気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

法的思考 法的三段論法(判決三段論法)

平野・亀本・服部『法哲学』(40) 

今回は、第5章 法的思考 第1節 法的思考とは何か 第3項 判決三段論法 である。

亀本の説明は少し分かりにくい。そこで最初に分かりやすい説明をみてみよう。

法規の適用において用いられる三段論法を「法的三段論法」などと呼ぶ。法的三段論法も、大前提・小前提から結論を演繹的に導き出すことは変わらない。そして法的三段論法における大前提・小前提は、以下のものに置き換えられる。

 大前提:法規(法令の条文、条文解釈により定立される規範等)

 小前提:具体的事実

 結 論:法適用の結果

例えば,以下の例が挙げられる。

 大前提:人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する(刑法199条)。

 小前提:AはBを殺した。

 結 論:Aは,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処せられる。

法令の条文は抽象的なので、条文の文言の意味内容を具体的に明らかにして,その定義・規範を定立する「法解釈」が必要となる。

法的三段論法における大前提とは,法律の条文およびその解釈によって定立された定義や規範である。

法的三段論法における小前提は,具体的事実である。具体的事実の存否は,その存否を指し示す証拠によって推論して認定するほかない。この,具体的事実を証拠等によって推認する作業を「事実認定」という。事実認定により存在すると判断された具体的事実が小前提である。

法的三段論法における結論とは,前記大前提たる法規・法令と小前提たる具体的事実から推論される法適用の結果である。大前提たる法規・法令に小前提たる具体的事実を当てはめた場合に,どのような結果が生じるのかということである。(LSC綜合法律事務所、http://www.lsclaw.jp/law/sandanronpou.html

「法解釈」、「事実認定」が、キーワードである。

もう一つ別の説明を参照しよう。

窃盗罪(刑235)を、具体的な事例に適用する場合には、以下の三段論法が用いられる。

 大前提(=法律):「他人の財物を窃取した」ならば「10年以下の懲役…(略)」に処される

 小前提(=あてはめ):Aは、「他人の財物を窃取した」

 結 論:Aは、「10年以下の懲役…(略)」に処される

これを、便宜上、『大きな法的三段論法』と呼ぶことにします。ここでは、「一定の(法律)要件を充足した場合に一定の(法律)効果を生じる」という法律の規定自体を大前提として、具体的事案において要件が充足されることを認定し(小前提=あてはめ)、結論を導いています。

 では、Aが「他人の財物を窃取した」ことは、いかにして論証されるのか。

しかし、Aが「他人の財物を窃取した」ことを論証するためには、以下のように、「他人の財物を窃取した」という要件に解釈を加えてその内容を明らかにして大前提を作り、そこに具体的事案を当てはめるという、『小さな法的三段論法』を用いる必要があります。

 大前提(=規範定立):「他人の財物を窃取した」とは「他人が占有する物をその意思に反して自己の支配下に移転させること」をいう

 小前提(=あてはめ):Aは、他人が占有する物をその意思に反して自己の支配下に移転させた

 結 論:Aは、「他人の財物を窃取した」

大きい法的三段論法の小前提(あてはめ)の部分に、小さい法的三段論法が入れ子式に組み込まれるということになります。

 小前提(=あてはめ)

   大前提(=規範定立):「他人の財物を窃取した」とは「他人が占有する物をその意思に反して自己の支配下に移転させること」をいう

   小前提(=あてはめ):Aは、他人が占有する物をその意思に反して自己の支配下に移転させた

   結 論:Aは、「他人の財物を窃取した」

(弁護士による法律学ブログ、http://rordtolawyer.seesaa.net/article/447132146.html

「あてはめ」とは、具体的事案において要件が充足されることを認定することである。

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http://ironna.jp/file/edcf32323d3dbba36159a31eba253796.jpg

 

