浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

教養 多様な個性 ダイバーシティー(多様性)

格差社会(6)

前回までの統計数値の検討は一休みして、「企業社会と個性」について考えてみよう。これを「格差社会」の文脈で語ることが適切であるかどうかはわからないが…。

以下は、『名門大学の「教養」』(2011年、主婦と生活社)の早稲田大学編(2008年11月25日放送のNHK総合テレビ爆笑問題のニッポンの教養スペシャル」を構成したもの)のごく一部(P251-253)である。(緑字は、本書で大きなフォントで、太字になっていたもの。赤字や下線は引用者。)

男子学生F 昭和世代の人に言いたいことっていうことで、ちょっと一個思うのが、個を排除する傾向にあると。個性みたいなものを、僕ら平成に育ってきた世代は、自由だ、個性が大切だ言われて育ってきたんです。けれども、それを社会を仕切っている大人たちの間で、さっきの宮沢さんが言われたノイズじゃないですけど、危険分子になりそうなちょっと人から外れたものは排除される傾向にあるように感じています。それがさっきそちらにいた女の子が、社会ではじけられないから、今大学ではじけるって言ったこととつながると思います。それは太田さんと同じく、僕も悲しいなと思ったんですけれども。

でもやっぱり、社会ではじけられないっていう感覚が僕らの中にあるから、僕らの側が自粛しちゃうっていう面があると思うんですよ。僕も大学時代は自由にやってきたんですが、就職活動をしていて、面接を進んでいくと、相手の年齢層が上がってくるんですね。そうすると、最初は、君は人と違っていいねって言ってくれていたのが、社長クラスになると、人と違うからちょっと排除しようみたいな。ひどい例だと、「出る杭は打たれるんだよ」って直接、社長に言われたことがあるんです。そういうような傾向になっちゃっているのかなと。だから生きづらい世の中にされちゃったなと。

 

八巻和彦 あのね。個は、個人は大事なんだよね。だけど、皆さん一人きりで生きているわけじゃないんだ。だから、個人も大事なんだけど、社会も大事なんです。ところが、個人か社会か二者択一のような議論がまかり通っちゃうところに、今の日本の社会の不幸があると思う。私は田舎に住んでいるからよくわかるけど、田舎から街に出てくると、本当に社会が壊れちゃっている。2000年代以降急速に壊れていると思うんだよね。その原因が何かって言ったら、皆が自分一人を大事にし過ぎて、困っている人がいても、それはあんたの責任だ、自己責任だろっていう議論になっちゃっているわけ。だけど私のように哲学の立場から見ていたら、決してひとりの人間が、一人で生きているわけじゃない。逆に、ある一人の人は、世の中に生かしてもらっているんだから、すべて世の中のために尽くすべきだと、こういうふうに考えてしまうのもいけないと思っているけど、でも、その両方が必要なんだ。それが今ね、日本の社会で非常に欠けてきている。そうなり始めるとみんな視野が狭くなってきて、ちょっと古い言葉かもしれないけど、連帯とかっていうようなことが、もう言われなくなっちゃう。死語になっちゃっているのね。助け合いとか。そこのところが今、彼が言っているところに起きている問題だと私は思う。

 

若田部昌澄 私は連帯そのものはそんなになくなっていないと思っていて、むしろNPOとかNGOとか、そういうのは実は広がっているんですよね。だけど、皆さんが思っている閉塞感みたいなものっていうのは、私もそう思っていて。やっぱり平成の時代で、非常に社会が何かすごく息苦しいような気がしてきたっていうのは、その通りだと思うんですよね。私の専門から言うと、これはまさにバブル崩壊後の不況がずっと長く続いていたからだと。そして、景気が回復したといっても、実感なき景気回復というのが続いていたというふうにまあ思うんですが。出る杭は打たれるという話がありますけれども、その表現自体というのは、ずっと昔からある話で。昭和世代って一括りで言いますけど、例えば私が出たときも、やっぱり出る杭は打たれる。その前の人も出る杭は打たれていたんだと思うんです。だからそこの部分は、おそらくずっと変わらないと思います。社会である限りは、出る杭は打つような動きがあると思うんですね。だけども、その中で自分はできるだけ出るように努力するのか、出ないようになるのかっていうことが問われているんじゃないかと思いますけどね。

  

太田 さっきの彼は、教育で個性を伸ばせって言われてきたわけだよね? 個性をなくせっていうプレッシャーはどこから感じるの?

