伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』(2)
別に「論文」を書かなくても、自分の意見を言う場合に、どういう話し方をした場合に説得力があるか(合意を得やすいか)を考慮しておくことは有意義だろう。
前回宿題としたのは、「ある主張をしていて、文末(結論)に以下のような表現があった場合、どのような理由・根拠が必要か」というものであった。伊勢田の解答を示す。
区分 |
№ |
結論 |
根拠 |
量 |
Q11 |
すべて~である |
実際の例外が一つもないことを示す |
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Q12 |
~なものは一つもない |
実際の事例が一つもないことを示す |
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Q21 |
~であることもある |
実例を一つ挙げる |
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Q22 |
~でないこともある |
反例を一つ挙げる |
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Q31 |
~であることも多い |
主張の内容に応じた比率についてのデータを示す |
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Q32 |
~であることは稀である |
主張の内容に応じた比率についてのデータを示す |
可能性 |
P11 |
~であるはずがない |
実例が実際にないだけでなく、絶対にありえないことを示す |
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P12 |
~でないはずがない |
反例が実際にないだけでなく、絶対にありえないことを示す |
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P21 |
~は不可能である |
実例が実際にないだけでなく、絶対にありえないことを示す |
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P22 |
~は必然的である |
反例が実際にないだけでなく、絶対にありえないことを示す |
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P31 |
~かもしれない |
現実に実例があるかどうかに関わらず、実例が可能であることを示す |
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P32 |
~でないかもしれない |
現実に反例があるかどうかに関わらず、反例が可能であることを示す |
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P41 |
~であることも十分ありうる |
単に実例が可能であるだけでなく、何らかの意味でその確率が高いことを示す |
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P42 |
~でないことも十分ありうる |
単に反例が可能であるだけでなく、何らかの意味でその確率が高いことを示す |
価値 |
V11 |
~すべきである |
その記述を満たさないものがすべて所与の価値基準に反していることを示す |
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V12 |
~すべきではない |
その記述を満たすものがすべて所与の価値基準に反していることを示す |
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V21 |
~してもよい |
その記述を満たすもので所与の価値基準に反しない例があることを示す |
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V22 |
~しなくてもよい |
その記述を満たさないもので所与の価値基準に反しない例があることを示す |
伊勢田は、このような表にまとめていたのであるが、これを眺めていただけでは身につかないと思い、これをばらばらにして前回の問題にしたものである。その際、「日本人は、中国の政策に反対する」を例文にして考えてみたら面白いだろうということで、これを「ヒント」にした。(伊勢田は、「アラブ人は、アメリカの政策に反対する」を例文にしている)
http://answersafrica.com/wp-content/uploads/2015/05/Earthquake-e1431700006526.jpg
以下に、私の解答を示す(正解の自信はないが…)。C:結論、E:根拠
Q11C すべての日本人は、中国の政策に反対する。
Q11E すべての日本人に、中国の政策に反対かどうかを聞き、全員が反対であるという事実確認をする。
注釈 このような事実確認は不可能である。…「日本人」をどう定義するのか。将来の(これから生まれてくる)日本人をどう考えるか。日本人は、この質問の意味を理解できるか。中国のどの政策のことを言っているのか。…一般に「すべての…」の主張の根拠を示すことは不可能と考えられる。逆に、この主張に反論することは容易である。中国の政策に反対しない人を1人見つけてくれば良い。…それゆえ、これと同様なことを主張したい場合は、「ほとんどすべての日本人は、中国の政策に反対する」という。曖昧ではあるが、「多くの日本人は~」というより、強い主張になる。