判決三段論法の構造

亀本は「判決三段論法」という言葉も使っている。どちらが適切か分からない。

法律家の間では、法規範*1の標準型は、要件効果からなるルールの構造を持つと考えられている。それは、法準則、法規則と呼ばれることもあるが、以下では「法ルール」に用語を統一する。

判決三段論法は、法ルールを大前提とし、法ルールの要件に、事実をあてはめることによって、結論を導くという構造をとる。法ルールを大前提、認定された事実を小前提という。 

「法ルール」というよりは、「法律の条文およびその解釈によって定立された定義や規範」(LSC綜合法律事務所)といったほうが分かりやすい。

 

要件の一部に関する三段論法

判決三段論法は、このように判決に直結する仕方で用いられるだけでなく、法ルールの要件の一部構成要素を定義または具体化する命題が下位ルールとなり、これを大前提として同様の推論が展開されるということもある。例えば、民法第709条にいう「権利」には、所有権などの狭義の権利だけでなく、「法的な保護に値する利益」も含まれるとする解釈命題は、そのようなルールである。また、不法行為と損害の因果関係についても、どのような場合に因果関係の存在が法的に認められるかに関する下位ルールが必要となろう。

ちょっと分かりにくい「法ルールの要件の一部構成要素を定義または具体化する命題が下位ルールとなり、これを大前提として同様の推論が展開される」というのは、先ほどみた「大きい法的三段論法の小前提(あてはめ)の部分に、小さい法的三段論法が入れ子式に組み込まれる」と同じことを言っていると思われる。

ここで亀本が例に挙げている民法第709条は、「故意または過失によりて他人の権利を侵害したる者は之によりて生じたる損害を賠償する責めに任ず」という改正前の条文であり、この権利には「法的な保護に値する利益」も含まれるとする解釈があることを言っている。この条文は現代語化(2004年)の際に、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と改正されている。(本書の発行は2002年)。

 

判決三段論法の性格をめぐる論争

判決三段論法は、法律家の間では一般に、論理的な演繹とみなされている。だが異論も有力である。それを論理的な推論とみなす場合には、判決三段論法における普遍的前提(大前提)及び個別的前提(事実)から個別的結論(判決)への導出過程において、すべてにあてはまることはその一つについてもあてはまるという論理法則が働いている、という説明が可能である。これに対して、判決三段論法の演繹的説明を拒否する立場の根拠は、法的思考において、論理的な意味での普遍的前提、即ち全称命題はありえず、法的思考に登場する「普遍的」と称する法規範は、例外を許容する「一般的なルール」、あるいは大体において妥当する蓋然的な規範に過ぎないということにある。

大前提が、「法律の条文およびその解釈によって定立された定義や規範」(LSC綜合法律事務所)だとするなら、判決三段論法における大前提が「普遍的前提」ではありえず、「大体において妥当する蓋然的な規範」であることは、明白であると思われる。

判決三段論法を演繹的に説明する場合でも、論理は、大前提と小前提という2つの前提から結論への移行に関わるだけであり、大前提および小前提の確定は論理の領分ではなく、論理と区別される法的思考の領分であるということに注意する必要がある。他方、法規範を一般的なものに過ぎないと考える場合でも、個々の事件に応じて普遍化可能な判断をする限りで、その内容を普遍的ルールの形で定式化することができるから、その後では、演繹的な説明が可能である。このように考えれば、法的三段論法の論理的性格をめぐる論争は消滅する。

「大前提および小前提の確定は…法的思考の領分である」というのは、その通りだと思う。しかし、後半の「…普遍的ルールの形で定式化することができる」という部分の「普遍」は、全称命題(すべての~)と考えるべきではない。「演繹的な説明が可能である」というのも紛らわしい。

以上のような点を考慮すれば、法規範の性格をめぐる問題については、自然言語によって表現されたルールは例外を許容する一般的なルールであり、裁判官の役割は、それを個々の事件に応じて普遍化可能な形で具体化することにあると考えればよいと思われる。ルールは自然言語で表現されている限りでは一般的なものであるが、普遍化可能性に特に着目する場合は、普遍的なものとみなすこともできる、ということである。以下本章で、「ルール」という言葉を使用する場合、原則として、このような二重の性格を持つものとしてそれを用いることにする。

