浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

ストールマンのコピーレフト 著作物は「より優れたもの」にならなければならない

塚越健司『ハクティビズムとは何か』(6)

塚越は、「コピーレフト」の概念について説明している。これはソフトウェアに限らない応用範囲の広い概念ではないかと思う。塚越の説明だけではちょっと分かりにくいので、今回は、wikipediaの説明を先にみておこう。

コピーレフトcopyleft)とは、著作権copyright)に対する考え方で、著作権を保持したまま、二次的著作物も含めて、すべての者が著作物を利用・再配布・改変できなければならないという考え方で、1984年にフリーソフトウェア財団を設立したリチャード・ストールマンが熱心に広めた考えである。(w)

 

著作物を、著作権により、「より優れたもの」にする可能性を排除することは、望ましいことなのだろうか。

著作物を不特定多数の者が利用できるようにすることは、著作物をより発展させるための有用な手段となる場合がある。これは典型的な商業ソフトウェアが制作・流布される際に、複製や内的構造の研究(リバースエンジニアリング)や改変が禁じられているために、既存のソフトウェアを改良して新しいより優れたソフトウェアを開発する可能性が閉ざされている、という点を考えると分かりやすい。あるいは、インターネットを支える基礎的な技術はソフトウェアを共有し改良し合うことで発展してきたということを考えても良い。(w) 

ソフトウェアの改変が自由であれば、改良され、より優れたものになる可能性がある。ソフトウェアを金もうけの手段と考える者は、「より優れたソフトウェア」にならなくても構わない。

シンボリックス社から、ストールマンが作成したLISP*1インタプリタ*2を使いたいと打診された際、ストールマンは彼の作品のパブリックドメイン版を提供した。シンボリックス社はそのプログラムを拡張して更に強力なものにした。そして、彼のもともとのプログラムに対して拡張した部分を見せてくれるよう求めた時に、シンボリックス社は[著作権を根拠に]それを拒否した。これは法的にはどうすることもできなかった。(w) 

シンボリックス社にも言い分はあるのだろうが(ビジネスの観点を度外視すれば)、「より優れたソフトウェア」になる可能性が閉ざされたと言えるだろう。

 

パブリックドメインとは、

公有の(財産)、公知の(情報)、という意味の英語表現。知的創作物について、その財産権が誰にも帰属せず社会全体で共有されている状態パブリックドメインという。パブリックドメインな知的財産は誰のものでもなく、その利用や改変、配布、販売などについて、何者かが財産権に基づく利用差止や損害賠償などを求めても無効となる。(IT用語辞典

「不特定多数の者が利用できるようにすることにより、より優れたものになる可能性がある著作物」は、ソフトウェアの他にあるだろうか。著作権法第10条に「著作物」の例が挙げられているが、そこからいわゆる「芸術的作品」を除くと、「論文、講演その他の言語の著作物」、「学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」、「建築の著作物」が注目される。これらの「著作物」は、公開され、共有されることによって、「より優れたものになる可能性がある」と言えるのではなかろうか。…しかしもちろん著作者の「努力」は評価されなければならない。この評価を「(市場での)財の売買による金銭的報酬」とするのは選択肢の一つではあるだろう。しかし公的機関による「名誉や報奨金」の授与も選択肢となるだろうし、また「著作者」を「公務員」として安定雇用することも選択肢となると思われる。(これはまだ思いつきであり、詳細を考えているわけではない)。

 

さて、スト-ルマンはどう考えたか。著作物を不特定多数の者が利用できるようにするにはどうしたら良いか。シンボリックス社のように私有されないようにするにはどうしたら良いか。

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https://ldjp.files.wordpress.com/2015/11/richard-stallman.jpg?w=1200

 

利用権を共有するための仕組みとして、著作権を放棄するのではなく、ライセンス(利用許諾)の形で共有と共同的な創造活動を保護する方法を採る。すなわち、

著作権は私が有していて、複製・改変・配布(販売)には私の許可がいるのだが、ソフトウェアを共有して発展させるという意図に反しないならば、いつでも誰に対しても利用を許可する。(w) 

 

塚越の説明をみていこう。

早い段階から社会的な活動に乗り出したハクティビズムの代表例は、1985年に創設された非営利団体「FSF(Free Software Foundation、フリーソフトウェア財団)」である。…創設者はリチャード・ストールマン(1953-)である。…MITハッカーたちは、少しでもよいプログラムを作成することを目指し、プログラミング情報を常に公開・共有することでその発展を加速させてきた。こうした初期ハッカーコミュニティの空気を感じ、ソフトウェアの発展、ひいては社会の発展にとってソースコードを含めたあらゆる情報の開示が必要と確信するに至ったスト-ルマンは、1983年末から「GNU*3(グニュー)」プロジェクトと呼ばれるOS開発プロジェクトを展開し、「フリーソフトウェア運動」の創始者と呼ばれる。…フリーソフトウェアとは、簡単に言えばソースコードが公開されており、自由に利用、改変が可能であり、再配布の自由があるといった特性があるソフトウェアのことである。…誰かがプログラムをよりよく改変させることで、常に機能的に充実したフリーソフトウェアが生産され続けることになる。さらに、ストールマンとGNUプロジェクトが創り上げたなかで最も興味深い概念に「コピーレフト」というものがある。一般に、人は著作権法をしばしば独占的な囲い込み、つまり他者が使用するに際して金銭や代償を求めるための道具として用いるが、コピーレフトは逆に、著作権法を囲い込みさせないための道具として用いる