  

男子学生F 今まで大学にいる間は感じなかったんですが、いざ、そろそろ社会に出て、お金を稼がなきゃいけないと自覚した瞬間、社会を見つめた瞬間、具体的に言うと就職活動というものを視野に入れた瞬間に、そういうふうに感じるようになりました。

太田 この間、京大でこの番組をやったときに、…(略)…個性をなくせって言うことも、個性的であれって言うことも、要は個性的ってどんなことって言われても、わからないわけだし、逆に言えば、全員が個性的なのは当たり前なわけだし、人と全く同じ人間なんかいないわけだから。じゃあ何が個性なのよって言ったら、そんなこといちいち言葉にしなければならないこと自体がプレッシャーでもあるわけですよね。今、もし企業やあるいは社会から、その個性をなくせっていう意志みたいな、メッセージみたいなものを受け取っているんだとしたら、あなたがそうだとは言わないけれども、個性的であれって言われたことがプレッシャーだった人がいざ社会に出たときに、個性をなくせって言われて、それもプレッシャーなの?って思うのね。おれなんか。つまり、そんなやつにとっては、何を言ってもプレッシャーだろっていうことを思っちゃうんだけど、どうですか?

…(略)…

男子学生F ただ僕にとっては、太田さんみたいな人が個性で……

太田 で、田中さんが……(笑)

田中 おまえ、金玉1個で生きてみろ!(爆笑、拍手)*1

太田 むちゃくちゃ個性ですよね。

学生Fの話には共感する人(学生)が多いのではないかと思われる。すなわち、「大学時代は自由だ。就職し、社会人になると、人と違うことはできない(はじけられない)」という感覚である。しかし私はそういう学生に、自由って何? はじけるって何? と聞いてみたい。私が思うに、「勉強するにせよ、遊ぶにせよ、自分で何をするか決められる」という程度のことではないか。でも、勉強しなければ単位は取れず卒業できない。遊ぶためにはお金が要る。そのお金はどこから出てくるのか(仕送り、バイト、奨学金?)。ちょっと考えてみればわかるように、「大学生」という身分は、社会の仕組みの中に、しっかりと組み込まれている。学生生活を送ることが可能な条件は、社会の仕組みとして定まっていると言えるだろう。その社会の仕組みからはみでる「自由」はない。

八巻の話は、もっともである。個人か社会かの二者択一ではない。自己責任を強調して、困っている人がいても助けようとしない。連帯が必要である。個性と連帯の両方が必要である。それはその通りだと思うが、ではどうするのかが問題である。個性をどう発揮するのか? 連帯(共生)はいかにして可能か? これは実に難題である。「個性と連帯」を唱え、社会は壊れていると言ったところで、どうにもならない。

若田部は、個性の話を閉塞感にすりかえ、閉塞感は不況、実感なき景気回復によるものと考えているようだ。そして、昔からある「出る杭は打つ」ような動きの中で、できるだけ「出る」ように努力することが重要だと言っているように聞こえる。「出る」で何を考えているのかわからないが、恐らく現状の枠組みを前提しているだろう。

太田が言うように、誰もが個性的なのは当たり前だ。個性的でない人はどこにもいない。金玉1個の田中は実に個性的だ。

 

営利企業は、個性的な人間を求めている。例えば、次のような経営組織において、それぞれの部署の業務を効率的に遂行することが求められる。言われたことをしているだけではダメで、創意工夫が必要である。

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http://slidesplayer.net/slide/11170632/

 

技術、資材、生産、販売、財務、人事、企画、経営(統括)などの職務を遂行するのに必要な能力は、簡単には身につかない。ルールを見直すことができる能力、臨機応変の処置ができる能力、クレームに対処できる能力……。

  • 多様な個性を持った皆さんが持ち味を生かし、活躍することが大切だ。ダイバーシティー(多様性)や働き方改革を一層推進する。(千葉銀行 佐久間英利頭取)
  • 多様な人材が多彩に活躍することが、会社が持続的に発展するための基礎だ。(日本生命保険 清水博社長)*2

企業は、多様な個性、多様な人材を求めている。

「出る杭を打つ」とか、「自己責任」とか、そういうことが問題となるような企業は、一流企業ではない。では、多様性を重視し、従業員の能力開発にも熱心な企業のどこが問題か。

詳細は今後検討したいと思うが、私はこの企業が求める「多様な個性」という言葉の中に、「格差問題」が隠れていると感じている。

インクルージョン

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http://www.reloclub.jp/relotimes/article/10734

*1:知らない人のために注釈しておこう。…田中裕二:2000年9月12日、睾丸肥大のため都内の病院に入院。10月9日に左側の睾丸摘出手術を受けた。ちなみに摘出した睾丸を病理診断・研究したのは向井千秋の夫である向井万起男慶應義塾大学病理専門医)だったとのこと(太田の後日談より)。2015年10月4日、タレントの山口もえと再婚。2017年1月8日、妻・山口もえの妊娠を発表。同年5月25日、都内で山口が女児を出産したことを報告。(Wikipedia田中裕二

*2:2018年入社式でのトップメッセージ。https://life-unleash.co.jp/column/?p=282