浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

シュルレアリスム(1) - 夢・驚異・想像・無意識・狂気・偶然

末永照和(監修)『20世紀の美術』(11)

形而上絵画

キリコらの作品が「形而上絵画」と称されるが、私にはあまり魅力的なものではないので、解説だけ引用しておこう。どういう絵画なのかの雰囲気だけは分かる。

目に見える何気ない世界にも、その背後には神秘的領域が潜んでいる。そのような内部への関心もまた20世紀美術を根本で支えていた。形而上絵画は物質的で感覚的な世界をリアルに描きながら、謎めいた世界へと変容させて、事物に事物を超えた内的なリアリティを見いだそうとした。形而上絵画は、ギリシャ生まれのイタリア人ジョルジョ・デ・キリコ未来派だったカルロ・カッラたちとの、1917年のフェラーラでの出会いと共感から生まれる。ジョルジョ・モランディも一時期加わっていた。デ・キリコはそれ以前にドイツでアルノルト・ベックリンマックス・クリンガーなどの象徴主義的な絵画や、哲学者ニーチェなどの影響を受けて、彼岸的で超越的なものに対する確信を持つようになっていた。(本書)

形而上絵画とは、1917年にパリで提唱されたイタリアの美術運動の一つ。一般に、1915年から18年までのジョルジオ・デ・キリコ,カルロ・カッラ,ジョルジオ・モランディの作品を指す。都市生活のダイナミズムを唱えた未来派の後に、その反動として表われ、神秘的な風景や静物のなかにメタフィジカル(形而上的)な世界を暗示しょうとした。作品の上では、キリコの表現に代表されるように、マネキンや彫像など様々な物体を、思いがけない取り合わせや奇妙な建築的透視空間の中に置くことで神秘的な雰囲気をかもし出すものが多く制作された。そのなかでもカッラは、線や色の視覚的特質により関心を示し、モランディは「形而上絵画を聖化した」と言われる静謐な静物画を追求した。グループとしての形而上絵画は、第1次世界大戦後長くは続かなかったが、キリコを通じてシュルレアリスムの作家たちに与えた影響は大きい。(美術用語解説、徳島県立近代美術館

私にはキリコの絵を見て「事物を超えた内的なリアリティ」を見いだすことはできないが、それでも私がある風景の中に在るとき、確かにそういうリアリティはあるのだろうなと感受することはある。

 

シュルレアリスム

詩人のアンドレ・ブルトンはダダと決別して、詩人のロートレアモンランボー精神分析理論のフロイト、形而上絵画のデ・キリコなどに影響されながら、人間の精神を解放する具体的な方法を模索し始めた。そして1924年に「シュルレアリスム宣言」を発表する。ブルトンによれば、シュルレアリスム(超現実主義)は、精神の自由や生きることの自由をめざすために、夢・驚異・想像・無意識・狂気・偶然に注目する。その方法は、直接浮かんだ言葉やイメージを、何ら修正せずに書き取ること。それこそが心の純粋なオートマティスム(自動記述)であって、思考の実際の動きを表現する。その結果、夢と現実という対立する二つが共存可能で、心が自由に活動できる超現実(シュルレアリテ)が獲得されることになる。シュルレアリスムという言葉は、詩人で美術評論家のアポリネールが1917年にやや別の意味で使った造語に由来する。

(1) ルネ・マグリット(1898-1967)

本書は『自由への戸口』(1929)をとりあげているが、ここでは『ピレネーの城』(1959)をとりあげよう。

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https://www.ggccaatt.net/2016/01/24/%E3%83%AB%E3%83%8D-%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88-%E3%83%94%E3%83%AC%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%9F%8E/

 

マグリットは作品について次のようなコメントをしている、という。

巨大な岩の浮遊は、普通に考えると重力に逆らうありえない事象である。…山は空中にあり土台はない。本来は、山は地球の一部であるが、この絵では山は地球と分離されている。どのようにして頂上の城に入ることができるのだろうか? 山へ入る入口もない。海からも陸からも登ることができない。空や想像力によってのみ入ることができる。(山田視覚芸術研究室)

 岩も城も海も空も、それ自体は日常の風景である。しかし、巨大な岩を空に浮かばせるという発想は、まさにシュールである。それにマグリットのQ&Aがいい。想像力によってのみ、城に入ることが出来る。

 

(2) ポール・デルヴォー(1897-1994)

本書は『眠れるヴィーナス』(1944)をとりあげている。数ある作品のうち、本作品が最も興味深い。

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http://megabook.ru/stream/mediapreview?Key=%D0%94%D0%B5%D0%BB%D1%8C%D0%B2%D0%BE%20%D0%9F%D0%BE%D0%BB%D1%8C%20(%D0%A1%D0%BF%D1%8F%D1%89%D0%B0%D1%8F%20%D0%92%D0%B5%D0%BD%D0%B5%D1%80%D0%B0)&Width=10000&Height=10000

 

線的遠近法が強調された月明かりの夜、古代ギリシア風の建物に囲まれた広場で、無心に眠る裸婦と意味不明の感情的な身振りの裸婦たち、帽子や服をつけたマネキン、そして骸骨、西欧絵画の伝統とも言える人生の無常さを想起させる死とヴァニタス(虚栄)のモチーフがそろっている。日常の不安を時間を止めて凝視させる白日夢だ。

白日夢」と呼ぶにふさわしい作品である。