気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

対抗文化 パソコンとジーンズ

塚越健司『ハクティビズムとは何か』(3)

インターネットの前身が米国防総省の高等研究計画局(ARPA、アーパ)が構築したコンピュータ・ネットワーク「アーパネット(ARPANET)」であることは、よく知られている。

注目すべきは、コンピュータ間の情報交換を可能にし、プログラムや情報の共有を容易なものとしたアーパネットの登場が、全世界に散在しているハーカー気質を持った人々のコミュニケーション手段を確立し、技術や思想の共有に大きく貢献したことである。

技術や思想の共有[情報共有]への貢献という側面にもっと注目しても良いのではないかと思う。現在のインターネット利用は、商売(販売、購買)、メール、趣味(動画、写真、音楽、ゲーム)、ビジネス、広報等が主たるものであろうが、「情報共有」のありかたがもっと検討されて良いのではないだろうか。(2chSNSやBlog等ではない何か、もう少し公的でオープンな対話ができる場)。

 

1950年代のハッカー文化はMITを中心に開花したことは既に述べたが、MITはニューヨークにほど近いマサチューセッツ州ケンブリッジ市にあり、アメリカの東海岸に位置する。この地域は…アメリカの根幹をなす地域である。しかし1960年代に入ると、スタンフォードやUCLA[カリフォルニア大学ロサンゼルス校]といったアメリカ西海岸に面した大学・研究機関が資金獲得に奮闘し、コンピュータ開発の舞台に参戦してくる。…MITやハーバード大学といった伝統ある大学機関を有する東海岸に対して、西海岸文化はその対極にあるといった指摘がしばしばなされる。…保守的傾向が強い東海岸に対し、後述するカウンターカルチャーの影響から左派的傾向の強い西海岸には、多くの地理的・経済的・政治的差異が見受けられる。では、ハッカーにとって西海岸とは何を意味するのだろうか。…MITの息のつまるようなハッカーのたまり場とは異なり、西海岸のハッカーコミュニティは東海岸に比較すると温和なコミュニティであったことが知られている。西海岸ハッカーの中には深夜になればコンピュータから離れてドライブに行き、女性関係にも明るいハッカーも多かった。…そのような西海岸とコンピュータをつなぐ鍵は、1965年からアメリカ軍によって行われた北ヴェトナムへの爆撃以降、戦争終結の1975年まで続いたヴェトナム反戦運動と、それを契機として生じたヒッピー文化にある。ヴェトナム反戦運動は人々の間に政治意識だけでなく、文化的にもヒッピームーブメント、ドラッグカルチャーといったカウンターカルチャーの思想を生じさせた。それら反戦運動カウンターカルチャーの中心地こそ、カリフォルニアを中心とする西海岸であった。

「温和なコミュニティ」と「ヴェトナム反戦運動」や「カウンターカルチャー」の組み合せが興味深い。私は、「ヴェトナム反戦運動」や「カウンターカルチャー」(対抗文化-ヒッピー、ドラッグ)と聞けば、かなりシリアスにとらえるのだが、それが「温和なコミュニティ」とどう両立するのだろうか。

 

コンピュータ、とりわけパソコンの発展にとって、西海岸とその文化は不可分の関係にある。ニューヨーク・タイムズ上級記者のマルコフは、…次のように説明する。「東海岸ではパソコンに飛躍できる技術的な方向性がなかった。西海岸が個々の小さなコンピュータの実験を通してパソコンを一斉に開花させたのは、これが本やレコード、映画、ラジオ、テレビなどに匹敵する新しいメディアだということに気付いたせいなのだ。パソコンはそれ以前にあったすべてのメディアを包含し、さらに古いやり方が行き詰まっているいろいろな場面で力を発揮したからだ。個人のために設計され所有されるパソコンは、まず権威を否定し、人間の魂が会社のテクノロジーに支配されるのではなく、それに打ち勝つと信じるカウンターカルチャーとともにできた。」

それまでのコンピュータといえば、一元的に情報管理を行う巨大コンピュータのことを指し、中央集権的なイメージの強いものであった。しかし、コンピュータは巨大で我々を管理するものというイメージを覆すために考えられたもの、それが「パソコン(パーソナルコンピュータ)」である。巨大コンピュータを個人が所有できるパソコンに発展させるという思想は、権威や権力を否定する西海岸だからこそ生じたのであった

パーソナルコンピュータの personal に、権威や権力を否定する意味合いがあったことを知るべきである。このように「あった」と書けば、現在はどうなのか? という問いが発せられる。確かに、現在のように、ビジネスと趣味が主流のパソコン事情からすれば、元々のpersonalの意味など吹き飛んでいるかのようにも思えるが、そう言い切ってしまっていいのか。権威や権力を否定せよ、というのではなく、権威や権力の根拠を問い直す言論空間の可能性を構想しても良いのではないか、ということである。

 

