浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

主張の妥当性の判断に、「文脈主義」の考え方を適用する

伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』(11)

いま文脈主義の考え方を取り上げている。文脈主義とは何であったか。(前々回および前回の記事参照ください)

文脈主義とは、あることを知っているかどうか、ある主張が妥当かどうか、といったことについての判定は、その判定を下す文脈(何のために判定するのか、判定が間違っていた時はどうなるのか等)によって変わりうる、という立場である。言い換えれば、同じ人の同じ主張が、判定を下す側の文脈で妥当とも妥当でもないとも判断できる、と言う可能性を認めるのが文脈主義である。

この文脈主義には2つのタイプがあって、

  1. 関連する対抗仮説」型…ある問題についての複数の対抗する主張の中で、ある主張が最も優れているということが示されれば、その主張を妥当なものとみなす。[対抗仮説のより分け]
  2. 基準の上下」型…要求される確実さのレベルを文脈によって上げ下げし、それに見合った証拠が得られればその主張を妥当なものとみなす。[基準のレベル設定]

 

伊勢田は、この文脈主義の考え方を「主張の妥当性の判断」に適用した場合の思考の道筋を、以下のようにまとめている。

  1. まず、その主張が依拠する証拠や前提を洗い出す。
  2. その証拠と両立するが、元の主張とは両立しないような対抗仮説を列挙してリストにする。この段階では、デーモン仮説など自分に思いつける限りでの、ありとあらゆる可能性を列挙するのが良い。
  3. 考慮*1する必要のない仮説(その文脈では元の主張とその仮説の差は無視しても構わないような仮説)をリストから消す。デーモン仮説などはほとんどの問題について、ここで排除されることになるだろう。
  4. 残った対抗仮説のうち、絶対に排除しなくてはいけないもの(つまり、もしその対抗仮説が正しかったら非常に困るようなもの)をチェックし、手元にある証拠でその対抗仮説が十分排除出来ているかどうか判断する。ここで、問題の重要性によって「排除出来ている」かどうかの基準が上下することになるだろう。
  5. それほど排除する必要のない対抗仮説については、その仮説が正しいと疑う特定の理由があるかどうかを考える。

伊勢田は、上記の思考の道筋を、「夕立ちが降った」という主張の例で考えている。

(1) 証拠の確認… (a) 歩いているときに実際に降ってきて濡れた。または、(b) ふと窓から外を見たら道が濡れていた。
(2) 対抗仮説の列挙…①デーモン仮説。②記憶違い。③その瞬間だけ夢を見ていた。④何かの錯覚。 ⑤嘘をついている。⑥誰かが上からバケツで水をかけた。⑦誰かが道に水を撒いた。⑧夕立ではなく普通の雨だった。

これらの対抗仮説は、夕立が降ったという主張を否定する(両立しない)。それゆえ、「対抗」仮説である。証拠(a)または(b)があげられていても、対抗仮説①~⑧のいずれかが成り立っていれば、主張は否定される。

この際、どういう証拠に基づきその主張[夕立ちが降ったという主張]をしているかが、どの対抗仮説を考慮するかの判断材料となる。例えば、(b)という理由で「夕立が降った」と言っているのであれば、上から水が降ってきたことを感じて「夕立が降った」と主張しているわけではない。したがって、⑥の対抗仮説は考慮する必要がなくなる。

(3) 日常的な議論の状況であればデーモン仮説は消去できるであろうし、「夕立ではなく普通の雨だったのではないか」という対抗仮説も多くの場合考慮する必要がない仮説として消去できるだろう。
(4) 「記憶違い」「錯覚」等々の可能性がどれくらい重要性を持つかが判断される。世間話をしているのであれば記憶違いや錯覚の可能性を積極的に排除する必要はないだろうが、今日夕立が降ったかどうかが重要な判断につながる場合(アリバイの証明など)には、そういう可能性も一応きちんと考慮することになるだろう。例えば、⑥の疑いなどは、そういう状況で夕立と勘違いすることは(まったくないとは言えないが)ほとんどありそうにないので排除されることになるだろう。
(5) とくにそういう事情がなければ、上記5に進み、「記憶違い」「錯覚」等を疑うはっきりした理由がない限り、それらの可能性は排除されることになり、「夕立が降った」という主張が妥当なものとして認められることになる。

 

私は、伊勢田の5段階の思考の道筋の説明が分りにくかったので、この夕立の例を参照しながら考えてみた。

A氏が、Xなる主張をしたとする。それに対してB氏は、その主張Xが妥当かどうかをどうやって判断すればよいかという問題である。

第1段階:証拠の確認…A氏が提出する証拠や前提を確認する(ここではまとめて「論拠」と呼ぼう)。伊勢田は明確に述べていないようだが、「論拠」もまたひとつの主張であろう。そうするとその「論拠」の妥当性が判断されねばならないことになる。

第2段階:対抗仮説の列挙…B氏は「対抗仮説」を列挙するのだが、この「対抗仮説」とは、主張Xを否定する(妥当でないとする)仮説である(主張Xと両立しない)。但し、この対抗仮説は、A氏の提出する証拠と矛盾しない(両立する)。…この対抗仮説の提出は、主張Xに対して中立的である。対抗仮説が否定されれば、主張Xは補強されるだろう。

