気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

グローバルなコミュニティーの責任ある一員となる(6) 「テロとの戦い」は間違いである

以下は、現時点での私見(仮説)である(順不同)。誤りがあれば、今後訂正していきます。

 

1.ISは「カルト集団」である。

社会に対して不満を持ち、将来に絶望している人たち、そして「生きがい」を喪失している人たち、彼らを「神秘思想(スピリチュアル)」等で引き寄せ、「生きる意味」・「死ぬ意味」を教えているカルト集団がISではないかと思う。集団は、理論的指導者(複数?)と信者(兵士)で構成されているだろう。「国」の統治のために「行政官」もいた(いる)かもしれない。この集団の問題性は、正当防衛ではない「殺人」を是とするところにある。それが「手段」であるとしても、認められるはずもない。

 

2.「テロリスト」といえども、「人間」である。

「正当防衛」ならば、やむを得ず人を殺す場合がある。では正当防衛ではなくても、相手が「テロリスト」ならば、殺しても良いのか。「テロリスト組織」に属していれば殺して良いのか。その場合の「テロリスト」とは、どのような人間を指すのか。われわれ(とは誰か?)が認められない宗教を信仰する者か。「仲間」を殺した者は「テロリスト」なのか。この場合の「仲間」とは、どの範囲の者か。「村」「国」「民族」「教団」「欧米諸国」「先進国」…?

ISメンバーは「テロリスト」だから、無条件に殺しても良いのか。ISはいかなる意味において「テロリスト」なのか。欧米諸国の仲間を殺したので「テロリスト」なのか。仲間を殺されたので、報復のために殺す。それは「仇討ち」だろう。私たちはこのような報復の連鎖を認めるのか。歴史の勉強をしなくても、こんな「仇討ち」がまずいことくらいは、サルでも分かるように思うのだがどうだろうか。

カルト集団のメンバーといえども、殺人鬼ではない。何らかの「(政治的)主張」を持った人間である。なぜ、その主張を聞こうともせず、「抹殺」しようとするのか。彼らの「主張」は「少数意見」ですらない。「無視された意見」でもない。主張すること自体が許されない・存在が許されないというのが現状なのである。ホロコーストナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺)が思い出される。※1

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3.「テロリスト」の殺傷方法だけが「過激」なのではない。

私はIS兵士は、社会に対して不満を持ち、将来に絶望している人間ではないかと想像している。だから社会を良くしようなどとは考えない。いつ死んでもいいと思っている。そこにISの理論的指導者が、無意味な死ではなく、「死ぬ価値」を与える(ジハード)。現在の地位から抜け出せない彼らの復讐心が満たされる。彼らをそのようにしている社会の仕組みとそれを支持している人々すべてに対する復讐である。

彼らは核兵器爆撃機も戦車も潜水艦も持っていない。武器は銃か爆薬しかない。なぜ、こんな原始的な兵器を使用して殺傷することが「過激」で、空爆は「過激」ではないのか。「核兵器」や「化学兵器」は「過激」ではないのか。私はいかなる兵器・武器であろうと、人間を殺傷するものであるかぎり同等であると思う。

ISが「過激」なのであれば、アメリカもフランスもロシアも「過激」だろう。だからイスラム「過激派」と呼ぶのは偏見である。武器を持って戦うものは、すべて「過激派」である。(但し、正当防衛のための武力行使は過激ではない。過剰防衛と微妙なところはあるが。)※2

 

4.「テロとの戦い」は話合いの拒否である。

ISを「イスラム過激派」とか「テロ組織」と呼ぶのは、決めつけ(レッテル貼り)である。いかなる意味において「過激」なのか、「テロ」なのかが明確ではない。自爆や銃乱射だけで「テロ」になるわけではないだろう。「政治的主張」があるから「テロ」なのか。ではISはいかなる「政治的主張」をしているのか。

テロ首謀者とみなされる人物を殺害して、うまくいった過去の事例はあるのだろうか。報復の連鎖で、どうなるというのだろうか。なぜ彼らを「交渉の舞台」に上げようとしないのだろうか。欧米諸国もロシアもISを壊滅させようとするだけで、なぜ話し合おうとしないのか。「テロとの戦い」ではなく、「ISとの対話」を指向すべきである。話し合いを拒否して、組織を壊滅しようとするのは、さらなるISを生むだろう。カルト集団を生む土壌を改良しなければ、歴史は繰り返される。

必要なのは「テロとの戦い」ではなく、「テロ対策」である。カルト集団のメンバーを「人間」と認めた上での対策である。

 

5.2020年東京オリンピックは、ISのターゲットとなるだろう。

現在のISが壊滅させられたとしても、世界のいたる所で第2、第3の「IS分子」が発生するだろう。東京オリンピックでは、「ホームグロウン・テロリスト」が行動するリスクがある。狙いは当然警備の薄いところである。既に自衛隊・警察に潜り込んでいるかもしれない。ドローン兵器が研究されるだろう。サイバー・テロを狙ってくるかもしれない。オーム信者のように「頭のいいテロリスト」が新兵器を開発してくるかもしれない。オリンピックを乗り切ったとしても、その直後を狙われるかもしれない。

テロリスト(カルト信者)を生まないように対策をとるのではなく、テロリスト(カルト信者)予備軍を監視しようというのが現在の対策のように思われる。そのために、今後徹底した個人の思想チェックがなされるだろう。「ネットで自由な対話を」などと呑気なことを言っていたら当局にマークされるだけである。「テロ対策」という大義名分のもと、言論の自由は制約される可能性がある。(形式的には保障されるが、実質的には不利益を被る)※2

