浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

日本は20位 人間開発指数(HDI)とは?

 UNDP『人間開発って何?』(2)

パキスタンの経済学者マブーブル・ハック(Mahbub ul Haq、1934-1998)は、次のように述べている。

たった1つでいい。ただ、GNPほど人間生活に無理解でない尺度が必要なんだ。

 

この言葉の意味を確認しておきたい。

GNP(Gross National Product)とは、国民総生産のことで、「ある一定期間に、ある国民によって、新しく生産された財(商品)やサービスの付加価値の総計」(wikipedia)をいう。ごく簡単に言えば、自動車メーカーが、100万円の車1台作るのに、60万円の材料・部品・諸経費がかかったとしよう。そうすると自動車メーカーは40万円の付加価値を産み出したことになる。このような付加価値を、「1国内」で「1年分」集計したものが、GNPである。(「国内」というと、正確にはGDP(Gross Domestic Product)と呼ばなければならないが、ここでは、そういうことは気にしないで、同じようなものと考えておこう。なお、日本のGDPは、約530兆円で、アメリカ、中国につぐ、世界第3位である)。経済成長とは、このGNPが増加することを言う。

 

ここで次のような、問いをたてる。

 GNPが増加することは、望ましいことなのか?

この問いに対して、以下のような答が考えられる。

  1. 人殺しや国土破壊の兵器でもそれを増産すればGNPが増加するが、そんなものは望ましくない。
  2. 貧困対策や格差是正に力を入れず、経済成長を優先するのは望ましくない。
  3. 文化や芸術などの精神的な豊かさではなく、物質的な豊かさを重視するのは望ましくない。

他にもいろいろあるのだろうが、これだけでもGNPが「人間生活に無理解な尺度」であるということが理解されよう。人殺しの道具を作って私たちが幸福になるはずがない。貧困や格差を放置して、私たちが幸福になるはずがない。文化や芸術に関心を持たず、物を消費しているだけで、私たちが幸福になるはずがない。

 

そこで、GNPに代わり、HDIなる指標が考えられた。HDIとは、Human Development Index の略で、人間開発指数と訳される。

人間開発指数は、各国の人間開発の度合いを測る新たなものさしとして発表された、包括的な経済社会指標です。HDIは各国の達成度を、長寿、知識、人間らしい生活水準の3つの分野について測ったものですHDIは0と1の間の数値で表されます。1に近いほど、個人の基本的選択肢が広い、つまり人間開発が進んでいることになります。

もう少し詳しく言うと、

HDIは人間開発を簡単にまとめた測定方法であり、一国の平均的達成度を以下の人間開発の3つの基本的な側面について測定したものである。

  • 出生時平均余命で測られる「長寿で健康な生活
  • 成人識字率(2/3加重)と初・中・高等教育総就学率(1/3加重)によって得られる「知識
  • 1人当たりGDPで測られる「人間らしい生活水準

 具体的な計算方法は省略する。

人間開発報告書2015によると、HDIランキングは、アメリカ:8位、中国:90位、日本:20位である。これは、HDI算出項目をみれば、ある程度予想がつくところであるが、中国、日本がやや低い感じはする。ちなみに、上位3国は、ノルウェー、オーストラリア、スイスである。ドイツは6位、韓国は17位である。

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https://zuuonline.com/archives/92952

 

こういう内容のHDIであるから、当然疑問が生じる。「人間開発」は決して単純な概念ではないのに、測定が難しいからといって、これを「長寿、知識、人間らしい生活水準」の3つに絞り、単一の指数とするのは問題ではないか。

1998年のノーベル経済学賞受賞者であるセンは、99年の報告書の特集「人間開発の10年」のなかで、HDIの発案者マブーブル・ハック(故人)とのこの指数をめぐるやりとりを明かしている。センが複雑な現実をHDIという1つの単純な数値でとらえることに強い疑念を表し、「荒削りでおおまかな指数」になぜそれほどこだわるのかと問うと、ハックはこう答える。「われわれが必要としているのは、GNPと同じ程度に俗っぽい尺度なんだ。たったひとつでいい。ただ、GNPほど人間生活の社会的側面に無理解でない尺度が必要だ…

そのときセンの頭のなかには、「人間というやつは、そんなにも現実を引きうけられるものではない」というT. S. エリオットの詩の一節が浮かんだと書いている。後日、多くの人の関心をさらったHDIの成功に対し、「ハックは、望みどおりのものを手に入れることができた」そして「彼に荒削りな尺度を追い求めるのをあきらめさせなくよかった」と告白している。

ハックの考え方は、一つの見識ではある。われわれが必要としているのは、「GNPと同じ程度に俗っぽい尺度」、「人間生活の社会的側面に無理解でない尺度」である。それは分かるが…。

 

「人間開発」という概念は、HDI人間開発指数)と同じものではない。この点に留意しておかなければならない。

人間開発の概念は、教育や保健医療、人間らしい生活水準が向上すればよいという狭く単純化されたものではなく、より複雑で大きなものです。たとえば、HDIで政治的自由や地域の社会生活への参加や身体的な安全を測ることはできません。こうした読み書きや健康と同じくらい人々にとって大切な指標がHDIに含まれていないのは、適切に測定するのがむずかしいからで、人間開発にとって重要性が低いからではありません。

 

ハックの言い分は分かる。「人間生活の社会的側面に無理解でない尺度」が必要である。しかし、「GNPと同じ程度に俗っぽい尺度」ではダメだと思う。無理に1本化して分かりにくくするより、複数の指標でランキングすれば良いのではないかと思う。

 

それより、もっと基本的な疑問がある。即ち、なぜ「国」ごとのランキングでなければならないのか。…政治権力の所在が、現状では「国家」であるからそうしているのであろうが、私はどうしてもそこに引っかかる。国別ランキングの功罪をよく考えてみる必要がありそうだ。