浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

STAP細胞 より良き未来のために(2) 

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2 「調査委員会」は、「カップ・パンチャヤット」か

理研は、研究不正の調査のために、「調査委員会」を設置し、小保方の不正を認定し、「懲戒解雇相当」とした。この「調査委員会」に、果たして公正な調査・認定が期待できるのだろうか?

最大の問題は、「調査委員会」が、研究者コミュニティの規範を逸脱する者に、法の裁きを経ずに、私的制裁をくわえる組織になっているということである。正確には、調査委員会が不正の認定をし、理研がそれを公表し、「懲戒解雇相当」等の処分をするわけだが、不正の認定-公表-懲戒処分は一連(一体)のものと考えてよい。

いま述べた「法の裁きを経ずに、私的制裁をくわえる」ことを「私刑=リンチ」という。(法の裁きを経ないという点については、より良き未来のために(1)を参照)。法の裁きを経ずに、小保方を追放し、笹井を自殺に追い込んだのであるから、これを私刑=リンチといっても、あながち間違いではないだろう。

私刑について、wikipediaは、次のように述べている。

私刑とは、法律に基づくことなく、個人または特定集団(およびそれ自身が定める独自の規則により決され、執行される私的な制裁。リンチとも称される。

私刑は、熱狂・ヒステリー状態下にあるもの含め、観衆・集団のある程度の支持のもとなされる場合がある。民族紛争の際に民兵集団により行われる非戦闘員への残虐行為も私刑といえる。

中世以前のヨーロッパでは、フェーデやアハトのような私刑原理があり合法であった。しかし1400年代になり公権力による刑罰権の回収が行われると私刑は違法になった。ドイツでは1495年、マクシミリアン1世による「ラント平和令」の制定によって一切の私刑が禁止された。

西部開拓時代、フロンティアの地などでの犯罪者に対し、法の裁きを経ず民衆による私的制裁が加えられており、この行為を、アメリカ独立戦争時、暴力的行為を働くことで知られた チャールズ・リンチ大佐、ウィリアム・リンチ判事に因み、「リンチ」と呼称するようになった。

アメリカ南北戦争以前において私刑は治安や秩序維持のために行われるものとされ、素行の悪い奴隷や共同体の規範を逸脱するものに対し、民衆の自警組織によって行われるものであった。その後、白人至上主義のKKK団が結成され、アフリカ系アメリカ人を対象に私刑を率先して行う役割を持ち、リンチの持つ意味が秩序統制から異人種憎悪の表現へと変化していった。

集団レイプの刑を命じたインドの村の話がある。http://www.afpbb.com/articles/-/3007155

インド東部の西ベンガル州で、別の村の男性と一緒にいた未婚女性(20)が村の長老会議の命令で罰として集団レイプされた事件で、地元警察当局は2014年1月23日、告訴された男13人全員を逮捕したと発表した。レイプを命じた長老会議の議長も、女性をレイプした容疑者に含まれているという。

事件は西ベンガル州の州都コルカタから約240キロ西方にある少数民族サンタールの村、スバルプルで起きた。被害者の女性は、別の村出身のイスラム教徒の男性と関係を持ったとして、村の長老たちで構成された自治組織から2万5000ルピー(約4万円)の罰金を支払うよう命じられた。しかし女性の家は貧しく、両親が罰金を支払うことはできないと述べたところ、長老会議の議長がレイプを命じたという。

インドでは北部を中心に、部族やカーストに基づく年配男性らによる合議制の自治機関「カップ・パンチャヤット(Khap Panchayat)」が村人の生活に強い影響力を持っており、非道徳的な行いなど地域社会において違反とみなされる行為に制裁を下すことも多い

インドPTI通信によれば、西ベンガル州の村では4年前にも、10代の少女が男性との恋愛を理由に裸で村内を引き回される事件があった。だが、インドにおける女性の権利向上を目指して活動する「全インド進歩的女性協会」のカビタ・クリシュナン氏は、地方の村だけの問題ではないと指摘する。「同様の精神構造は首都デリーのような都会にも存在する。インド社会とカースト制度に深く根付いた問題だ」

「非道徳的な行いなど地域社会において違反とみなされる行為」を「研究者コミュニティにおいて、研究不正とみなされる行為」に置き換えてみれば、「調査委員会」は「カップ・パンチャヤット」に類似していると言えるのではないだろうか。

上記記事では、「インド社会とカースト制度に深く根付いた問題だ」と言っているが、これは、かなり普遍的な問題であると思われる。すなわち、これまで同じ共同体で暮らしていた者が、その共同体の規範からすこし外れた行動をとった場合、「内なる敵」「内なる他者」「内なる異物」として排除することによって、共同体の純血を守ろうとするからである。これは社会学や政治学のテーマとして多くの論考がある(今後すこし勉強して、このブログに書いていきたいと思う)。

 

調査委員会は、証拠の収集・保全や関係者への取調べを行う、即ち「捜査」を行う。そして「認定」即ち「判決」を下す。弁護士抜きで、検察と裁判官が渾然一体となって、公開の裁判をせずに、事件が処理される。

調査委員会は、証拠の収集・保全をするが、どのような証拠をいつ収集・保全したのかわからない。また収集しようとしてできなかった証拠が何であるかもわからない。

取調べは密室で行われる。調査委員会の取り調べが、どういうふうに行われたのかわからない。小保方や笹井や若山や丹羽に対する取調べが、どのように行われたのかわからない(また何故バカンティが対象になっていないのかもわからない)。特許の守秘義務が関係しているのかどうかもわからない。

取調べとはどういうものか?

日本弁護士連合会の「検察官の取調べについての全会員アンケート集計結果」なるものが、2011年2月17日付で公表されている。http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/committee/list/data/110217.pdf

これは、取調べについて可視化する必要性を示す立法事実となる事例を集積し、法務省「検察の在り方検討会議」に提出することを目的として実施されたものである。一々引用しないが随分とひどいものがある。今回の取調べ対象者(被疑者)にどのような言葉が使われたかわからないが、被疑者の弁解に対してはかなり強い言葉が発せられたものと推測される(笹井の自殺に大きな影響を与えたのではないかと想像する)。(取調べの可視化については、例えば http://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/recordings.html を参照)

刑事裁判は、裁判官、検察官、弁護人がそろわなければ成り立たない。しかし、調査委員会というのは、公開で審議するわけでもなく、弁護人なしで、検察官=裁判官=調査委員が、実質的な判決をくだすのである。

参考:http://www.saibanin.courts.go.jp/vcms_lf/H26-1-1.pdf

 

以上の議論に対しては、調査委員会というのは、規程に従って、研究不正の有無を調査し、不正ありの場合その程度を認定しているだけである、裁判を行う権利も義務もない、判決をくだしているわけではない、という反論が予想される。しかし、実際に調査委員は何をし、それが何を意味するのかをよく考えてみよう。調査委員会は証拠を収集する。関係者の証言を得る。これは警察・検察の捜査と実質的に同じではないか。そして証拠や証言に基づき、不正の有無を判定し、不正ありの場合その程度(故意、過失)を認定している。これは捜査を行った検察官が起訴・論告・求刑し、それを裁判官が全面的に認めるというのと実質的に同じではないか。

 

憲法は、以下のように規定している。

日本国憲法31条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

日本国憲法32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

日本国憲法第37条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

 

(続く)