浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

STAP細胞 法と倫理(13) 「懲戒解雇」の検討(1)

小林論文の検討(1)

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研究不正について、別の角度から検討してみたい。

それは、「我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか-研究不正規律の反省的検証」(小林信一、国立国会図書館 調査及び立法考査局 専門調査員 文教科学技術調査室主任)という論文の検討である。

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8752135_po_076402.pdf?contentNo=1

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8779798_po_076501.pdf?contentNo=1

実は、この論文は「STAP細胞 法と倫理」を書き始めたとき、既にダウンロードしてあったのだが、中味を読まないできた。この論文を読んで影響されることなく、自分の頭でどこまで考えられるか試してみたかったからである。それゆえ、この論文を読んだら私の考えは大きく変わるかもしれないし、変らないかもしれない。

 

そこで読み始めたのだが、最初のところで引っ掛かってしまった。それは、論文の「Ⅰ 日本における研究不正規律の成立・浸透過程 2多比良・川崎データ捏造事件のインパクト」の箇所である。

(2005年)日本において研究不正への対応や手続を整備する契機として特に重要な役割を演じたのが、多比良・川崎データ捏造事件である。詳細は表2 に譲るが、本事件は研究不正の認定を組織的に行った日本で最初の事例と言ってもよい。ところが、多比良・川崎データ捏造事件は関連する論文数が多かったこと、公的研究資金の手厚い支援を受けていたので研究不正が認定された場合にはインパクトが大きいこと、関係者の間で研究不正の事実に関して見解が相違し、水掛け論になったことなどから、広く社会の関心を集めることになった。本件は研究の再現性に疑義が呈されたことが契機となって調査が始まった。しかし、裏付けとなる研究データの記録が存在しなかったために、主たる調査機関であった東大は、再実験により研究不正でないことを証明するように関係者に求めた。しかし、疑いを晴らす実験結果は得られず、論文の「再現性、信頼性は無いものと判断」されたにもかかわらず、「極めて捏造したと言えるに近い状態にあるが、断言するのは難し」く、不正を明確に証明することはできなかった。この経験から、研究不正の調査の根拠規定の必要性、さらには研究不正の調査・認定や研究不正に対する措置(懲戒処分や論文取下げ勧告等)に関するルール作りの必要性が自覚されるようになった

表2の詳細では、

2005 年4 月日本RNA 学会が東京大学(東大)多比良和誠教授らの12 論文の疑義に関して東大に実験結果の再現性等について調査依頼。工学系研究科が調査委員会を設置し4 論文について調査。実験ノートの不備判明。再現実験の実施を要請。

2005 年9 月13 日東大工学系研究科調査結果中間報告公表。マスコミが報じ明るみに。この後、本調査、再現実験等開始。マスコミ報道の後、関係者が過去に所属していた産業技術総合研究所産総研)、理研においても予備調査開始。年末には本調査へ。

2006 年1 月17 日東大工学系研究科調査結果公表。再現性は確認できず。ただし捏造の証明は困難(研究不正調査に関する規則の必要性を認識した東大は2006 年3 月に規則を整備、4 月から施行することに)。一方、産総研等は調査開始前に規則を制定し、比較的迅速に結論を得る。2006 年3月3 日には産総研は「不正の疑いは否定できず、捏造に限りなく近い」とし、論文の取下げを勧告。

2006 年3 月30 日東大工学系研究科調査委員会は最終報告書を発表。再現性、信頼性はないが、捏造の断定は難しいとした。その後2006 年5 月に処分内容決定、2006年12 月に懲戒解雇処分

2007 年に多比良元教授が東大に地位確認と未払い賃金の支払を求めて訴訟。2009 年1 月に東京地裁は、懲戒解雇は有効とし請求を棄却(ただし、解雇通告から解雇発効日までの未払い給与の支払を東大に命じた)。2010 年11 月東京高等裁判所控訴棄却。研究不正を機関内で処理するための規則がないことの限界、故意性の証明の難しさが認識され、関連規程整備の契機になった。