 

6.IB人間になろう。

以前、<富裕層はリベラルアーツを学ぶ(4)あなたは、どんな人ですか?>の記事で、IB(国際バカロレア)プログラムは、グローバルな人材を養成することを目指していると紹介した。<グローバルなコミュニティーの責任ある一員となる(1)「国家の呪縛」と「シリア難民問題」>でも引用したが、もう一度掲載する。

すべてのIBプログラムは、国際的な視野をもつ人間の育成を目指しています。人類に共通する人間らしさと地球を共に守る責任を認識し、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する人間を育てます。

  1. 探究する人(Inquirers)
  2. 知識のある人(Knowledgeable)
  3. 考える人(Thinkers)
  4. コミュニケーションができる人(Communicators)
  5. 信念を持つ人(Principled)
  6. 心を開く人(Open-minded)
  7. 思いやりのある人(Caring)
  8. 挑戦する人(Risk-takers)
  9. バランスのとれた人(Balanced)
  10. 振り返りができる人(Reflective)

喫緊の課題である「テロ対策」において、「仇討ち」でしか対処できないとしたら、とてもIB人間であるとは思われない。

私のお気に入りの言葉も挙げておこう。「冷静な頭脳と温かい心(マーシャル)」

 

7.「テロ対策」はどうあるべきか?

公的な場で議論すべきである。但し、G8やG20だけで議論してもダメである。そこでは「テロとの戦い」しか出てこない。私は、国連が主体的に動くべきだと考える。但し、安保理が「テロ非難決議」を出しても、それはISに「国連は敵だ」と思わせるだけで逆効果である。そうではなく、国連代表がIS代表と対話し、打開策を見出すべきである。<グローバルなコミュニティーの責任ある一員となる(4) 誰も置き去りにしない - 持続可能な開発目標(SDGs)>で紹介したSDGsの目標16を思い起こそう。

目標16: Peace and justice(平和、法の正義、有効な制度)

持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する

 

16.1 あらゆる場所において、すべての形態の暴力および暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる。

16.2 子どもに対する虐待、搾取、人身売買およびあらゆる形態の暴力および拷問を撲滅する。

16.3 国家および国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供する。

16.4 2030年までに、違法な資金および武器の取引を大幅に減少させ、盗難された資産の回復および返還を強化し、あらゆる形態の組織犯罪を根絶する。

16.5 あらゆる形態の汚職や贈賄を大幅に減少させる。

16.6 あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる。

16.7 あらゆるレベルにおいて、対応的、包括的、参加型、および代表的な意思決定を確保する。

16.8 グローバル・ガバナンス機関への開発途上国の参加を拡大・強化する。

16.9 2030年までに、すべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供する。

16.10 国内法規および国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。

16.a 特に開発途上国において、暴力の防止とテロリズム・犯罪の撲滅に関するあらゆるレベルでのキャパシティ・ビルディングのため、国際協力などを通じて関連国家機関を強化する。

16.b 持続可能な開発のための非差別的な法規および政策を推進し、実施する。

これをお題目に終わらせないために、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択したすべての国は、まじめに行動すべきである。

誰も置き去りにしてはならない」のである。

 

※1 ネルソン・マンデラはテロリストであった

アフリカ民族会議を率いて有色人種解放と民族融和を果たしたネルソン・マンデラは今でこそノーベル賞受賞の平和運動家だと広く認められたが、南アフリカで政権を執っていて恐怖で黒人たちを抑圧していたピーター・ボタは、ネルソン・マンデラのことを「政府と隔離政策に逆らうテロリスト・危険人物」とし、警察機関などもそういう不当な扱いをしたのである。強権的な政府や独裁的な政府が誰かを「テロリスト」と呼んでいる場合は、あまり妥当性が無い。良心に従う者の視点から見れば、呼ばれている側ではなく呼んでいるその政府自体が、恐怖政治というテロリズムの一種を行っているからである。(Wikipedia)

 

※2 グアンタナモ米軍基地における拷問と虐待

キューバグアンタナモ基地やアフガニスタンのバグラム空軍基地などでは、「テロとの戦い」という口実で、多くの人びとが人知れず身柄を拘束されています。そこでは、人びとは家族や弁護士との面会など外部との接触を一切絶たれ、イラクアブグレイブ刑務所と同じような拷問や虐待が行なわれています。

2002年1月、米当局は最初の「テロとの戦い」における被疑者を、キューバにあるグアンタナモ米軍基地に移送しました──頭に袋をかぶせ、手錠と足かせをつけて。

現在も、30カ国、数百人の被疑者が、起訴もされず、裁判を受けることもないまま、収容され続けています。その多くは、米国のアフガン攻撃のさなかに捕らえられた人びとですが、ガンビアボスニア、エジプト、タイなどさまざまな国で拘束された人びともいます。その中には、「テロ」とは何ら関係のない無実の人も多数含まれていると考えられていますグアンタナモの中では、国際法に基づく被収容者の権利が無視されたままでの、拷問や虐待が繰り返し報告されています。(国際人権団体「アムネスティ」の記事。以下、略)

http://www.amnesty.or.jp/human-rights/topic/terror/

バラク・オバマ大統領は、2008年の大統領選挙において、グアンタナモの収容施設を閉鎖すると公約した。しかし、共和党を中心とする議員の反対にあって頓挫している。(Wikipedia)

 

収容施設の一つ「キャンプ・デルタ・ワン」入口、2005年

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