 いかなる著作物に、「独占的な囲い込み」を認めるか/認めないかは、よく考えなければならないだろう。コピーレフトが、「著作権法を囲い込みさせないための道具として用いる」というのは、実に面白い。

 

コピーレフトの特徴は、著作権法を利用し、ソフトウェアを囲い込むことに制限を加えることにある。プログラムを無料で公開するだけなら、著作権を放棄してパブリック・ドメイン(権利消滅状態)で公開すればいい。しかし、それでは折角の共有財としてのプログラムは改変を施された後に、他者によって再び権利主張され、情報の共有という理想の妨げになってしまう。だからこそ「著作権」を用いることで、プログラムのコピーや改変を禁止する制限を「禁止」するのがコピーレフトなのである。どういうことか。

例えば、Aというコピーレフトが主張されるフリーソフトウェアを改変し、Bというプログラムを制作した者がいるとする。Bの配布は有償でも無償でもいい。ストールマンは自分で改変したプログラムを有償で販売することは何も禁じてはいない(だからフリーソフトウェア=無料、という意味ではない)。しかし、Bのプログラムコードは必ず公開され、さらなる改変が施されることを受け入れなければならないコードはすべて公開され、第三者がコードを改変することは禁じられない。それこそがコピーレフトなのである。(本書)

コピーレフトライセンスを構成するときに基本となる法的考え方は、独占的なライセンスを構成する場合と同じく、著作物の再配布に制限を設けるコピーライトである。…コピーレフトに於いては、

二次以降の著作物にも一次著作物と同一のライセンスが適用される

という性質(「伝搬性」(でんぱんせい)「GPL汚染」などと呼ばれる)が確保される様に、再配布制限をコピーライトによって設ける。この「伝搬性」「GPL汚染」の性質により、自己複製能力を獲得した生物が増殖するのと同様に、自己のライセンスを拡大再生産して広げる力をコピーレフトは得る。その法的強制力の根拠は独占的なライセンスと同じくコピーライトであり、コピーライト無しにはコピーレフトは効力を持ち得ない。独占的なライセンス以外の使用法を示し、コピーライトの新たな可能性を発見したこの方法は「コピーライト・ハック」とも呼ばれる。(w) 

 以上で、コピーレフトのイメージがつかめると思う。(十分に理解するためには、次のGNU General Public Licenseというライセンスの条項を理解しなければならないだろう)

 

ちなみに、これらの決まりは GNU GPL(GNU General Public License、GNU一般公衆利用許諾書)というライセンスとなったが、中にはコピーレフトの考えを弱めたLGPL(GNU Lesser General Public License、GNU劣等一般公衆利用許諾書)などもある。

1985年に設立されたFSF(フリーソフトウェア財団)は、現在もライセンスの管理やGNUプロジェクトといった活動を継続している。スト-ルマンの情報の共有に対する情熱はまさしくハッカー倫理であるが、彼はしばしば資本主義に反対する共産主義者であるとも呼ばれている。だが、ストールマン共産主義者と言うよりも、純粋なハッカーであるとの認識の方が正しい。結果的に資本主義への抵抗としてみられるFSFとストールマンであるが、その本質はハックによる自由なソフトウェアの開発とその配布であり、ツールの製作によって社会の変化を促すものである。したがってここでもまた、FSFとスト-ルマンの活動はハクティビズムと呼ぶことが可能なのである。

 「著作権法」があるからといって、無思慮・無節操に「法令遵守」していればよい、というものではなく、「どうあるべきか」を考えることの重要性を、「コピーレフト」の概念は示している。

 

Copyleftという言葉について

ストールマンcopyleft という語を気に入ったのは、1984年にドン・ホプキンスがストールマンに宛てて送った「Copyleftall rights reversed」(コピーレフト―全ての権利は逆さにされている)というフレーズに由来する。これは著作権表示によく使われる「Copyright — all rights reserved」(著作権―全ての権利は留保されている)という句のもじりである。(w)

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http://www.istockphoto.com/jp/%E3%83%99%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC/%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2-gm462455403-32552700

*1:LISP…すべてのデータとコードを括弧で囲われた式として表現する、代表的な関数型プログラミング言語の一つ。(IT用語辞典

*2:インタプリタ…人間がプログラミング言語で記述したソフトウェアの設計図(ソースコード)を、コンピュータが実行できる形式(オブジェクトコード)に変換しながら、そのプログラムを実行するソフトウェア。(IT用語辞典

*3:GNU's Not Unix!