大岡は、ノヴァーリスの『断章』から、次の言葉を引用している。ノヴァーリス(Novalis, 1772-1801)は、「ドイツ・ロマン主義の詩人・小説家・思想家・鉱山技師。シュレーゲル兄弟らと並ぶ初期ロマン主義の中心人物である。『夜の賛歌』、『青い花』が有名」(wikipedia)
すべての見えるものは見えないものに、聞こえるものは聞こえないものに、感じられるものは感じられないものに付着している。おそらく、考えられるものは考えられないものに付着しているのだろう。
私はこの引用文を読み、「その通りだ」と思った。…「世界(自然)」は、「見えないもの、聞こえないもの、感じられないもの、考えられないもの」である。そして世界(自然)の内部に存在する人間が、「何か」を、「見る、聞く、感じる、考える」。それは(生と死を超えた)物質の相互作用かもしれないし、そうでないかもしれない。
バゼーヌ(Jean Bazaine,1904-2001)
大岡は、バゼーヌについて、次のように書いている。バゼーヌは、「フランスの画家。初め彫刻を学んだが,1924年絵画に転じた。キュビスムとフォービスムの様式の結合を目指した。」(ブリタニカ国際大百科事典)
バゼーヌの『今日の絵画に関する覚書』(1948)の中に、次のような一説がある。
真の感受性の働き始めるのは、画家が、樹の渦巻と水の皮が親類であり。石と画家自身の顔とが双子であることを発見するときである。こうして世界が次第に凝縮していくとき、外観の雨のうしろに、彼の真理であり同時に宇宙の真理である、本質的に偉大な記号の数々が首をもたげるのを彼は見るのだ。
これらの言葉は、巨大で深い自然というものに向き合ったとき、一人の画家が感じる怖れと祈りの複合した想念の、まことに簡潔で美しい描写であるように思われる。
バゼーヌの言葉にあった渇望は、ノヴァーリスの予感しているものと、空間のどの領域かで必ずや出会う性質のものではなかったろうか。
引用文だけからの判断であるが、私にはバゼーヌの感性とノヴァーリスの感性はかなり違うように思われる。バゼーヌは「偉大な記号の数々が首をもたげる」と書いている、それは下の絵のように表現される。しかし、(私の想像する)ノヴァーリスは、このような「単純な記号」をイメージしていなかっただろう(なお私は、宇宙を「数式」で表そうとする試みにも違和感を感じている。それは、バゼーヌのいう記号でしかないように思われる)。
https://36.media.tumblr.com/f356c52463998f477a93551276dcce6a/tumblr_nrqhdkbKRr1ru8nnoo1_500.jpg
ヘレン・フランケンサーラー(Helen Frankenthaler, 1928-2011)
http://content.ngv.vic.gov.au/col-images/api/EPUB000067/1280
フランケンサーラーの青色は、天上的なものへの憧れを吹き上げる元素の燃焼ではないだろうか。
アスガー・ヨルン(Asger Jorn 1914-1973)
http://40.media.tumblr.com/tumblr_m4uucg5Bio1qghk7bo1_1280.png
ヨルンの絵に現れる円形の輪郭は、自然の事物の本質を画家がイメージ化しようとしたとき、おのずと出現した原型的な胞子ではないだろうか。それらの円は、呪文をかける輪であり、変化し続ける渦のエネルギーであり、自然の多様と統一の両面を一体化した形なのである。
ヨルンの絵には感動しないが、大岡の文章には感動する。「それらの円は、呪文をかける輪であり、変化し続ける渦のエネルギーであり、自然の多様と統一の両面を一体化した形なのである」。…それらの円は、バゼーヌの「偉大な記号」なのかもしれないが、私には極めて単純な記号に見える。
ここで取り上げた3人のうち、2人目のヘレン・フランケンサーラーには、魅力的な絵が多い。フランケンサーラーとは、
アメリカ合衆国出身の画家。抽象表現主義の芸術家。1960年代に始まるカラーフィールド・ペインティング(カラーフィールド) color-field painting, Color Field の代表的画家の一人であり、下塗りをしていないキャンバスに薄く溶いた絵の具を染み込ませるステイニングの手法を発案した。Wikipedia
カラーフィールド・ペインティングとは、
1950年代末から1960年代にかけてのアメリカ合衆国を中心とした抽象絵画の一動向。絵の中に線・形・幾何学的な構成など、何が描かれているか分かるような絵柄を描いたりはせず、キャンバス全体を色数の少ない大きな色彩の面で塗りこめるという特徴があった。Wikipedia
ここでは3点だけ取り上げよう。ノヴァーリスのイメージに近い。
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