経産省 次官・若手プロジェクト 「不安な個人、立ちすくむ国家」(1)
経産省若手が炎上ペーパーの批判に答える -シルバー民主主義って、選挙したら若いほうが負ける- (庄司容子、日経BP)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/051000049/060800005/?n_cid=nbpnbo_mlpum
こんなキャッチコピーが目につき、記事を読んでみた。炎上ペーパーとは、第20回 産業構造審議会総会(2017/5/18)への提出資料「不安な個人、立ちすくむ国家」(経産省次官・若手プロジェクト)である。
そこでこの資料*1にざっと目を通した。このブログでとりあげようかどうしようか迷ったのだが、思いついたことを断片的に述べていくことにする。
P2に、「次官・若手プロジェクトとは」の説明があり、その下に、意見交換会の錚々たる(?)メンバーがずらりと並べられていた。私は、これをきわめて「異様」に感じた。
五神 真 東京大学総長
池内 恵 先端科学技術研究センター准教授
岡本拓司 総合文化研究科准教授
國吉康夫 情報理工学研究科教授
齋藤希史 人文社会系研究科教授
坂田一郎 工学系研究科教授/政策ビジョンセンター長
佐藤健二 人文社会系研究科教授
城山英明 法学政治学研究科/公共政策大学院教授
杉山昌広 政策ビジョン研究センター准教授
染谷隆夫 工学系研究科教授/総長補佐
藤井輝夫 生産技術研究所教授/所長
松岡正剛 株式会社編集工学研究所取締役所長
安西祐一郎 日本学術振興会理事長
鈴木 健 スマートニュースCEO
須藤憲司 Kaizen Platform Inc. CEO
田中優子 法政大学総長
ドミニク・チェン 早稲田大学・文化構想学部 准教授
内藤 廣 建築家/東京大学名誉教授
中島敬介 奈良県立大学ユーラシア研究センター長
渡辺 靖 應義塾大学 環境情報学部教授
なぜ、冒頭にこのようなメンバーを並べるのか。普通は、資料の作成者名を書くだろう。ところが作成者は、P1に「次官・若手プロジェクト」と書いてあるだけである。プロジェクトメンバーというのは公表しないものなのだろうか(責任者不在?)。
「2つの定期的な意見交換会」としてメンバー名があげられているわけだが、これはこれらのメンバーが本資料を(細部の異論は別として)概ね了承したであろうと推定させ、本資料の「権威付け」を図っているものと思われる。「東大」や「有識者」というラベルは「権威付け」にふさわしいだろう。…「権威付け」ではなく、「謝辞」だと言うなら、資料の末尾に掲載するのが普通ではなかろうか。
「権威に訴える論証」について
権威に訴える論証*2とは、命題が真であることを立証するために、権威によって裏付ける帰納的推論の一つである。…権威がその主題に関しては専門ではなかったり、専門家の間でもその主題に関して意見が一致していない場合があり、権威に訴える論証は往々にして誤謬となる。(Wikipedia)
上記のメンバーは、本資料が取り上げているテーマに関して「専門家」なのだろうか。専門家であるとしたら、「意見の一致」をみたのだろうか。…仮にこのメンバーのX%が本資料の主張に賛同していなかったとしたら、彼らの意見はどのように扱われているのか。仮にこのメンバーのほとんどすべてが本資料の主張に賛同しているのだとしたら、彼らはどのように人選されたのだろうか。
「権威に訴える論証」の話は興味深い。
https://bookofbadarguments.com/jp/?view=allpages
上記メンバーに「チンパンジー教授」はいないだろうか。チンパンジー教授ではないというのあれば、「不安な個人、立ちすくむ国家」に関してどのような発言をしているのだろうか。
なお、Yahoo知恵袋に、相手の「権威に訴える論証」を指摘・批判する論理は「権威に訴える論証」の権威を利用した「権威に訴える論証」ではないか? という面白い記事があった。興味あれば参照されたい。
「権威に訴える論証」に関連して、「プロパガンダ」についてもみておきたい。
プロパガンダは、特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為である。通常、情報戦、心理戦もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され、しばしば大きな政治的意味を持つ。
利益追求者(政治家・思想家・企業人など)や利益集団(国家・政党・企業・宗教団体など)、なかでも人々が支持しているということが自らの正当性であると主張する者にとって、支持を勝ち取り維持し続けるためのプロパガンダは重要なものとなる。
アメリカ合衆国の宣伝分析研究所は、プロパガンダ技術を分析し、次の7手法をあげている。
- ネーム・コーリング - レッテル貼り。攻撃対象をネガティブなイメージと結びつける(恐怖に訴える論証)。
- カードスタッキング - 自らの主張に都合のいい事柄を強調し、都合の悪い事柄を隠蔽、または捏造だと強調する。本来はトランプの「イカサマ」の意。情報操作が典型的例。マスコミ統制。
- バンドワゴン - その事柄が世の中の趨勢であるように宣伝する。人間は本能的に集団から疎外されることを恐れる性質があり、自らの主張が世の中の趨勢であると錯覚させることで引きつけることが出来る。(衆人に訴える論証)
- 証言利用 - 「信憑性がある」とされる人に語らせることで、自らの主張に説得性を高めようとする(権威に訴える論証)。
- 平凡化 - その考えのメリットを、民衆のメリットと結びつける。
- 転移 - 何かの威信や非難を別のものに持ち込む。たとえば愛国心を表彰する感情的な転移として国旗を掲げる。
- 華麗な言葉による普遍化 - 対象となるものを、普遍的や道徳的と考えられている言葉と結びつける。(wikipedia)
プロパガンダの7手法は参考になる。ある主張がプロパガンダでないかどうか、要注意である。テレビCMは、プロパガンダのオンパレードといっても良いだろう。広告宣伝マンになろうと思えば、プロパガンダに精通しなければならない。…テレビCMをみたら、どのプロパガンダ手法を使っているか考えてみると勉強になる。
https://www.youtube.com/watch?v=HuLGsD7v16g
アドルフ・ヒトラーは、宣伝手法について「宣伝効果のほとんどは人々の感情に訴えかけるべきであり、いわゆる知性に対して訴えかける部分は最小にしなければならない」「宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味するところを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要である。」と、感情に訴えることの重要性を挙げている。ヨーゼフ・ゲッベルスは「十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう」(=嘘も百回繰り返されれば真実となる)と述べた。(Wikipedia)
本資料は、感情に訴えかけてはいないか? 要点を絞り、スローガンを繰り返し続けていないか? 嘘(統計的なごまかし)を繰り返していないか?
「不安な個人」とか、「立ちすくむ国家」とか、「シルバー民主主義」とか、「液状化する社会」とか、「モデル無き時代」とかの「感情に訴えかける」を言葉を用いて、プロパガンダの実験をしようとしている、というのは、穿ち過ぎの見方だろうか。
クリティカルシンキング*3が必要だろう。
*1:ペーパーとは多義的だが、大辞林によれば、①紙、②貼り紙・レッテル、③紙やすり、④新聞、⑤論文、⑥書類上だけで実体が伴っていないこと、だそうである。であれば、この資料はさしずめ、②⑤⑥の混合物というところか。でも、そういう皮肉は言わないで、「資料」といったほうがよいだろう。
*2:(権威に訴える論証)生物学者のKI教授によれば も参照ください。
*3:カテゴリー「読書ノート」で、伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』(クリティカルシンキングに関する本)をとりあげていますので参照ください。