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気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

芸術と時代(2) 永遠なるものへの衝動

大岡信抽象絵画への招待』(19)

大岡は、大不況期の「連邦美術計画」や「国際シュルレアリスム展」について書いているが、これは省略する。

表現者を駆り立てるものは何か。(芸術家とは、他者が価値ありと認めた表現者に対する呼称である)。大岡はこういう。

一つの時代にアメリカという特定の土地で生じた多様な個性たちによる芸術的創造力の沸騰と形成作用、そしてやがて生じる避けられないその崩壊現象というものを通観してみると、そこには現代社会における創造行為が背負わざるを得ないある種の根本的な困難が、ひとつのモデルケースを通じて透けて見えてくるような気がする。この時代の芸術家たちは、社会秩序の変動が急激でなく、芸術家一人ひとりの着実な個人的成熟の比較的容易だった時代の芸術家たちに比べ、一般的に言って、いわゆる「生き急ぎ」の制作を強いられ、またそれゆえに、「死に急ぎ」の英雄主義の誘惑にもたえず見舞われる傾向を持っていた。

こういう、ある時代に生きる芸術家の「生き急ぎ」、「死に急ぎ」の話を聞くと、これはひとり芸術家だけではなく、かなり一般的な人間像であるようにも思える。純粋なのかもしれない。純粋さは、狂気と死の世界に近い。

多くの画家たちは、自分の作る作品一点一点の完璧性よりも、みずからの「生き方」の一貫性と誠実さに、より重要な価値を置くという傾向を共有した。その結果、一点一点の作品の「未完性」や「断片性」は、決して欠点とばかりは言えないという考え方がいきわたる。完成された大作よりも、ごく自然な自発性によって描かれた素描の方が、作者の純粋で自由な感性的真実を全面的に示すものであるという考え方がそこにはある。生まれたばかりの赤ん坊の生命同様、生気に満ちている新鮮な生命への渇望、がこういう形であらわれているとも言えよう。

「作品の完璧性よりも、<生き方>の一貫性と誠実さに価値をおく」、「作品が未完であっても、作者の自由な感性が表現されていればよい」、「生気に満ちた新鮮な生命への渇望」…一つの考え方であるかもしれない。しかし、私はこの考え方は、二項対立の罠にはまっているのではないかと思う。そうではなく、「<生き方>の一貫性と誠実さに価値をおき、作品の完璧性を求める」、「作者の自由な感性を示した完成品」、「生気に満ちた新鮮な生命への渇望が表現された作品」を求めること、「生き急ぐ」ことなく、「死に急ぐ」ことなく、それらを求めること。

 

そこから、例えばエドガー・ウィントが『芸術と狂気』で指摘している次のような問題が生じる。

「瞬間的な感覚は、われわれに対して長く持続する想像力の追求よりもはるかに強い意味を持っているので、われわれは、ワーズワースが1908年に『狂暴な刺激に対する恥ずべき渇望』と呼んだあの典型的にロマン的な状態に陥ることとなる。そこから、始められたばかりで中止されてしまった未完成の技術作品に対し、その自発性の故にこれを称揚するという事態が起こってくる。このような偏見は芸術家にとって、その体質を弱めるような不健全な雰囲気を作りだす。すなわちそれは、直接的なものに対する努力を奨励し、いかに綿密な苦労の結果生まれたものであっても即興で作られたような新鮮な印象を与えようという一種独特の制作上の詭弁を助長する。芸術におけるカプリチオ(気紛れ)、すなわち際立った不規則性を効果的に整えることが、今日におけるほど支配的な地位を占めていたことは、歴史上かつてなかったのである。」

ウィントは同じ本の中で。「われわれは文法的に整えられた文章よりも、それ以前の霊感に満ちた口ごもりに熱心に耳を傾けようとする。完成された傑作は死んだものであるが、未完成の素描はそれを甦らせる手助けとなる。フォションがその『形態の生命』の中で言っているように、『習作は傑作を生動せしめる』のである」とも書いているが、このような考察を彼がしるしたとき、その念頭には、アンフォルメルとかアクション・ペインティングのような、自発性を生命とする絵画、「文法的に整えられた文章よりも、それ以前の霊感に満ちた口ごもりに熱心に耳を傾ける」、今日広く行きわたった感性的態度の嫡出子であるこれらの絵画のことがあったに違いないと思われる。