Q12C 中国の政策に反対する日本人は一人もいない。
Q12E すべての日本人に、中国の政策に反対かどうかを聞き、全員が反対していないという事実確認をする。
注釈 このような事実確認は不可能である。…「日本人」をどう定義するのか。将来の(これから生まれてくる)日本人をどう考えるか。日本人は、この質問の意味を理解できるか。中国のどの政策のことを言っているのか。…一般に「一人もいない」の主張の根拠を示すことは不可能と考えられる。逆に、この主張に反論することは容易である。中国の政策に反対する人を1人見つけてくれば良い。…それゆえ、これと同様なことを主張したい場合は、「中国の政策に反対する日本人はほとんどいない」という。曖昧ではあるが、「少ない」というより、強い主張になる。
補足 この主張(Q11C)を強力に支持する根拠が考えられる。それは、次のように「日本人」を定義することである。即ち、「日本人とは、日本国籍を有しながら、中国の政策に反対する人をいう。なぜなら、中国の政策に反対しないような売国奴は、日本人と呼ぶに値しないからである。」と事前に定義しておくことである。そうすると、Q11Cはトートロジー(同語反復)になり、恒に真である。しかしこれは「根拠」とは言わないだろう。
Q21C 中国の政策に反対する日本人がいる。
Q21E A氏(日本人)は、中国の政策に反対している。
注釈 これは単純である。逆にこの反証は難しい。すべての日本人が、中国の政策に反対していないことを示さなければならない。…そこで、中国の政策に反対している人が見つかるまでは、この主張は誤りであると暫定的に結論づけることが妥当であるかどうかが問題となる。この問題は、「可能性」の議論になるだろう。
Q22C 中国の政策に反対しない日本人がいる。
Q22E B氏(日本人)は、中国の政策に反対していない。
注釈 これは単純である。逆にこの反証は難しい。すべての日本人が、中国の政策に反対していることを示さなければならない。…そこで、中国の政策に反対していない人が見つかるまでは、この主張は誤りであると暫定的に結論づけることが妥当であるかどうかが問題となる。この問題は、「可能性」の議論になるだろう。
Q31C 中国の政策に反対する日本人は多い。
Q31E X%の日本人が、中国の政策に反対している。
注釈 「多い」という言葉は曖昧である。X%が多いか少ないかは判断が分かれる。例えば、60%の日本人が反対しているならば、「多い」と言えるのかどうか。90% → 80% → 60%と推移してきたとすると、「中国の政策に反対する日本人は過半数を超えているが、減少トレンドにある」というのが正確な言い方ではないか。「多い」という言葉が、どういう文脈で使われているのかに留意する必要がある。…X%の日本人が、中国の政策に反対しているというデータを示したところで、「多い」ということの根拠にはならない。「多い」に価値判断が紛れ込んでいないかどうか、「事実認定」に、こういう表現が使われるときは注意しなければならない。…X%というときのデータのとり方にも注意しなければならない。統計的に有意な数字であるか否かは、非常に重要な事柄ではあるが、そこが曖昧なデータは多い。
Q32C 中国の政策に反対する日本人は稀である。
Q32E Y%の日本人が、中国の政策に反対している。
注釈 「稀」という言葉は曖昧である。Y%が稀であるか否かは判断が分かれる。例えば、7%の日本人が反対しているならば、「稀である」と言えるのかどうか。1% → 3% → 7%と推移してきたとすると、「中国の政策に反対する日本人の比率は1桁台であるが、近年増加傾向にある」というのが正確な言い方ではないか。「稀である」という言葉が、どういう文脈で使われているのかに留意する必要がある。…Y%の日本人が、中国の政策に反対しているというデータを示したところで、「稀である」ということの根拠にはならない。「稀である」に価値判断が紛れ込んでいないかどうか、「事実認定」に、こういう表現が使われるときは注意しなければならない。…Y%というときのデータのとり方にも注意しなければならない。統計的に有意な数字であるか否かは、非常に重要な事柄ではあるが、そこが曖昧なデータは多い。…Q31Cと対になる主張は、「稀である」ではなく「少ない」である。しかし、上に述べたことは変わらない。
以上が「量」に関する主張である。以下は「可能性」に関する主張である。
P11C 日本人が、中国の政策に反対するはずがない。
P11E 中国の政策に反対している日本人は現れていない。中国の政策は、日本にとって利益になるのだから、中国の政策に反対することはありえない。
注釈 この主張の根拠は「日本にとって利益になるのだから」が核心だろう。「日本にとって利益になる →中国の政策に反対しない」が、必然であるかどうかは疑問がある。中国かぶれの日本人ならば、「日本にとって利益になる →中国の政策に反対する」になるだろう。…「~はずがない」というような可能性に関する強い主張は、根拠を示すことが困難であるように思われる。逆に、反論は容易である。実際に、中国の政策に反対している人を1人見つければ良いし、「日本にとって利益になるのだから」というような核心部分の欠陥を見つけることは容易だろう。…「反対するはずがない」という主張には、価値判断が含まれているように思われる。