第3段階:関連性テスト…B氏はいまA氏の主張の妥当性を判断しようとしている。それは何のためか。B氏は、B氏の文脈において、主張Xの妥当性を判断しようとしている。したがって、「究極原理」の探求のような形而上学の文脈でなければ、デーモン仮説は詳細検討の対象から外されるだろう。ここではB氏の文脈に関連のない対抗仮説は、考慮する必要のない仮説として、詳細検討の対象から外される。通常は、わかりきったこととして、このような「考慮する必要のない仮説」が挙げられることはないと思うが。それでも「程度問題」ということもあるから、列挙するようにしておいたほうが良いのかもしれない。

第4段階:重要仮説の検証…主張Xが妥当かどうか判断するのに、対抗仮説Yの成否が重要だと考えられるならば、その仮説Yが詳細に検証されなければならない。

第5段階:重要ではない仮説の棄却…あまり重要ではないと考えられる対抗仮説については、特段の理由がなければ、詳細検討なしに棄却する。

なお、第4、第5段階における「重要性」は、B氏の文脈による。

 

伊勢田の第4段階の表現がどうにも分かりにくい。「絶対に排除しなくてはいけないもの」、「もしその対抗仮説が正しかったら非常に困るようなもの」と言うが、これでは「A氏の主張が妥当であるためには」という観点からの検討になろう。「A氏の主張が妥当であるか否か」に関しては、中立の立場からの検討でなければならないのではないか。であれば、「残った対抗仮説のうち、その対抗仮説が正しかったら、A氏の主張が成り立たなくなるようなものをチェックし…」とすべきではなかろうか。また「排除出来ているかどうかの基準が上下する」というのもよく分からない。「排除するかどうかの基準を上下する」とすべきではないか。

さらに細かい話であるが、5.で「その仮説が正しいと疑う特定の理由…」と言うが、「その仮説が正しいと言える特定の理由…」とすべきではないか。

 

「軍事研究にあたらない」という主張の妥当性

前々回、毛な疑い? 関連する対抗仮説型の文脈主義とは の最後に、米空軍が日本の大学研究者に研究資金を提供していたという記事を紹介した。米軍資金による研究については、いずれ詳しく取り上げたいと思っているが、一つの論点は、当該研究が軍事研究か否かということであろう。資金を受領した教授らは「研究は平和目的で軍事研究には当たらない」と主張しているそうである。そこで、この主張の妥当性を「文脈主義」の考え方を適用したらどうなるだろうか、というのが問題である。

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実は、意図的に引用を省略した部分がある。それは研究内容である。

研究はどのような内容なのか。★米海軍から約4500万円を得ていた大阪大工学研究科の教授が取り組むのは、船舶の転覆を防ぐためにコンピューターシミュレーションを応用する研究だ。タンカーも軍艦も転覆すれば人命喪失や海洋汚染につながる。教授は「成果はもちろん民間にも役立つし、米軍は自軍にも使えるでしょう」と話す。★米空軍から約1000万円を受けた京都大情報学研究科教授の専門は、会話など音声を柱とする大量のデータの収集・分析(データマイニング)と機械学習人工知能(AI)の改良に欠かせない。★レーザー技術を生かした核融合発電の研究で知られる阪大の研究センターの研究者2人も、空軍から約3000万円を得ていた。レーザーは、砲弾やミサイルよりも安く標的を確実に狙える次世代兵器としても注目度が高い。★京大で空軍資金を得ていた新素材「プラズマメタマテリアル」に関する研究は、光を含む電磁波の反射などを自在に操って対象物を見えなくする技術。米国防総省が「光学迷彩」につながるとして注目している。

毎日新聞http://mainichi.jp/articles/20170208/ddm/003/040/033000c

 

第1段階…主張「研究は平和目的で軍事研究には当たらない」の論拠は何か。(a)データマイニング(AI)や新材料、船舶転覆防止の研究は軍事研究ではない。これらを軍事研究だといったら、ほとんどの基礎研究が軍事研究になるだろう。 (b)科学者は純粋に科学的な関心から基礎研究を行っているのであり、研究成果をどのように使うか(平和利用か軍事利用か)は政治の問題である。科学者は政治問題に関与しない。

第2段階…対抗仮説にどのようなものが考えられるか。①研究者の意識にはないとしても、軍事的な応用のきく研究であれば、軍事研究の側面を持つ。②資金源が米軍であるということは、軍事研究の一環であることは明らかである*2。③科学者の意識いかんに関わらず(軍事研究しているつもりはなくても)、軍事応用のきく研究であれば、それは客観的には軍事研究に加担していることになる。……

 

主張の妥当性の判断に文脈主義を適用することは確かに有効な気もするが、具体的にどのようにすれば良いか、まだよく分からない。次回、もう一度考えてみよう。

*1:「排除」とあるが、「考慮」の間違いだろう。

*2:助成先を決めるのは国防総省。元手は米国民の税金であり、特定の目的を持って支出しているのは明らかだ。(西崎文子・東大教授)