「文法的に整えられた文章よりも、それ以前の霊感に満ちた口ごもりに熱心に耳を傾ける」という今日広く行きわたった感性的態度…。確かに。それは今も変わらないかもしれない。(ブログには、この手の口ごもりが多く、それなりの読者がついているようだ)。しかし、私はそれは所詮「素人」のものであろうと思う。

メアリ・マッカシー(1912-1989、アメリカの作家、批評家)は、次のように言っているという。

壁に掛けられるのは絵であって、イベントではない。

これは保守的態度だろうか。私には決してそのようには思われない。…私は「絵」を見たいのであり、「イベント」を見たいのではない。だから、アクション・ペインティングが「生き方」の一貫性と誠実さを示していたとしても、実際に描いているところを見るのでないかぎり、私にはあまり感動がない。

「一回限り永遠のもの」を生み出そうとする衝動は、芸術家であれスポーツ選手であれ、料理人であれ書家であれ、およそあらゆる人間的な表現行為、形成行為の奥底に潜む普遍的な衝動であると言っていい。それはたぶん、人のうちにある「永生」願望の一つのあらわれに違いない。そしてそれが、個々の表現者の個人的傾向の範囲を超えて、ある世代がある時代、ある環境の中で共通に示す願望の性格を強く帯び始めるとき、そこにはひとつの「運動」にまで高まったロマン主義的渇望というものが形づくられることになるのである。アンフォルメルやアクション・ペインティングの時代は、その参加者や理論家たちが仮に強く否定したとしても、そのような意味でのロマン主義の新しいあらわれを経験した時代だったと言わねばなるまい。

そしてまた、一回限りの瞬間的行為の持つ、輝きに満ちた精神的昂揚の瞬間も、いったんその行為が過ぎ去れば、あとにはそれの痕跡としての、絵具という静止した媒体によって地上におしとどめられた一枚の絵が残るだけである。未知の時空への英雄的な挑戦、虚無への身投げは、行為そのものとしては美しい幻、現実に目に見えるものとしては一個の作品と化して、それをめぐる矛盾と分裂はついに解消できぬまま、ひとつの伝説、ひとつの個人的神話として、人びとの胸に刻みこまれ、芸術史の年代記の一頁となって終わる。

こうして、アクション・ペインティングの時代に続いて現れたアメリカ絵画の戦後第二世代は、先行世代に見られた創造行為そのもののロマン主義的な純粋化と聖化、生の一回性への激しい思い入れ、自発性への多分に無邪気な信仰に対するに、クールな相対化、知的な懐疑主義、物質文明の日常生活の場からする軽快な揶揄といった態度を強調する新しいタイプの思想と作品をもって登場することになった。

変転・流動するものの中から切り取った(抜き取った)もの(一回限りのもの)を、「永遠なもの」としたいという願望・衝動は、ロマン主義的と呼ぼうと何と呼ぼうと、「人間の表現行為・形成行為の奥底に潜む普遍的な衝動」である。

 

以上で、大岡信抽象絵画への招待』の読書ノートは終わる。

 

最後に、以前に紹介したことのあるザオ・ウーキー(1921-2013)の作品をあげておこう。

 

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http://www.genevieve-furnemont.com/wp-content/uploads/2014/11/018.jpg

 

ザオ・ウーキーは、

  中国水墨画の伝統に根ざした、東洋と西洋の美意識が融合した独自の“叙情的抽象”の世界を創り出す。風景、自然をテーマに空間の奥行きを感じさせる抽象絵画はヨーロッパの抽象画に新しい可能性を開いた。

1921年、宗王朝にまでさかのぼる北京の名門の家系に生まれる。14歳で杭州の国立美術学校に入学。48年、アンフォルメル(非定形絵画)が胎動し始めたパリへ移住、グランド・ショミエールのアトリエに通う。翌年には早くも個展をひらき“中国のボナール”と評され大成功を収める。フランス各地を始め、ヨーロッパをよく旅し、古典から現代美術に至るまで、その美術を貪欲に吸収していった。彼は「パリの影響が私の技術形成すべてに及んでいることを否定できなくとも、私の個性が確立されるにしたがって、次第に中国を再発見した」と言っている。

64年、ウーキーの最大の支持者アンドレ・マルローの助力でフランス国籍を取得。83年には北京で個展を開く。日本にもしばしば訪れており、大作「アンドレ・マルローに捧ぐ」(1976)が箱根・彫刻の森美術館に収蔵されている。

http://www.praemiumimperiale.org/ja/component/k2/wouki