P12C 日本人が、中国の政策に反対しないはずがない。
P12E 中国の政策に反対していない日本人は現れていない。中国の政策は、日本にとって不利益になるのだから、中国の政策に反対しないことはありえない。
注釈 この主張の根拠は「日本にとって不利益になるのだから」が核心だろう。「日本にとって不利益になる →中国の政策に反対する」が、必然であるかどうかは疑問がある。中国かぶれの日本人ならば、「日本にとって不利益になる →中国の政策に反対しない」になるだろう。…「~はずがない」というような可能性に関する強い主張は、根拠を示すことが困難であるように思われる。逆に、反論は容易である。実際に、中国の政策に賛成している人を1人見つければ良いし、「日本にとって不利益になるのだから」というような核心部分の欠陥を見つけることは容易だろう。…「反対しないはずがない」という主張には、価値判断が含まれているように思われる。
P21C 日本人が、中国の政策に反対するのは不可能である。
注釈 P11Cの主張と同じ。但し、こちらの方が、やや強い表現のように感じられる。
P22C 日本人が、中国の政策に反対するのは必然的である。
注釈 P12Cの主張と同じ。但し、こちらの方が、やや強い表現のように感じられる。
P31C 日本人は、中国の政策に反対するかもしれない。
P31E 中国の政策は、日本に不利益をもたらす可能性がある。
注釈 「日本に不利益をもたらす可能性がある」というのは、さらなる理由・根拠が必要ではあるものの、こういう弱い主張は、承認されやすい。逆に、反論は「日本人が、中国の政策に反対するのは不可能である(絶対に反対しない)」(P21C)という主張になり、論証が難しいと思われる。
P32C 日本人は、中国の政策に反対しないかもしれない。
P32E 中国の政策は、日本に利益をもたらす可能性がある。
注釈 「日本に利益をもたらす可能性がある」というのは、さらなる理由・根拠が必要ではあるものの、こういう弱い主張は、承認されやすい。逆に、反論は「日本人が、中国の政策に反対するのは必然的である(絶対に反対する)」(P22C)という主張になり、論証が難しいと思われる。
P41C 日本人が、中国の政策に反対することも十分ありうる。
P41E 中国の政策は、日本に不利益をもたらす可能性が大である。
注釈 P31Cに同じ。但し、こちらの方が、より強い表現である。
P42C 日本人が、中国の政策に反対しないことも十分ありうる。
P42E 中国の政策は、日本に利益をもたらす可能性が大である。
注釈 P32Cに同じ。但し、こちらの方が、より強い表現である。
以上が「可能性」に関する主張である。以下は「価値」に関する主張である。
V11C 日本人は、中国の政策に反対すべきである。
V11E (1)中国の政策は、日本の国益に反している。(2) 中国の政策は、国際法に違反している。
注釈 この根拠は、「日本の国益」ないし「国際法の遵守」を価値基準としているのであるが、いずれも更に詳細な説明が必要である(なぜ国益に反しているのか、なぜ国際法に違反しているのか)。…「日本の国益」ないし「国際法の遵守」を「価値基準」といって良いかどうか分らないが、論者が「価値基準」と思うものを明示すれば、議論が成り立つのではないかと思われる。…なお、伊勢田は、「その記述を満たさないものがすべて所与の価値基準に反していることを示す」ことと言っているが、この意味がよく分らない。後で、説明があるのだろう。
V12C 日本人は、中国の政策に反対すべきではない。
V12E (1)中国の政策は、日本の国益に合致している。(2) 中国の政策は、国際法に則っている。
注釈 この根拠は、「日本の国益」ないし「国際法の遵守」を価値基準としているのであるが、いずれも更に詳細な説明が必要である(なぜ国益に合致しているのか、なぜ国際法に則っているのか)。…「日本の国益」ないし「国際法の遵守」を「価値基準」といって良いかどうか分らないが、論者が「価値基準」と思うものを明示すれば、議論が成り立つのではないかと思われる。…なお、伊勢田は、「その記述を満たすものがすべて所与の価値基準に反していることを示す」ことと言っているが、この意味がよく分らない。後で、説明があるのだろう
V21C 日本人は、中国の政策に反対してもよい。
V21E (1)中国の政策は、ある条件のもとでは、日本の国益に反する。(2) 中国の政策は、ある条件のもとでは、国際法に違反している。
注釈 V11Cに同じ。但しこちらの方が、弱い表現である。…なお、伊勢田は、「その記述を満たすもので所与の価値基準に反しない例があることを示す」ことと言っているが、この意味がよく分らない。後で、説明があるのだろう。
V22C 日本人は、中国の政策に反対しなくてもよい。
V22E (1)中国の政策は、ある条件のもとでは、日本の国益に合致する。(2) 中国の政策は、ある条件のもとでは、国際法に則っている。
注釈 V12Cに同じ。但しこちらの方が、弱い表現である。…なお、伊勢田は、「その記述を満たさないもので所与の価値基準に反しない例があることを示す」ことと言っているが、この意味がよく分らない。後で、説明があるのだろう。
この「価値」に関わる主張に関しては、「価値基準」に照らしての主張になるのだろうが、具体的な問題については、なかなか難しい(合意の得にくい)主張になるのではないかと予想される。伊勢田は、後にどのような説明をするのか期待しよう。