続を定める規範を指す。…現代社会においては、数々の組織・機関によって法の柔軟な形成・運用が図られている。
「法とは何か(2)」でも出てきたが、法規範の多くは、典型的には「AならばB」、即ち一定の要件事実に対して一定の法律効果が帰属させられるべきことを指図するという規定方式をとる(このタイプの法規範が、法準則)のであるが、
実定法規範の中には、たとえそれが要件事実と法的効果とを条件節でつなぐ規定方式を用いている場合であっても、法準則として理解するのが難しい法規範が含まれている。法原理とか法価値と呼ばれるこれらの法規範は、法準則が「全か無か」という形で適用されるのに対し、そのような二者択一的な適用を予定しておらず、法準則の解釈・運用を方向付ける抽象的・概括的な指針を指図するだけであり、それらの適用にあたっては、具体的事例ごとに諸々の規準・原理との間で比較考量することが求められる。
世界大百科事典の解説によれば、
法規範のなかには,個々の法準則の具体的意味内容とか具体的事例への適用可能性の確定において重要な役割を果たす,法原理・法価値などとよばれる独特の法的効力をもつ一群の規範が含まれているのが通例である。法原理・法価値は,抽象的概括的な指針を規定するにとどめ,具体的事例へのその適用について裁判所その他の法適用機関の裁量をかなり大幅に認めていることが多く,社会の正義・衡平感覚をくみあげて実定法的規準を創造的に継続形成してゆく場合の重要なチャンネルとなっている。
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具体的にはどのような規範か。
公序良俗・信義則・権利濫用・正当事由などの一般条項、憲法の基本的人権の規定、個々の法律・命令の冒頭の立法目的の規定など。
ルール(法)というものは、いかなる事態にも対応できるように、また一切の疑義を生じないように、「詳細」を定めることは不可能であろうから、これらの一般条項や個々の立法目的の規定がきいてくる。それは裁判官の裁量というだけでなく、一般人がルール(法)を解釈する際にも、おおいに指針となる。
服部はこう述べている。
法原理は法システムが自立性を保ちつつも社会各層の正義・衡平感覚への通路を確保するための契機として重要な意義を持っている。