気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

判断力のない大人 判断力のある子ども

加藤尚武『現代倫理学入門』(23)

加藤は、自由主義の原則を次の5つ(の条件)に要約している・

①判断能力のある大人なら、

②自分の生命、身体、財産に関して、

③他人に危害を及ぼさない限り、

④たとえその決定が当人にとって不利益なことでも、

⑤自己決定の権限を持つ。

 加藤は、ここでは自由主義を「自己決定」とほとんど同じように考えている。この自由=自己決定という考え方には、意外と考えさせるものがあるように思う。加藤の記述に従い見ていくことにしよう。

 

判断力のある大人

子どもや未成年者は、判断力があるかどうか? 判断力がないとすると、彼らに自由はないのか。ここで判断力というのは、次の意思能力とほとんど同義ではないかと思う。「意思能力とは、自分の行為の性質や結果を判断することのできる精神的能力。幼児・精神上の障害のある者・泥酔者などは意思能力がないものとされる」(大辞林

子どもは自己決定権のない保護の対象から自己決定権のある自立した人格に転換する。成人すれば、自己決定権を持つ主体となる。この転換期を20歳という年齢で確定してしまえば話は単純で分かりやすい。例えば日本の民法にも「満20年をもって成年とす」(第3条)*1と定めてある。財産処分、営業、性交、人口妊娠中絶、結婚、安楽死、治療拒否、臓器提供などあらゆる問題について、自己決定の能力が認められる年齢が定まっていなくてはならない。最近では高齢者についても、同意能力が現実的に認められない例が増えてきている。

冒頭の「子ども」というのは、厳密な年齢区分ではなく、「自分の行為の性質や結果を判断することのできない者」の意味である。このような子どもは、「自己決定権のない保護の対象」とされる(べきである?)。自分の行為の性質や結果を判断することができるようになれば、成人(大人)である。しかし、実際問題この判定は困難である。そこで便宜的に「年齢」が用いられる。満20歳にもなれば、「自分の行為の性質や結果を判断することができるようになる」とみなされ、大人と呼ばれる。…しかし、この言い方は乱暴すぎる。どのような行為かによって、「行為の性質や結果を判断する能力」は、大きく異なるだろう。そこで、満20歳に限らず、さまざまな年齢が用いられることになる。ただ、その場合でも、年齢はあくまでも「みなし」であることに留意しておく必要がある。高齢者の認知症精神障害)が年齢で線引きできないことは言うまでもない(それでも、70歳以上の高齢者に運転免許更新の際に講習を義務付けるというようなルール制定は有効だろう)。…私は、選挙権年齢を18歳に引き下げたのは、逆行しているのではないか(むしろ引き上げるべきではないか)と考えているのだが(自分の行為の性質や結果を判断できる能力のレベルは上昇している)、これについては別の機会に譲ろう。

「自由」との関連で言えば、「判断力のない者」すなわち「自分の行為の性質や結果を判断することのできない者」(年齢に関係ない)には、自己決定を許すべきではなく、(自由にさせないで)保護すべき対象なのである。そしてそれはいかなる行為かによって異なってくるのであり、0か1かではない。

 

The Minds of Psychopaths

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http://www.newyorker.com/wp-content/uploads/2008/11/081110_r17930_p646-1200x1200-1468957663.jpg

 

人口妊娠中絶について言えば、日本の「優生保護法*2では「医師は、左の各号の一に該当する者に対して、本人の同意並びに配偶者があるときはその同意を得て、優生手術*3を行うことができる。但し、未成年者、精神病者または精神薄弱者については、この限りではない」(第3条)と定めてある。いったい「何歳から」人工妊娠中絶に関する自己決定権を認めたらいいのだろう。似たような問題がイギリスで法廷に持ち出されたことがある。それは「ジリック裁判」[1985年]と呼ばれている事件である。

人口妊娠中絶の話をしようというなら、優生手術について規定した条文をもってくることは適切ではないだろう。

加藤は、「ジリック裁判」と書いているが、「ギリック裁判」といったほうが一般に通じるようだ。

以下、自分に中学生の娘がいると思って読んでください。

保険社会保障省が「16歳未満の子どもの避妊が親の承諾なしにできる」という判断を示したことに対して、ローマ・カトリック教徒のジリック夫人(Victoria Gillick)という人が、それは違法であり、彼女の親権の侵害になるから、そうならないようにという保証を求めて訴訟を起こしたのである。具体的に言うと、医師が親の承諾なしに16歳未満の少女にピル*4を処方する場合もあるということをお役所が認めたのに対して、ジリック夫人が「親の承諾が必要だ」と異を唱えたというわけである。

なぜ医師がピルを処方するのかよく分からないが、以下のような状況なのか。

生理が1週間遅れているということで来院。19歳のボーイフレンドがいて、避妊なしのセックスをする。性的虐待ではないとのこと。妊娠反応陽性。ピルは勧められていたが、副作用が怖くて服用しなかった。(http://backnumber.kurofunet.jp/pages/user/m/article?article_id=61235486