これを読んで引っ掛かったのは、「懲戒解雇処分」のところである。そして東京地裁は懲戒解雇を有効とし、東京高裁控訴棄却とした。いかなる根拠をもって解雇とし、地裁・高裁はこれを有効としたのだろうか。(なお、多比良は2010年12月8日、二審の判決を不服として最高裁判所に上告。その後最高裁は上告棄却としたのかどうかよくわからない)

論点はいくつかあるが、小林論文を離れて、今回は「懲戒解雇」について検討したい。(断っておきますが、私は法律には素人です。ただ「社会におけるルール」というものが、どう作られるべきかということに関心があります。)

東大は、RNA関連論文に関して、以下のような懲戒処分等を発令した。記者発表;

平成18年12月27日
東京大学

教員のRNA関連論文に関する懲戒処分について

東京大学は、本日付けで、大学院工学系研究科所属の教員が信ぴょう性と再現性の認められない多数の論文を共同で作成・発表していたことに関し、下記のとおり懲戒処分等を発令した。

 ◎当事者責任

  工学系研究科 教授 多比良 和誠  懲戒解雇(処分理由は別紙1のとおり)

  工学系研究科 助手 川崎 広明    懲戒解雇(処分理由は別紙2のとおり)

 ◎指導監督等責任

  前・元工学系研究科長(2名)           訓告

  前・元工学系研究科化学生命工学専攻長(3名)   訓告

別紙1:http://www.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/181227_05.pdf 

別紙2:http://www.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/181227_06.pdf

多比良、川崎いずれも、就業規則第38条第5号に定める「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」に該当するとして、懲戒解雇処分となった。

就業規則38条には、懲戒事由が定められている。

第38条 教職員が次の各号の一に該当する場合には、懲戒に処する。

(1) 正当な理由なしに無断欠勤をした場合

(2) 正当な理由なしにしばしば欠勤、遅刻、早退するなど勤務を怠った場合

(3) 故意又は重大な過失により大学法人に損害を与えた場合

(4) 窃盗、横領、傷害等の刑法犯に該当する行為があった場合

(5) 大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合

(6) 素行不良で大学法人の秩序又は風紀を乱した場合

(7) 重大な経歴詐称をした場合

(8) その他この規則及び大学法人の諸規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行為があった場合

就業規則39条には、以下のような懲戒の区分が定められている・

第39条 懲戒は、戒告、減給、出勤停止、停職、諭旨解雇又は懲戒解雇の区分によるものとする。

(1) 戒告 将来を戒める。

(2) 減給 1回の額が労基法第12条に規定する平均賃金の1日分の2分の1を超えず、その総額が一給与計算期間の給与総額の10分の1を超えない額を給与から減ずる。

(3) 出勤停止 1日以上10日以内を限度として勤務を停止し、職務に従事させず、その間の給与を支給しない。

(4) 停職 2月以内を限度として勤務を停止し、職務に従事させず、その間の給与を支給しない。

(5) 諭旨解雇 退職願の提出を勧告し、これに応じない場合には、30日前に予告して、若しくは30日以上の平均賃金を支払って解雇し、又は予告期間を設けないで即時に解雇する。

(6) 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時に解雇する。

東大は、自ら制定した就業規則に基づき、多比良、川崎両名を「懲戒解雇」とし、記者発表した(氏名も公表された)。

 

ここで「懲戒処分」とはどういうものか確認しておこう。

公務員における懲戒処分:公務員における懲戒処分とは、職員に非違行為があったとき、その職員に対する制裁としてなされる処分をいい、国家公務員法第82条、自衛隊法第46条、外務公務員法第3条、国会職員法第28条 - 第32条地方公務員法第29条、裁判所職員臨時措置法に規定がある。

職員は、法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることはない。任命権者は非違の程度や情状によって懲戒処分の内容を決定し、処分の選択については任命権者の裁量に委ねられている。なお、一の非違行為に対して二種類以上の懲戒処分を重ねて課することはできない。また、公務員における懲戒処分については、国家公務員は人事院規則で、地方公務員は地方公共団体ごとに条例で、その詳細が定められており、その実施にあっては、通常、その旨を記した書面を交付して行うよう規定している。(Wikipedia)

