末永照和(監修)『20世紀の美術』(9)
前回、ダダを取り上げ、私は「ダダの作品に魅力的なものはない」と書いたが、どういう作品なのかざっと見ておこう。チューリヒ・ダダのジャンス・アルプ(1886-1966)、ベルリン・ダダのハンナ・ヘッヒ(1889-1978)、ニューヨーク・ダダのマルセル・デュシャン(1887-1968)を取り上げる。
あわせて、コラージュ、フォト・モンタージュ、レディ・メイドについて理解しておきたい。これらは単に絵画の技法というより、美の思想に関わるもののようだ。
偶然の法則に従って配置された矩形/ジャンス(ハンス)・アルプ
偶然の発見は、ダダの中心となる概念の1つである。ダダ創始者のメンバーの1人であるハンス・アルプは、いくつかの紙片を空中に放り投げ、それらが床やテーブルに着地した“偶然の配置”を生かしたコラージュ作品などを手がけていた。(山田視覚芸術研究室、チューリヒ・ダダ)
偶然の配置に美を感じるとすれば、それは「その」偶然の事象が私たちの生物的感性に共鳴するものがあるからかもしれない。
コラージュとは、
《「糊づけ」の意》現代絵画の一技法。画面に印刷物、写真の切り抜き、針金など、さまざまなものをはりつけ、一部に加筆などをして構成するもの。ダダイスムやシュールレアリスムで多用され、今日では広告などにも用いられる。(デジタル大辞泉)
コラージュは20世紀美術技法上最大の発明の一つで、美術ばかりでなく写真やデザインなどの分野にも多大の影響を与えているが、なによりも現実の物体の導入によって従来の美術作品の概念を根底から変えた点に、最大の意味が求められる。(千葉成夫、日本大百科全書)
コラージュは「技法」なのだろうが、「偶然の配置」などよりも、比べものにならない程の革新性を持つものとして評価しなければならないと思う。
わが家訓(我が家のモットー)/ハンナ・ヘッヒ
https://nostos.jp/archives/101395
ハンナ・ヘッヒは、恋人のラウル・ハウスマンとともにベルリン・ダダのメンバーとして活動し、フォト・モンタージュの創始者と言われています。…コラージュの上からハンス・アルプ、クルト・シュヴィッタースらの手書きの引用文が加えられています。https://nostos.jp/archives/101395
フォト・モンタージュとは、
写真を切り貼りしてコラージュしたり、二重露光させたりして、写真イメージを合成する技法。フォト・モンタージュは、とりわけ1920年代のドイツとロシアで盛んに制作された。…フォト・モンタージュの特徴は、複数のイメージとイメージとを接合=合成(モンタージュ)することで、単一の写真イメージからは得られない視覚言語を創造できるという点にある。…ドイツではベルリンのダダイストたちによって、体制批判や政治風刺の手法としてしばしば用いられた。30年代に入ると、シュルレアリスムのデペイズマン*1の一技法として、フォト・モンタージュが引き継がれることになる。(土屋誠一、現代美術用語辞典)
どのように断片(イメージ)をモンタージュ(組立、合成)するかが問われる。
映画用語としてのモンタージュは,単に映画の編集作業の全般を指すことばとしても用いられるが,〈モンタージュ理論〉という言い方で知られるように,どのように映像を構成してそれに意味をもたせ,また語らせるかという,広い意味での〈思想〉の映像化のための映像構成法を指していう場合が多い。(世界大百科事典)
モンタージュについては、岩本憲児のすぐれた解説(「モンタージュの魔術」)があるので一部引用しよう。
ベルリン・ダダを中心とするフォト・モンタージュは,痛烈な批判精神を持ち,合成された写真像は社会の偽善性や腐敗した政治体制を風刺する強烈な媒体となった。…ダダイスト達が風刺や批判精神によってモンタージュ写真を社会に放ったとすれば,革命まもないロシアの構成主義者達,あるいはドイツのバウハウスの芸術家達は機械時代への積極的姿勢によってモンタージュ写真を発表した。彼らは時代や社会に対する批判よりも,新しい時代や世界への建設と再創造の意欲に満ちていた。従って,そこにはモンタージュの毒は消え,機械時代への明るい希望や信頼,人間の知覚と感受性への新しい挑戦が見られる。一方,ダダイスムと入れ代わるようにして起きたシュルレアリスムには,写真の持つ幻想や夢想への強い共感が見られる。現実性と幻想性―カメラ時代の映像(写真・映画・テレビ・ビデオ等々)には現実との密着感と,逆に現実から別の次元へ移行する幻想感と,二つの性格が同時に作用しており,これはカメラを使わないコンピュータ・グラフィックスが持つ現実感と幻想感へも通じている。
