UNDP『人間開発って何?』(1)
「人間開発」といってもピンとこないかもしれない。
人間開発とは、人々が各自の可能性を十全に開花させ、それぞれの必要と関心に応じて生産的かつ創造的な人生を開拓できるような環境を創出することです。(資料1:人間開発とは)
この定義で、「わかった」と言える人は少ないだろう。言葉の一つひとつに疑問符がつく。それで、いろんな説明がなされる。
人間開発の概念は、社会の豊かさや進歩を測るのに、経済指標だけでなく、これまで数字として現れなかった側面も考慮に入れようとして生まれました。「人間が自らの意思に基づいて、自分の人生の選択と機会の幅を拡大させること」を開発の目的とし、そのためには「健康で長生きすること」「知的欲求が満たされること」「一定水準の生活に必要な経済手段が確保できること」をはじめ、人間にとって本質的な選択肢を増やしていくことが必要だとしています。
基本的な物質的・経済的豊かさに加え、教育を受け文化的活動に参加できること、バランスのよい食事がとれて健康で長生きできること、犯罪や暴力のない安全な生活が送れること、自由に政治的・文化的活動ができて自由に意見が言えること、社会の一員として認められ、自尊心を持てること――これらが揃って真の意味の「豊かさ」が実現できるという考え方です。(資料2:人間開発って何?)
この説明はかなり具体的でわかりやすい。①物質的に豊かになること、②教育を受けられること、③健康で長生きすること、④犯罪や暴力のない安全な生活が送れること、⑤自由に政治的活動ができること、⑥自由に文化的活動ができること、⑦自由に意見が言えること、⑧社会の一員として認められること、⑨自尊心を持てること、…(他にもあるだろうが)これらが可能になるようにすること、これを人間開発(human development)と称する。
しかし「開発」という言葉には、何か違和感がある。私は、「開発」という言葉を聞くと、商品(製品)開発、市場開発、システム開発、土地開発などを思い浮かべる。なので「人間開発」というと、「誰か」が「人間」を、意図する方向につくりあげる(操作する)ようなイメージを持ってしまう。
資料1の定義の「生産的かつ創造的な人生」とは、①~⑨が可能な人生といってよいだろう。そして、そのような人生を開拓できるような「環境を創出する」こと。
そこで、「開発」の意味を、「環境を創出する」の意味に捉えれば、
「人間開発」とは、「人間的成長または創造的な人生が可能になるよう環境を整備すること」
であり、あえて「人間開発」と短縮化して表現する必要はないだろう(誤解を招く)。「人間開発」が、誤解の余地のないこなれた日本語になっていれば別に構わないのだが…。
パキスタンの経済学者マブーブル・ハック(Mahbub ul Haq、1934-1998)は、次のように述べている。
開発の基本的な目標は人々の選択肢を拡大することである。これらの選択肢は原則として、無限に存在し、また移ろいゆくものである。人は時に、所得や成長率のように即時的・同時的に表れることのない成果、つまり、知識へのアクセスの拡大、栄養状態や医療サービスの向上、生計の安定、犯罪や身体的な暴力からの安全の確保、十分な余暇、政治的・文化的自由や地域社会の活動への参加意識などに価値を見出す。開発の目的とは、人々が、長寿で、健康かつ創造的な人生を享受するための環境を創造することなのである。(資料1)
ハックは「選択肢を拡大すること」と言っているが、「選択肢」とは何のことかよく分からない。資料2では、「健康で長生きすること」「知的欲求が満たされること」「一定水準の生活に必要な経済手段が確保できること」をはじめ、人間にとって本質的な選択肢を増やしていくこと、と言っているのでこれらが選択肢なのかとも思うが、なぜこれらが「選択肢」なのか分からない。…これらはすべて重要な価値である。どれかを選んで他を棄てるようなものではない。「選択肢」などという言葉は使わないほうが良いだろう。
資料2(支えあう世界)では、また次のように述べている。
問題は、豊かな国の豊かな人々は快適な生活を享受する一方、貧しい国の貧しい人々は耐乏生活を強いられているということだけでしょうか。貧しい人々は、情報も教育も公共サービスも十分得られないため、自らの生活を管理したり、持続的な方法で資源を利用したりすることがむずかしいのです。格差を放置しておけば、人口が爆発的に増加し、環境汚染が進み、エイズなどの病気が蔓延し、貧困がさらに進みかねません。そして、紛争やテロが起こり、難民が発生し、平和が破壊される場合など深刻な問題を引き起こす恐れさえあります。そうなれば、社会が不安定になってしまうでしょう。グローバル化する世界では、国境の消滅が急速に進み、そして否応なく人々の生活を結びつけていきます。こうした相互依存の避けられないグローバル社会で、著しい格差は私たち地球上のすべての人々の生活に影を落とし、先進国に暮らす人々の生活をも直撃します。私たち全員が安心して人間らしい生活を送るには、公正で平等な世界を実現することが必要なのです。
今日では、「豊かな国の貧しい人々」、「貧しい国の豊かな人々」といった一国内の格差も大きな問題になっていることは周知のところだろう。
なお、上記の「グローバル化する世界では、国境の消滅が急速に進み…」というのは、「グローバル企業にとっては」の限定付きであることに留意しておきたい。(但し、テロリストにとっても、国境の消滅が進んでいるのかもしれない)
国連に「国連開発計画(UNDP)」という機関がある。UNDPは1966年、2つの国連技術協力機関(国連特別基金と国連拡大技術援助計画)の統合で発足。国連総会と国連・経済社会理事会の管轄下にある国連機関の1つとして、ニューヨークに本部がある。
このUNDPは毎年『人間開発報告書』を発行している。各年度のテーマは、以下の通りである。
1990 |
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1991 |
人間の自由度指数 |
1992 |
世界的な経済・所得格差 |
1993 |
雇用と成長・参加型開発 |
1994 |
人間の安全保障 |
1995 |
ジェンダーと人間開発 |
1996 |
経済成長と人間開発 |
1997 |
貧困と人間開発 |
1998 |
消費パターンと人間開発 |
1999 |
グローバリゼーションと人間開発 |
2000 |
人権と人間開発 |
2001 |
新技術と人間開発 |
2002 |
ガバナンスと人間開発 |
2003 |
|
2004 |
この多様な世界で文化の自由を |
2005 |
岐路に立つ国際協力:不平等な世界での援助、貿易、安全保障 |
2006 |
水危機神話を越えて:水資源をめぐる権力闘争と貧困、グローバルな課題 |
2007/2008 |
気候変動との戦い-分断された世界で試される人類の団結 |
2009 |
障壁を乗り越えて―人の移動と開発 |
2010 |
国家の真の豊かさ―人間開発への道筋 |
2011 |
持続可能性と公平性―より良い未来をすべての人に |
2013 |
南の台頭―多様な世界における人間開発 |
2014 |
人々が進歩し続けるために:脆弱を脱し強靭な社会をつくる |
2015 |
人間開発のための仕事 |
UNDPの「人間開発」は、こういうことを問題にしているわけである。
決して、先進国から後進国への経済援助だけが問題なのではない。