独立行政法人の職員は、公務員ではないが、公務員における懲戒処分がどのように行われるのかは大いに参考になる。まず、法律で懲戒事由が定められていること懲戒処分の詳細が規則や条例で定められていること

本田和盛社会保険労務士は、次のように述べている。

懲戒処分における罪刑法定主義:犯罪に対する刑罰は、あらかじめ成文の法律によって明確に規定されていることが必要です(罪刑法定主義)。この罪刑法定主義は、国家による恣意的な刑罰権の行使を抑制し、国民の自由を保障することを目的としています。罪刑法定主義は、国家が国民に対して刑事処分を行う場合に適用される原則ですが、労働者と使用者との間の力関係や、懲戒処分が労働者に対して一方的に不利益を課すものである点から、使用者の懲戒権の行使においても、この罪刑法定主義に類した考え方がとられています。(http://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=56173&bk=category%2Fqa.php

公務員における懲戒処分は、この罪刑法定主義に従っているといって良い。更に公務員の場合、次のような公正な手続が定められている。以下いずれもwikipediaからの引用。

公平審査…懲戒処分の変更または取消を求めるには、国家公務員なら人事院にある公平審査局に公平審査を申し出る。地方公務員であれば人事委員会または公平委員会に対して、不利益処分に関する不服申立てを行いその裁決・決定を求めることが必要である。その裁決・決定に不服がある場合は、裁判所に出訴することができるが、人事院公平審査または不利益処分に関する不服申立てを行わずに裁判への出訴はできない。

人事院公平審査は裁判ではないが、被処分者がいわば原告となり、処分者が被告、公平委員が裁判官の形式で審査が行われる。傍聴できる公開審査もあるが非公開審査にもできる。代理人を立てることもできるが、裁判同様に弁護士もよいが、裁判とは違うために被処分者が指定した代理人でも構わない。また被処分者、処分者ともに証人を招致することができる。被処分者側から、処分者側の証人出席を求めることもできるが、必要かどうかは公平委員の裁量による。審理は書面(甲が被処分者、乙が処分者)を用意して証拠書類とする。その書面に沿って公平委員が尋問したり、被処分者が処分者または処分者側証人を尋問する。審査は1日ないし2日で行われ、公平審査局から決定が出されるのに6か月ないし1年ほどかかる。

懲戒処分に不服がある場合、人事院に公平審査局があり、裁判類似の人事院公平審査が行われることに注目しておきたい。

裁量権と司法審査…前述のとおり、非違行為のあった職員に対していかなる懲戒処分を行うかは任命権者の裁量に委ねられているところであるが、前述の不服申立て後に裁判所に出訴した場合、任命権者の裁量権(行政裁量)に対して司法審査(合法・違法の審査)がどの程度及ぶかが問題となる。このことについて、争議行為禁止規定違反等を理由として、税関職員で組合幹部である3名を国家公務員法第82条1号・同3号に基づき懲戒免職としたことに対して、同3名からなされた当該処分の無効確認及び取消訴訟に対する判決において、最高裁は次のように説示し、「処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を乱用したと認められる場合に限り違法であると判断すべき」とした。

任命権者の裁量権と司法審査の関係がどうなっているのかは、重要なポイントだろう。以下の文章をよく読んでおきたい。

「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響のほか、当該公務員の右行為の前後における態度懲戒処分等の処分歴選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、都下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。 それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」

懲戒権者は、上記のような広範な事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定するのであり、そのような広範な事情を総合的に考慮するのでなければ裁量権があるとは言えないだろう。即ち、裁判においては、まず懲戒権者がそのような広範な事情を総合的に考慮したかどうかが問われることになると思う。

また裁量権の行使としてした懲戒処分が、社会観念上著しく妥当を欠いていては裁量権を濫用したと言わなければならない。社会観念上著しく妥当を欠くか否かの判断は微妙なところがあるだろうが、少なくともそこが争点になるだろうことは留意しておくべきと思われる。

長くなりそうなので、今日はここまで。

 

(続く)