「普遍的ものとみなすことができる」という言い方には注意しよう。「ほとんどすべての場合に妥当する」という言い方の方が適切であると思う。(「普遍」などというものは、数学・論理の世界にしかありえないだろう)。

 

事実問題と法律問題の交錯

判決三段論法の構造から分かるように、法的判断は、法規範の確定に関わる法律問題と、事実の確定に関わる事実問題とに分けて考えることができる。裁判においては、まず事実問題の決定が先立ち、事実が確定した後に、適用すべき法規範の選択と解釈の確定がなされる、と一応言うことが出来る。陪審制が採用される場合も、事実問題と法律問題との分離が可能であることが前提となっている。陪審は通常、事実問題についてのみ決定権限を有するからである。

冒頭に引用した説明からすれば、「法規範の確定に関わる法律問題」とは法解釈のことであり、「事実の確定に関わる事実問題」とは事実認定という言い方になるだろう。

しかし、実際の法的判断においては、とりわけそれを発見の過程の観点からみれば、事実問題と法律問題とを完全に切り離すことは難しい。その理由は、事実認定の側からも、法律問題の側からも説明することができる。

裁判における事実認定に関して言えば、それは生じた事実をあらゆる観点から正確に再現することを目的にしているわけではなく、法的に重要な事実、すなわち法規範の要件とされる事実のみを明らかにすることを目的としているから、事実認定の前提として、適用可能な法規範の内容がある程度明確になっている必要がある裁判における事実は、法規範を参照して法的な視点からみられた事実であり、非法的な視点から見た事実ではない。

 ここは非常に大事な点であろう。「事実」というものは、百万言を費やしても言い尽くされるものではない。範囲を限定して、ある視点から明らかにするしかない。「裁判における事実は、法規範を参照して法的な視点からみられた事実である」。だから、法規範の解釈が異なったり、複数の法的な視点があることを認める限り、「裁判における事実」は複数ありうる、と言わなければならないだろう。

法律問題について言えば、第1に、適用すべき法規範の選択は、法適用以前の段階で事実がある程度固まっていないと行うことができない。第2に、法規範を適用するにあたって、それをどのように解釈すべきかという問題は、裁判においては純粋の法律問題というよりも、当該事件の事実に大いに依存している。

この問題を、もう少し具体的に説明しよう。例えば、自動車事故の事件で、Aが愛玩していた飼い犬を同乗させており、事故の結果犬が死亡し、Aが大変な精神的ショックを受けたとしよう。Aが物的損害に加えて、この精神的損害に対する損害賠償をも求めた場合、裁判官はそれが「法的な保護に値する利益」であるかないかの判断をしなければならないだろう。…裁判官は、Aの精神的損害と事故との(科学的な)因果関係はあるかもしれないが、被告Bの側からみれば、それは予測可能性の範囲を超えており、法的な救済に値する因果関係ではないという判断を下すかもしれない。これは法規範に関する判断ではあるが、事件の事実に関する判断とも密接に絡み合っている

事実認定については、次節で説明がある。

*1:「法規範」については、第2章第1節で、次のような説明があった。…法規範の多くは、典型的には「AならばB」、即ち一定の要件事実に対して一定の法律効果が帰属させられるべきことを指図するという、いわゆる「条件プログラム」の形での規定方式をとっている。このタイプの法規範は、法準則(法ルール、法規則)と呼ばれており、制定法の条文の多くは、この意味における法準則である。このように予め定立された一般的な法準則を、過去に起こった具体的事実に適用することにより、事案を公正に処理する特殊な思考技術が、法的思考(リーガル・マインド)と呼ばれるものである。(法とは何か(2) 法は強制秩序なのか? 参照)