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https://medicalschoolinterviewstheknowledge.files.wordpress.com/2012/11/contraceptive-pill.jpg

 

ギリック裁判について、次の記事(一部引用)が参考になる。(興味ある方は、全文読んでみてください)

 成人に対する医療については基本的に患者本人からインフォームド・コンセント(十分な説明による同意)を得ることが法的、倫理的に求められています。つまり、治療を受けるかどうかは、(判断能力がある限り)患者さんの自由だということです。しかし、判断能力を有すると思われる子どもにその自由があるのかどうかは定かではありません。…一般論としては、子ども本人も含めた関係者でしっかりと話し合って決めましょうということになるのでしょうが、たとえば親の意見と子どもの意見が一致せず、しかも子どもの意見にも十分な合理性がある場合、最終的に親と子のどちらが同意権者として治療の可否を決定するのかという問題が残ります。 この問題について、国際的に大きな影響を与えた出来事の一つが、英国のギリック裁判(1985年)です。この裁判は、 敬虔なカトリック信者のギリック夫人が親権者である自分の同意なく14歳の子どもに避妊のための処置・処方をしないよう医療機関に求めた訴訟です。この訴訟は最終的に医療機関側が勝訴し、医療行為に同意するための判断能力があるとみなされる場合は、子どもが単独で医師の治療に同意することを認める判決が下されました。英国ではこの判例にちなんで、子どもが医療に同意する能力のことを「ギリック能力(Gillick Competence)」と呼びます。この裁判も一つの契機となり、国際的に子どもの自己決定権への関心が高まり、理解が広がってきました。…このように子どもの自己決定権への関心が高まってきた背景には、10代の妊娠、中絶*5、出産という社会的な問題が、若者に禁欲を求めるだけでは解決し難いという現状が背景にあったと思われます。今では10代の女性のバース・コントロールに関して、無料でのカウンセリング、避妊処置、避妊薬の入手などが行いやすいよう制度的にサポートしている国も少なくありません。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20161114-OYTET50018/

 

加藤は、次のように述べている。

子どもの判断能力の有無をケース・バイ・ケースで医師が判断するというのが、ジリック裁判の結論である。自己決定権の拠り所となる判断能力の有無について、年齢によって画一的に決めるというやり方から、個別事実について判定を下すという方向に向かっていることになる。

 

ここまで読んでみて、子どもや医師や親の権利云々ではなく(それも大事だが)、10代の妊娠、中絶、出産という社会的な問題の解決こそが重要課題だと思う。

 

自己決定権の認定について、判断能力の有無をケース・バイ・ケースで決めるという原則を全面的に採用したら、「平等」という観念の存在する余地はなくなってしまう。選挙権を持てるかどうかについては、憲法の理解度のテストをするとか、結婚に同意する能力の有無を心理テストで決めるとか、あらゆる自己決定についてケース・バイ・ケースで決定能力の有無を判定するとしたら、まずその判定をする人の判断能力をどのように判定するかという問題が起こってしまう。

 加藤は、「「平等」という観念の存在する余地がなくなる」というが、あえて問おう。「自分の行為の性質や結果を判断することができない者」に、つまり「候補者の誰それに1票を投ずることがどういう結果をもたらすか判断することができない者」に、つまり「自己決定の能力のない者」(幼児や精神病者)に選挙権を与えることが、果たして「平等」なのだろうか。「能力テスト」というと拒絶反応が出るかもしれないが、自動車免許や中小企業診断士や危険物等取扱責任者のように「更新手続き」を必要とする「選挙人名簿登録資格試験」を課しても良いかもしれない。

*1:年齢20歳をもって、成年とする。(平成20年改正、第4条)

*2:優生保護法優生学上の見地から不良な子孫の出生を防止し、母体の健康を保護することを目的として、優生手術・人工妊娠中絶・受胎調節の実地指導などについて規定していた法律。昭和23年(1948)施行、平成8年(1996)に優生思想に基づく部分を削除した「母体保護法」に改正・改題された。(デジタル大辞泉)…優生思想については、今後取り上げたいテーマである。

*3:優生手術:生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術。優生保護法に基づいて行われた。精管や卵管の結紮(けっさつ)などの方法を用いる。断種。(デジタル大辞泉

*4:緊急避妊薬:妊娠を回避するために性交後に服用する経口剤。避妊措置に失敗した場合などに、望まない妊娠を防ぐために用いる。日本では平成22年(2010)にノルレボの製造販売が承認された。事後避妊薬。緊急避妊ピル。モーニングアフターピル。ECP(emergency contraceptive pill)。(デジタル大辞泉)…このようなピルもある。

*5:(日本)2015年度の人工妊娠中絶件数は、総数:約176千件、20歳未満:16千件である。(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/15/dl/kekka6.pdf)