浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

生活を豊かにするデザイン  国立西洋美術館

柏木博『デザインの教科書』(4)

今回は、第3章 心地よさについて である。

  • 生活を豊かにするデザイン…椅子やテーブルや食器などのデザインが暮らしを経済的に豊かにするとは誰も思わない。したがって、この「豊かさ」は、メンタルな豊かさということになる。その「豊かさ」は「心地よさ」と言い換えることもできる。
  • 「心地よい」生活を支えるデザインは、時代の技術、時代の素材、経済的計画などの他に、新たな生活様式の提案や社会的要請、さらには美意識を含めた感覚的な要素、また市場的な条件などなどを考慮したものの中から出現してくる。
  • 趣味や美意識は「秩序」ということと深く関わっている。その「秩序」のひとつの表れは、「装飾」である。…装飾は、道具や衣服や家具などに、あるときは親しみや使う楽しみを与え、またあるときは神聖な雰囲気を与えてきた。

心地よさはメンタルな豊かさである。メンタルに豊かであれば心地よい。すぐれたデザインは、メンタルな豊かさに寄与する。

  • ものと人間、あるいはものと生活ということで言うなら、もののあるべき寿命をまっとうさせるということが、心おだやかに感じられるのは、私たちの「保守性」ゆえだろうか。生命については、生物はそれを守ろうとする保守性を持っている。
  • そうした生活者の潜在意識に反して、デザイナーの側に、ほんの僅かでも「とりあえず」使うものをデザインしているのだという意識がある限り、それがどれほど小綺麗にデザインされていても、その根底に、それを使う人々の暮らしを軽んずる気持ちがあるということになる。
  • マーケット原理を背景にしている環境では、そうしたデザインを一概に否定することはできないが、どれほど些細なものでも、「とりあえず」ではなくデザインされているもののほうが[とりあえずではないデザインのほうが]、心地よい、つまり生活を豊かにしてくれる。これは、ものの寿命をまっとうさせようとする使用者、生活者の感覚や意識から出てくるものだ。

「ものの寿命」というものを、真剣に考えてみても良いかもしれない。50年の寿命あるものを、10年の寿命に短縮する。それがマーケットの原理であるとしたら、それは望ましいことなのだろうか。デザインは、寿命を延ばすべきなのか、短縮すべきなのか。

  • 私たちの生活の中にものが入り込んできて、あふれていったのは、1960年代後半から1970年代頃のことだった。もの<物質>が豊かになって、他方では感覚が乾いて貧しいものとなったといった意味の発言をよく耳にするようになったのもその頃のことだ。

現在はどうなのだろうか。感覚はますます貧しくなり、もの<物質>も貧しさのほうに転じているのではないか。

  • ものをぞんざいに扱い、すぐに破損したり捨てたりする人もいれば、細やかに大切に扱う人もいる。ものの扱い方に、それぞれの生活の仕方とともに人柄が映し出される。
  • ものは人々の分身でもある。…自身の暮らしの中で使っているものも、もちろんそう容易には捨てられない。家具などが壊れれば、修理して使う。…ものを手入れすることは、また暮らしを心地よくする作業にほかならない。と同時に、自分たちの分身であるものを丁寧に扱うことは、自身をも丁寧に扱うことであり、丁寧な生活を実現することでもある

ものは分身である。ものをぞんざいに扱う者は、自分をぞんざいに扱う者である。

  • 家は、作られたときに完成するものではない。そこで生活する人々が、日々、自らの生活のために変化させていく。家具や什器も同様である。その置き方や使い方を生活に馴染ませていく。従ってそれらは、「生きられた家」「生きられたもの」なのである。そして、私たちは、住まいやものを、より心地よいものにしていこうとする。
  • 私たちは既存の住まいや家具に囲まれてはいても、日々使う食器や家具などの什器を組み合わせる。壁に写真や絵を飾る、花器には季節の花を入れて楽しむ。たまたま拾った石などを窓辺に置いたりする。それが、そこに暮らす人や家族の姿、そして「生活」を表してもいる

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http://homemydesign.com/2013/simple-and-modern-living-room-design-for-young-family/

この写真はいかなる「生活」を表現しているか。この「生活」を直視しない理論は空虚である。

  • 精神科医中井久夫は、室内の重要性についてたびたび言及している。「病棟の力には非常に大きなものがあると思います。エスキロール[フランスの精神病理学者]の時代から、病棟は最大唯一の治療道具であると言われています。…私がデザインした病院は、ホテルの玄関と同じにしまして、二重のガラス戸の向こうで看護師さんが働いている姿が見えるようになっております」

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静岡てんかん・神経医療センター  http://www.shizuokamind.org/hospital/building/

ここにも「生活」はある。

 

本書は、心地よい住まい(家)の例として、建築家ル・コルビュジエのカバノン(「カップ・マルタンの休暇小屋」)を詳しく紹介しており、ネットで写真も見たが、どうもとりあげる気にはなれない。それは「心地よい住まい」というより、モデュロールと最小限住宅(狭小住宅)の試作品のような感じがする。ル・コルビュジエを「近代建築の三大巨匠」と呼ばせたものは、こんな作品ではないだろう。

 ル・コルビュジエ(1887-1965)は、スイスで生まれ、フランスで活躍した建築家。モダニズム建築の礎を築いた20世紀を代表する建築家であり、フランク・ロイド・ライトミース・ファン・デル・ローエと合わせ「近代建築の三大巨匠」と呼ばれている。…実践に理論を並行させ、鉄筋コンクリートを活用した建築理論「ドミノ・システム」、高密現代都市の理想的環境を構想した「輝く都市」、身体に合う建築寸法の黄金比モデュロール」、《サヴォア邸》で実現された新しく自由な建築のための要点「近代建築の五原則」などを、著作やCIAM(近代建築国際会議)で次々に発表し、世界に多大な影響を与えた。(松原慈、Artwords)

 

国立西洋美術館

東京都台東区の上野公園内にある、西洋の美術作品を専門とする美術館である。独立行政法人国立美術館が運営している。本館は「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の構成資産として世界文化遺産に登録されている。…本館の設計はル・コルビュジエによるが、彼の弟子である前川國男・坂倉準三・吉阪隆正が実施設計・監理に協力し完成した。なお新館は前川國男前川國男建築設計事務所)が設計した。(wikipedia

www.youtube.com

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※ 無限成長美術館

ル・コルビュジエが考えた「無限に成長する美術館」とは、展示空間が渦巻きのように螺旋を描きながら延びているので、美術作品が増えても必要に応じて外側へ増築して展示スペースを確保できるというもので、美術館として無限に拡大していくことを可能としています。国立西洋美術館(本館)は、ピロティー*1となっている1階の正面入口から建物の中心となるメインホール(「19世紀ホール」)に入ると、スロープで、2階の展示スペースへ昇り、回遊することができます。(http://www.city.taito.lg.jp/sekaiisan/le_0top.html

*1:ピロティー…壁がなく柱だけで構成された吹き抜けの空間のことをいいます。一般的には建物の1階部分をエントランスホールや駐車場として活用するときに、このピロティー形式がとられます。(不動産用語集)