浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

ハッカー ライフゲーム(生命の誕生、進化、淘汰)

塚越健司『ハクティビズムとは何か』(2)

コンピュータの可能性に魅了された人々はハッカーとなり、生きがいを与えられた。彼らはコンピュータに自分を委ね、コンピュータに自分を投影する。それは1957年にソ連によって打ち上げられた世界初の人工衛星スプートニク1号の成功によって宇宙が現実のものとなった当時において、宇宙と並んで未来を予感させるものだったのだ。…自らのハッキング能力によって新しい世界を創造可能にする夢の道具だったコンピュータは、ハッカーにとって人生を賭けるに値する対象なのである。実際に、イギリスの数学者ジョン・コンウェイ(1937-)が1970年に考案したコンピュータ・シミュレーションゲームライフゲーム」は、ハッカーにとって自分が創造的行為を実践しているという確信を持たせた

ライフゲームとは、

1970年にイギリスの数学者ジョン・ホートン・コンウェイ (John Horton Conway) が考案した生命の誕生、進化、淘汰などのプロセスを簡易的なモデルで再現したシミュレーションゲーム生物集団においては、過疎でも過密でも個体の生存に適さないという個体群生態学的な側面を背景に持つセル・オートマトン*1のもっともよく知られた例でもある。(wikipedia)

ライフゲームのルールは、次のようなものである。

ライフゲームでは初期状態のみでその後の状態が決定される。碁盤のような格子があり、一つの格子はセル(細胞)と呼ばれる。各セルには8つの近傍のセルがある (ムーア近傍) 。各セルには「生」と「死」の2つの状態があり、あるセルの次のステップ(世代)の状態は周囲の8つのセルの今の世代における状態により決定される。セルの生死は次のルールに従う。

誕生:死んでいるセルに隣接する生きたセルがちょうど3つあれば、次の世代が誕生する。

生存:生きているセルに隣接する生きたセルが2つか3つならば、次の世代でも生存する。

過疎:生きているセルに隣接する生きたセルが1つ以下ならば、過疎により死滅する。

過密:生きているセルに隣接する生きたセルが4つ以上ならば、過密により死滅する。(wikipedia)

どういうゲームか見てみよう。(最初にいくつかのセルを塗りつぶし、生命を与える。後は見ているだけ。)

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もう一つ見てみよう。

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こんなゲームのどこが面白いのか。面白くないのは、ゲームとは通常の参加型の遊戯だと思っているからである。しかし、これは「シミュレーション(模擬実験)」である。参加するのは「初期値」を与える部分だけである。

これを、「生命」とか「進化」のシミュレーションなのだ考えれば、見え方が異なってくるだろう。生命の誕生、進化、淘汰が表現されているのだと見ること、混沌と秩序を見ること。これらは、初期値とルールに依存する。コンウェイは、非常に単純な4つのルールを設定したが、このルールについて考えてみることは面白い。

・生命の誕生、進化、淘汰が、こんな単純な4つのルールで説明できないのは当然である。直観的には、何百万、何千万のルールが存在する。だからこのルールを拡充するという方向がある。どういう手順で拡充するか。

・ルールがすべて独立に存在しているということはない。このことをどのように表現するか。

・何が本質的か(ルールはできるだけ少ない方がよい)の視点が必要だろう。

・「セル→全体」だけでなく、「全体→セル」を見ること。局所的なセル集合を考えること。

・視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚等の感覚*2を考慮すること。

……

思いつくままに挙げてみたが、ルールをどのように設定するかは、なかなか奥深いものがあるようだ。これをどのようにコンピュータにのせてシミュレートするか。…私が知らないだけで、このような研究がどこかで為されているのだろうと思う(一時期「複雑系」が話題になったようだが、あれはどうなったのだろう。)。

 

ハーカーたちが、ライフゲームに関心を抱いたことが分かるような気がする。

MITハッカーのビル・ゴスパーは、次のように語る。「天地創造以来、種に変化はないと信じる創造説論者じゃないかぎり、本当に凄く巨大なLIFE(ライフゲーム)のパターンなら、ついには知的性質を表すんじゃないかと考えたくなるだろう。LIFE(ライフゲーム)世界の存在者たちが何を知っているのか、何を見つけることができるのか考えていると、実に面白いんだな、これが……。それにもしかすると、そういう思考のうちには、ぼくたち自身の存在にかかわることが含まれているかもしれない。」

先ほど見たような「ルール」の話は、人口知能(AI)の話につながっており、「知的性質を表すんじゃないか」というゴスパーの夢想は、こんにち現実味を帯びてきているようでもある。ゴスパーは、「もしかすると、そういう思考のうちには、ぼくたち自身の存在にかかわることが含まれているかもしれない。」というが、「もしかすると」ではなく、ライフゲームとは「ぼくたち自身の存在にかかわること」のシミュレーションであろう。

 

コンピュータによる仮想実験は現在でも行われているが、少なくともこの時期、コンピュータを未知のフロンティア、そして我々自身の哲学的・生物学的起源に迫るものとして捉えた人々が存在した。0と1の組み合わせに過ぎないコンピュータが、人間の奥底に潜む真実を照らし出すのではないか。そしてその功績は、自分が死んだ後も、プログラミングとして未来永劫生き続ける。このように見れば、コンピュータにそのすべてを託そうとした当時の彼らの情熱も頷けるものがある。当時のコンピュータはその意味で、一部の数学者が数学を神聖なものとして崇めるように、人間が創り上げた崇拝物にも近い対象だったのである。

「人間の奥底に潜む真実」を法則化し、プログラミングする。それを可能にさせるかもしれないコンピュータは、ハッカーにとって「偶像」であったとしても不思議はないだろう。

 

こうして1950年代までに、ハッカー文化とその精神の基礎的な構造が確立された。ハックとは創意工夫から生じる創造的行為であるが、大規模なプロジェクトというよりは、ありあわせのものでこしらえる、しかし誰もが驚く方法で行う行為である。そうしたハックを継続して行うために、ハッカーたちは情報の自由や反権威といった倫理性を持つに至ったのである。

*1:セル・オートマトン…格子状のセルと単純な規則による、離散的計算モデルである。計算可能性理論、数学、物理学、複雑適応系、数理生物学、微小構造モデリングなどの研究で利用される。非常に単純化されたモデルであるが、生命現象、結晶の成長、乱流といった複雑な自然現象を模した、驚くほどに豊かな結果を与えてくれる。(wikipedia) 

*2:現在はヒトの感覚は5つ以上あることがわかっている。細かく分類すれば20余りある、とする説明もある。触覚と呼ばれているものは、生理学的には体性感覚と呼ばれるものにほぼ相当すると思われるが、体性感覚は決して単純に皮膚の感覚を脳に伝えるものなどではなく、表在感覚(触覚、痛覚、温度覚)、深部覚(圧覚、位置覚、振動覚など)、皮質性感覚(二点識別覚、立体識別能力など)など多様な機能を含んでいる。それ以外にも、感覚には内臓感覚、平衡感覚などが存在する。(Wikipedia)