「取り合わせの妙」と言えば,物理学者でエッセイストでもあった寺田寅彦は,かつて映画のモンタージュ論について触れながら,日本文化には様々な形でモンタージュ的発想が見られること,日本料理や俳句などの「取り合わせの妙」もそうであると書いている。日本文化とモンタージュについては,1920年代にロシアのエイゼンシュテインが漢字・歌舞伎・和歌・浮世絵などに発見していった特徴でもあった。
なるほど、モンタージュを単に、組立、合成、構成とするだけでなく、「取り合わせ」とみる。ちょっと言葉を言い換えてみただけで、日本料理や俳句につながる。おもしろいですね。
彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも/マルセル・デュシャン
この作品は、通称[大ガラス]といわれ、20世紀美術の謎めいた神話的な作品である。8年」をかけて(1915-23)制作されたが未完成のまま中止された。透明な2枚のガラスにはさまれて、上に「花嫁」、下にチョコレート破砕機や「独身者たち」が位置している。デュシャンの多くのメモもあり、さまざまな解釈を生んだ。花嫁と独身者という、理性に対立する感情的なエロティシズム、周囲の空間と混ざり合う透明なガラス、偶然にできた埃やひび割れ、メモなど、外部の現実や言葉の侵入を受け入れて作品が成立する。視覚的に自律した作品と言う近代の芸術観を解体したのである。(本書)
谷川渥は、" La Mariee mise a nu par ses celibataires , meme "を、「花嫁はその独身者達によって裸にされてさえも」と訳している。これは日本語になっている。
デュシャンはそれ以前に「花嫁」とか「処女から花嫁への移行」とか、いわば女性の物語の連作のようなものも作っています。この作品は花嫁になってしまい独身者達が到達できないところへ行ってしまった。あれこれ独身者達が考えたり色々なことをアプローチしたりして裸にされたというのだが、上のあれが何で花嫁なのか意味がわからない。どうしてあれを花嫁と保証しているのか。(谷川渥、http://www2.educ.fukushima-u.ac.jp/~koichiw/asca/tokusyu/toku_tani01_03.html)
デュシャンはどういう人物だったのか。
デュシャンは、20世紀、および21世紀美術にもっとも影響を与えた芸術家である。作品点数こそ少なかったものの、レディ・メイド、匿名芸術、観念の芸術、ダダイスム、複製芸術、インスタレーション、科学の導入、死後の芸術など、個々の作品が後の現代美術へ与えた影響は計り知れない。そんな数多の業績のなかでも、芸術史において、また同時にデュシャンの芸術哲学の核とはなんだったのか。それは「観念の芸術」ともいえる。 デュシャンは、クールベ以降の絵画は「網膜的になった」と批判している。網膜的絵画とは、簡単にいえば「目の快楽だけで描かれている」美術のことである。デュシャンにとっては、目から快楽を得られる美術だけが美術ではない。デュシャンにとっての美術とは思考を楽しむ手段なのである。(山田視覚芸術研究室)
デュシャンは、網膜的絵画(目の快楽だけで描かれている作品)を否定した。では「観念の芸術」というときの「観念」とは何か。デュシャンはどういう「観念」を持っていたのだろうか。それを探ろうとする試みはいろいろあるようだが、私にはまだ先の議論である。私はまだ「目の快楽」に価値があると思っているのだが…。
レディ・メイド
芸術上の概念としてのレディ・メイドは1915年、マルセル・デュシャンによって生み出された。当初の目的とは違った使われ方をされた既製品、つまり芸術作品として展示された既製品をさしている。レディ・メイド以前、芸術は、職人的な手作業で制作していく過程を経てたった一点しかない、美学的に価値があるものを創造できると考えられていた。しかし、マルセル・デュシャンは、芸術作品に既製品をそのまま用いることにより、「芸術作品は手仕事によるもの」という固定観念を打ち破り、また「真作は一点限り」という概念をも否定した。これらによりデュシャンが主張したのは、あまりにも「テレピン油の中毒に犯された」網膜的な絵画の否定である。…彼によれば芸術作品において本質的なことは、それが美しいかどうかではなく、観る人の思考を促すかどうかということなのである。(wikipedia)
芸術の本質を「美」ではなく、「観念」(観る人の思考を促すかどうか)に求めようというなら、それはそれでいっこうに構わないが、美(目の快楽)を否定することもなかろうと思う。私には「自転車の車輪」や「泉」を見ても、「思考」を促されることはない(「俗物」だからかもしれないが)。
コラージュ[さまざまなものの糊づけ]、モンタージュ[イメージの構成、取り合わせ]、レディ・メイド[既成概念の意味変換]などの用語を、例えば、政治的な文章で使ってみるのも面白そうだ。
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