浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

におい(匂い、臭い)① 納豆 シュールストレミング

 長谷川寿一他『はじめて出会う心理学(改訂版)』(13)

今回は、第10章 感覚 のうち、「におい」である。本書の説明は9行ほどあるが、全く面白くないので、テキストを、東原和成の「あなたの知らない「匂い」の力-食事から恋愛まで、嗅覚から見るよりよい生活の秘訣」(2014/11/14、https://imidas.jp/jijikaitai/k-40-091-14-11-g552)にしよう。

嗅覚とは

人間には五感があります。視覚、聴覚、触覚、味覚、そして嗅覚です。五感の中でも、嗅覚はそのメカニズムが解明されていない部分が多く、研究課題としては非常にチャレンジングな興味深い分野です。

動物は嗅覚で危険を察知したり、敵味方を区別したり、異性を判別したり、食物を探したりします。匂いを使って周囲の状況を把握し、また、仲間とコミュニケーションを取っています。私たち人間は進化の過程において言語を獲得し、視覚での情報取得にも優れているため、匂いでの情報収集やコミュニケーションをあまり必要としなくなりました。

 人間は、嗅覚で危険を察知したり、敵味方を区別したり、異性を判別したり、食物を探したりはしないだろう。人間以外の動物と人間とでは、嗅覚の位置づけが異なっているのかどうか。

しかし、人間にとって、嗅覚は今なお欠くべからざるものです。というのは、嗅覚は五感の中でもっとも直接的に本能と情動に働きかける感覚だということが、最近の研究でわかってきたのです。

匂いの情報は、本能や情動をつかさどる辺縁系まで最短距離で到達するため、匂いは本能や情動にもっとも働きかける効果がある。…また、嗅覚だけが情動や記憶に直結する神経回路を持っており、さらには内分泌ホルモン系にも作用することがわかりました。人間は、何かの匂いをきっかけに、考えるよりも先に情動が変化することがあります。これは、脳内の神経伝達物質やホルモンの変化という生理現象が、匂いによって引き起こされるからなのです。無意識のうちに、人は「匂いに心動かされている」と言っていいでしょう。

赤字にした部分が興味深い。嗅覚が直接的に本能と情動に働きかける感覚ならば、無意識のうちに、においを取り込んで反応しているのかもしれない。

匂いの正体

このように不思議な力を持つ匂いとは、いったい何なのでしょうか。その正体は化学物質です。炭素、水素、酸素、窒素、硫黄などの原子がつながった分子で、比較的低分子で揮発性の化学物質を匂い物質といいます。匂い物質は世の中に数十万種類あるとされていて、組み合わせも無限大。ただし、そのすべてを人間が感知できるわけではありません。匂いとして感じるためには、鼻の中にある数百種類のセンサー(嗅覚受容体)が、匂い物質の受容体として働かないといけないからです。

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匂いと「経験」

同じ人間ならば、センサーの数も種類も大差がありません。ところが、匂いの感じ方も表現も、一人ひとりで異なります。同じ匂いを嗅いでも「畳のような匂い」「湿った木のような匂い」など、個々人で表し方が違うのです。匂いの感じ方には人それぞれの経験が作用することが、このように表現が違ってくる主な理由です。匂いと記憶は分かちがたく結びついていますから、ある匂いを嗅いでそれを言葉にしようとするとき、人は過去の経験からたとえを拾ってこようとするわけです。

この説明はいささか紛らわしい。においの感じ方は、言語表現以前において、経験が作用しているのであり、Aが「臭い」と言い、Bも「臭い」と言ったとしても、AとBの感じ方は異なるだろう。適切な言葉がみつからなかっただけである、と思う。

発酵と腐敗の遣い

食品を放置しておくと微生物の作用で分解され,次第に外観やにおい,味などが変化し,最後には食べられなくなってしまう。このような現象を腐敗と呼んでいる。一方,発酵も微生物の働きによって食品成分が次第に分解していく現象である。腐敗は魚や肉などタンパク質食品で顕著であるが,それだけでなく,米飯や野菜,果実類など炭水化物の多い食品でもふつうにみられる。また原料が同じでも,蒸した大豆に枯草菌*1を生やして納豆が作られる場合には発酵とよばれるが,煮豆を放っておいて枯草菌が生え,アンモニア臭やネト*2が生じたときは腐敗と呼ばれる。ヨーグルトや酒のように糖類が分解されて乳酸やアルコールなどが生成されるような場合は発酵と呼ばれるが,牛乳に乳酸が蓄積して凝固したものはある時は腐敗(または変敗*3と呼ばれる。乳酸菌は一般に善玉菌としてのイメージが強いが,包装ハム・ソーセージなどでは変敗(ネト)原因菌ともなる。乳酸菌が清酒中で増殖した場合は火落ちといって腐敗を意味する。これらの例からもわかるように,腐敗と発酵の区別は,食品や微生物の種類,生成物の違いによるのではなく,人の価値観に基づいて,微生物作用のうち人間生活に有用な場合を発酵,有害な場合を腐敗と呼んでいるのである。したがって,臭いの強いくさややふなずしなども,微生物作用が認められるのであれば,それが好きな人にとっては発醇食品であり,嫌いな人にとっては腐敗品に過ぎないということになる。(藤井建夫、https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010812392.pdf

Aが「臭い」と言い、Bも「臭い」と言ったとしても、Aは「腐った食品と同じ臭いで、とても食べられない」という意味で「臭い」と言い、Bは「臭いけれど、発酵食品のにおいであり、おいしい」という意味で「臭い」と言っているのかもしれない。

実は私は納豆が嫌いで「腐った豆は食べたくない」と言うのだが、「腐っているのではない。発酵しているのだ」と反論されてしまう。しかし、藤井の言うように、「人の価値観に基づいて,微生物作用のうち人間生活に有用な場合を発酵,有害な場合を腐敗と呼んでいるのである。…微生物作用が認められるのであれば,それが好きな人にとっては発醇食品であり,嫌いな人にとっては腐敗品に過ぎない」ということであれば、納豆は、腐敗しているとも、発酵しているとも言える。

シュールストレミング

シュールストレミング」という食品がある。(スウェーデン産のニシンの塩漬けを缶に入れて発酵させた食品。amazonで、1缶5,940円。納豆は「発酵」食品だからおいしいという人は、ぜひ食べてみて下さい)

www.youtube.com

実際にどんなにおいなのか興味のある人は、「におい展」に出かけるのが良いかもしれない。池袋パルコは終了しているが、静岡パルコで2018年7月13日(金)から9月9日(日)まで、札幌パルコで7月20日(金)から8月19日(日)まで、福岡パルコで7月20日(金)から8月26日(日)まで開催される。 

*1:

枯草菌…バチルス・サブチリス(枯草菌)は、土壌中や空気中などどこにでも存在する。枯れた草の表面から分離されることが多かった為、枯草菌(こそうきん)と和名が名付けられた。稲わらなどの枯れた草の表面を好む。

土壌中、空気中などのいたるところにいる。上空 3000 m にもいる。納豆菌は親戚[枯草菌の一種]。

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http://motility-machinery.jp/?p=240

*2:ネト…粘性物質。「ネットリ」からきた言葉?

*3:変敗…食品が本来の性質を失って,食用に耐えない状態になること。微生物による腐敗,空気中の酸素による酸化などを全体的にいう。(栄養・生化学辞典)