政治的にも文化的にも東海岸とは異なる影響下に置かれ、反政府デモにも参加する活動的な西海岸ハッカーたちにとって問題なのは、巨大なコンピュータがあらゆる情報を独占することであり、体制側がコンピュータを独占し、コンピュータを官僚主義的に利用することであった。

体制の中央集権・官僚的な支配ではなく、コンピュータをあらゆる人々に行き渡らせることで、「ライフゲーム」のような創造性をもったコンピュータの力をすべての人々に共有させること。それこそが西海岸ハッカーにとっての「ハック」なのであった。それはコンピュータの利用法や概念そのものを変革することに等しい、クールな方法なのであった。

巨大コンピュータによる中央集権的・官僚的支配を否定し、コンピュータの利用法や概念そのものを変革することによって、「創造性をもったコンピュータの力をすべての人々に共有させる」こと、このようなハックは、西海岸ハッカーにとって、確かに「クール」(かっこいい)だったろう。

 

彼らのハックは政治的な問題意識だけから生じたのではなく、西海岸を中心としたカウンターカルチャーの影響を強く受けている。カウンターカルチャーとは幅広い意味を持った概念であるが、おおよその意味は1960年代後半~70年代前半に流行した文化であり、当時の反戦運動などに端を発した、体制に対抗する生き方や価値観から構成されている。…カウンターカルチャーを代表する人々がヒッピーであり、中央集権や官僚主義を否定し、放浪生活や自然との調和、少数の人々による共同生活(コミューン)の実践などを目指す。それまでの一般的なアメリカンライフからかけ離れた生活様式や、脱中央集権、脱官僚主義など、その特徴はハッカーとも類似するものが多い。…カウンターカルチャーにおいては、キリスト教の対極に位置すると考えられたことから東洋思想や神秘主義が注目され、瞑想や座禅が流行した。

ベトナム戦争に直面した当時の若者が、「体制に対抗する生き方や価値観」を模索しても不思議はなかろう。ただ、それがなぜ「放浪生活や自然との調和、少数の人々による共同生活(コミューン)の実践など」を目指したり、「東洋思想や神秘主義」に向かうのか、私にはよくわからない部分である。それは「思考を放棄した軽薄な対応」のように思える。

さらにアメリカと日本では1970年に禁止薬物に指定されたLSDという薬物が、ヒッピーたちの間で使用されはじめた。LSDは当初医療用や軍事目的で利用されてきたのだが、ヒッピーたちはLSDの使用による幻覚作用によって、疑似的な神秘体験、宗教体験を引き起こす。それは体制に反対する彼らにとって、自己意識の拡大と高揚感を感じさせるものであり、自分たちが今、現に存在するこの世界とはまた異なる領域を発見するような感覚に浸るものであったという。…眩暈を引き起こす衝撃的な体験、それが当時の彼らにとっては、体制から脱するために必要だったのであり、その体験を基に誰にも縛られない自分たちだけの生活を希求したのがヒッピーたちであった。ただし彼らは純粋な意味で宗教者や神秘主義者ではない。彼らは合成された薬物であるLSDを利用することで、人間の脳を活性化させるという、神秘主義的な経験それ自体を科学的行為とみなしているという点で、科学的かつ合理的である。

彼ら(ヒッピー)のLSD使用は、「現実逃避」ではなく、「脳の活性化」のためだったのだろう。

このヒッピーの科学合理主義的な発想は、コンピュータが持つその巨大な計算力を利用し、人間の能力を大幅に拡張するという目標に接続される。実際にハーバード大学教授でもあり、LSDなどのドラッグに関して教祖的な扱いを受けていたアメリカの心理学者ティモシー・リアリー(1920-96)は、LSDによる意識の解放を訴え、晩年は人間の脳をコンピュータにみたて、コンピュータの可能性について熱心に語っていた。

ハーバード大学教授が、どれだけ真面目に「LSDによる意識の解放」を訴え、実践したのか分からないが、ニューロ・コンピュータの発想は決して奇異なものではない。

 

ヒッピー的要素とハッカー的要素を併せ持った一部の人々に、カウンターカルチャーに漂う自己意識の拡張というテーマと、コンピュータによる人間の能力の拡張というテーマが融合していく。新しく手に入れたその力によって、人々は国家の手の及ばない未知のフロンティア、人間の意識とコンピュータの融合した世界を切り開こうとする。実際にはヒッピーの共同生活は破綻し、ヒッピーもハッカーも社会に復帰していくのではあるが、こうした文化的傾向は今日の西海岸にまだ残り続けている。…コンピュータによって仮想現実を作り出し、人間の脳とコンピュータを接続することで仮想現実の世界を行き来するという世界観が大ヒットした映画『マトリックス』にも、カウンターカルチャーの時代の影響が感じられる。

なるほど、「自己意識の拡張」と「人間の能力の拡張」とが繋がるというのか。しかし「人間の意識とコンピュータの融合した世界」という場合、コンピュータの概念を変更しなければならないのではなかろうか。…いまだSFの域を出ない。

 

