気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

表現の自由 二枚舌 角を矯めて牛を殺す

平野・亀本・服部『法哲学』(33) 

いま問題にしているのは、「表現の自由」と「ヘイトスピーチ」である。前回はこの関連で、「憎悪のピラミッドとマイクロアグレッション」を紹介した。

マイクロアグレッション(microaggression)とは、「悪意なき差別」あるいは「自覚なき差別」というような意味である。もう一度、憎悪のピラミッド(Pyramid of Hate)の図をあげておく。

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この図の最下段に「先入観による行為」というのがあって、「冗談、噂、ステレオタイプ、敵意の表明、配慮を欠いたコメント、排除する言語」があげられている。これが「マイクロアグレッション」とされる。この一つ上に、「偏見による行為」があり、「スケープゴート、非人間化、嘲笑、社会的回避、誹謗中傷、意図的な差別表現」が挙げられている。悪意・自覚のある「ヘイトスピーチ」は、ここに分類される。

本図では、「先入観による行為」と「偏見による行為」は、「非刑事的事象」とされているが、「ヘイトスピーチ」に関しては、法制化されている。

まず、日本のヘイトスピーチ*1対策について。

法務省ヘイトスピーチ対策法*2の基本的な解釈をまとめ、同法で許されないとした「不当な差別的言動」の具体例を、要望があった二十三都道府県の約七十自治体に提示したことが、同省への取材で分かった。「祖国へ帰れ」などのキーワードを例示。ヘイトスピーチ抑止に取り組む自治体の担当者は「参考になる」と評価している。

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対策法には差別的言動の明確な定義や禁止規定がなく、ヘイトスピーチが多発する川崎市京都府大阪市、神戸市、福岡県など十三自治体が判断基準や具体例を示すよう要望。憲法が保障する表現の自由を尊重する観点から、集会やデモでの公共施設使用を不許可とする判断は難しく、対応に苦慮する自治体のニーズに法務省が応えた形だ。…具体例では「○○人は殺せ」といった脅迫的言動や、昆虫や動物に例える著しい侮辱、「町から出て行け」などの排除をあおる文言が当てはまるとした。さらに「○○人は日本を敵視している」などのように、差別的な主張の根拠を示す文言があったとしても、排斥の意図が明確であれば該当すると明示した。(2017/2/5 東京新聞http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201702/CK2017020502000108.html

 

このようなヘイトスピーチだけを見れば、規制するのは当然のように思えるが、「表現の自由」の観点から、ヘイトスピーチ規制に反対する人もいる。以下、規制に反対する弁護士の意見をみてみよう。(2014/8/17 弁護士ドットコム、 https://www.bengo4.com/other/1146/1288/n_1882/ より。ヘイトスピーチ対策法制定前の記事)

表現の自由は民主主義を正常に運営するために欠かすことの出来ない自由です。特に,政治的言論に対する保護については,表現の自由の中でも最重要のものです。そして,ヘイトスピーチに政治的色彩があることは間違いありません。表現行為が,差別や偏見を助長する誤った言論であるとしても,対抗言論や,現行の侮辱罪や名誉毀損罪,あるいは民事の不法行為責任で対応すべきであって,表現行為に対する萎縮効果が大きく,民主主義を歪める危険性の高いヘイトスピーチ規制には反対します。近時,特定秘密保護法をはじめとして,表現の自由に対する規制が強まっているように感じます。ヘイトスピーチ規制については,少数者の人権擁護の観点から支持する弁護士も一定数いると推測しますが,「角を矯めて牛を殺す」ことになることを危惧します。(鐘ケ江啓司)

表現の自由に対する規制は、極力行うべきではない。仮に、法律上の規制根拠を作った場合、それを拡大解釈して取り締まりが横行することにより、表現の萎縮効果が起こる危険性がある。(三森敏明)

ヘイトスピーチも「表現行為」であり、その規制は「表現の自由」との関係が問題となる(憲法第21条1項)。「表現の自由」は、憲法の人権保障体系の中でも「優越的な地位」にある。表現行為は、個人の自己実現であると共に、民主主義の前提だからである。…米国においては、その規制はヘイトスピーチによって「暴動が惹起され地域の平穏が害される現実的な危険性」が存する場合等に限定されているようである。(萩原猛)

何をもって「ヘイトスピーチ」とするのか、その定義付けにつき、曖昧不明確なものとなる可能性があり、予め一般的網羅的に規制の対象とすることは難しいと言わざるを得ません。曖昧不明確なものであれば、当然のこと、表現の自由に対する萎縮効果を伴うものとなり、民主政に対する脅威となってしまうでしょう。(大石 眞人)

このヘイトスピーチ規制反対論は、一言で言えば、角を矯めて牛を殺す*3危険がある、というものであろう。「表現の自由」や「報道の自由」に対する規制が危惧される状況において、この反対論には説得力がある。

では何ら対策をとらないほうが良いのか。表現の自由は、無制限に認められなければならないのか。…私はそうは思わないのだが、これ以上、この議論に深入りしないでおこう。(二枚舌に要注意)

 

二枚舌

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私は、実はどちらかというと、「ヘイトスピーチをいかに規制するか」よりも、「なぜ、ヘイトスピーチが生じてくるのか? どうすれば、ヘイトスピーチをなくすことができるのか?」のほうに関心がある(というか、こちらに重点をおいた議論が必要だと思う)。これは、「表現の自由」の議論では解決不可能な問題であろう。

冒頭に掲載した「憎悪のピラミッド」の最下段は、「先入観による行為」(冗談、噂、ステレオタイプ、敵意の表明、配慮を欠いたコメント、排除する言語)であった。これは、マイクロアグレッション(microaggression、「悪意なき差別」あるいは「自覚なき差別」)と呼ばれる。これが、ヘイトスピーチにつながる。ひいてはジェノサイドにつながる。これらを規制することはできない。規制はしないが、「よくないもの」だと思えるようになるには、どうしたらよいのか?

*1:

在日コリアンの証言 ヘイトスピーチの実態

www.youtube.com

クローズアップ現代ヘイトスピーチを問う~戦後70年 いま何が~」

www.youtube.com

 

*2:正式名称は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(2016/6/3公布・施行)。基本理念:国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない(第3条)。 

*3:角を矯(た)めて牛を殺す…曲がった牛の角をまっすぐにするために叩いたり引っぱったりすると、牛は弱って死んでしまうことから、わずかな欠点を直そうとして、かえって全体をだめにしてしまうことをいう。「矯める」とは、矯正する。曲がったものをまっすぐにするという意味。