重要なことは、カウンターカルチャー人間の新たな可能性を開くため、旧来の国家や官僚主義といった体制を否定し、自律に基づく自由を重んじていたという点である。こうした点は現在のインターネット文化に強い影響を与えている。…さらにこの時代の西海岸ハッカーたちは、MITハッカーのようにコンピュータ技術の洗練という意味でのハックよりも、コンピュータの普及とその先にある自己意識の拡張を目指していたことがわかる。それは、軍の研究所や大学に置かれた巨大コンピュータではなく、個人が自分自身のためだけのコンピュータを持ち、一人ひとりがコンピュータの無限の可能性の恩恵を受けるべきだ、との思想に連なる。西海岸ハッカーは、MITハッカーのように象牙の塔に籠り、一部の特権階級だけがコンピュータを独占することを認めない

ヴェトナム戦争終結に伴い反戦運動カウンターカルチャーが衰退し、ヒッピーの共同生活モデルが破綻すると、ハッカーはもはや自分たちだけの世界を構築することが不可能だと感じる。そして彼らは自分たちの力で、この世界を新しいものにつくり変える必要性を感じた。その結果こそ、今日のパーソナルコンピュータ、つまりパソコンの誕生とその普及である。今でこそ当たり前の用語として用いられる「パソコン」は、企業や大学に設置された大型の「コンピュータ」とは異なるものであることに注意してほしい。

「自分たちの力で、この世界を新しいものにつくり変える」ツールとしてのパーソナルコンピュータ、このように思えたのは、コンピュータが「未知の可能性」を秘めたものだったからだろう。だが今や、パーソナルコンピュータは「この世界を強化する」ものに転化したのではないか、というか「新しい世界」が垣間見えたかもしれないが、決してそういうものではなかったと言うべきかもしれない。はっきり言えば、「金儲け」のツールに堕したということである。いまはまだ「一部の特権階級だけがコンピュータを独占している」ことはないが、私はいずれそうなる可能性があるとみている。

 

このパソコンの普及に大きく貢献した人物こそ、あのスティーブ・ジョブズ(1955-2011)である。ジョブズをはじめとする反権威主義ハッカーは、社会をより創造的にするためにパソコンをつくりあげる。彼は友人の「ウォズの魔法使い」ことスティーブ・ウォズニアック(1950-)とともに、自宅のガレージの中で「AppleⅠ」というパソコンをつくりあげた。それは限られたリソースの中でまさしく創意工夫を施した急ごしらえのハックだったのである。

1970年代、反戦運動に明け暮れた日々が終わると、ハッカーたちは諸悪の根源とされたコンピュータを一般に解放するための運動を開始した。…コンピュータをすべての人に。自己所有が不可能であり、使う時間も限られていた巨大コンピュータに代わるための思想は、1975年、Altair8800(アルテアはちはちまるまる)という世界初の個人向けコンピュータが米MITS社から発売されることによって本格化する。価格は庶民にも手の届くベーシックキット*1が397ドルと非常に安価であり、一人ひとりがコンピュータを所有可能な時代が西海岸から誕生した。…西海岸ハッカーは、Altair8800をより快適に使用するために悪戦苦闘を演じた。彼らはハードウェアをハックし理想のコンピュータ環境をつくるために努力しながら、同時にハックの腕によって仲間からの賞賛を浴びた。彼らは政治的な意識を持ちながら、同時にハックそのものを芸術とみなし、皆でその腕を競い賞賛しあう、あのハッカー倫理をも体現していたのである。

 

Think different…物事をまるで違う目で見る

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Think different(物事をまるで違う目で見る)とは、

"Think different"とは、1997年のアップルコンピュータの広告キャンペーンのスローガン。アメリカ合衆国の広告代理店TBWA CHIAT DAYのロサンゼルス・オフィスが制作を担当した。このスローガンは、テレビコマーシャルのほか、印刷広告や個別のアップル製品のテレビ広告などでも使用された。このスローガンの使用は、これに続く広告キャンペーンであった Apple Switch 広告キャンペーンが2002年に始まるまで続けられた。このスローガンは、昔から業界に定着していたIBMの初代社長トーマス・J・ワトソンが生み出したモットー「Think」を踏まえて、一捻り加えたものであるように受けとられた。当時IBMは、パソコン市場においてアップルの直接のライバルのひとつであった。はっきりしていたのは、アップルのこのスローガンが、IBMに起源を持つPC/AT互換機Windowsを購入しようかと思っている消費者に向けられた、より賢明な選択肢としてアップル製品を提示しようとするものであったということである。(Wikipedia)

 

ジョブズのジーンズ姿については、数学と経営 もしもし、スティーブ・ジョブズですが… 参照。(ジーンズはカウンターカルチャーの象徴とされる)。

しかし今や、ジーンズは完全に(体制側の)ファッションである、

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Black jeans  http://www.herinterest.com/wp-content/uploads/2015/05/13.jpg

*1:出入力装置が一切付属せず、フロントについているスイッチのON/OFFによるランプの点滅を利用したわずかな計算しかできなかった。