塚越健司『ハクティビズムとは何か』(16)
ウィキリークスとハクティビズム
ウィキリークスが情報技術を用いて可能にしたこと、それは、世界中に不正の「潜在的暴露可能性」を叩きつけたことであり、リークによって社会を「ハック」したことである。不正は常に暴露と紙一重の状況に置かれ、組織はウィキリークス(あるいは広くリーク現象)に目を光らせる。少なくともウィキリークスの存在は、既存の制度において機能不全を起こしていたリークを実行可能なものへと変えた。世界中をより透明でよりよい環境にすること。そのためにアサンジは、暗号技術を用いてウィキリークスを設立し、世界を監視する立場に立ったのである。
国家や物理的暴力に訴えるテロ組織を除けば国際政治に影響を持ちうる組織は希少だが、情報技術のみで世界に影響を与えるという意味でウィキリークスはさらに稀有な存在である。
組織に明白な不正があったとしても、組織に所属する者が、それを外部に告発することは危険な行為である(ウィキリークス(3)内部告発は、情報漏洩の犯罪なのか? 参照)。
組織の不正を知り、正すためには内部告発が非常に重要な働きをする。そのため、こうした組織による不適切な報復行為から内部告発者を保護する必要性があり、各国で法整備が進められていく。米国では1989年に「内部告発者保護法 (Whistleblower Protection Act)」、英国では1998年に「公益開示法 (Public Interest Disclosure Act)」が制定。日本ではこれに相当する法律として、2004年(平成16年)に「公益通報者保護法」が成立した。(Wikipedia)
法が内部告発者(公益通報者)を保護するといっても、条項の規定のしかた・解釈により、「機能不全」を起こす可能性がある(実際どうだったのかの確認はしていないが…)。それゆえ「暗号技術を用いたウィキリークス(内部告発サイト)」が、告発者の追跡を技術的に不可能にすることを保証するなら、一定の機能を果たす。
ハクティビズムの3分類
ブリティッシュコロンビア大学(後にハーバード大学)でハクティビズムを研究してきたアレクサンドラ・サミュエル(Alexandra Samuel)は、次の3分類を提唱している。
- ポリティカル・コーディング(political coding)…政治的な意図を持って、プログラミングを行うこと。
- ポリティカル・クラッキング(political cracking)…時に法を無視しても、サイバー攻撃などで政治的主張を行うこと。
- パフォーマティブ・ハクティビズム(performative hacktivism)…暴力的行為を伴わず、政治的効果の高い表現やアーティスト的な演出により意見表明をすること。(Wikipedia)
ポリティカル・コーディング(political coding)
ポリティカル・コーディングとは、ツールによって、新しい社会のコード=規則を形成することにある。…それこそまさしくハクティビズムの伝統的な姿であり、創造的なツールを製作することで、社会を「ハック」するのである。個人や小規模な集団による、大規模なプロジェクトでもないアイデアと創意工夫から生ずるハックこそ、ハクティビズムの本来の姿であると言えよう。
コードとは、次の意味である。
ポリティカル・コーディングとは、この3つの意味を持っていると思われる。3→1→2の順に、政治的意味合いが強まるようだ。なお「ツールによって、新しい社会のコード=規則を形成する」というのは、大仰すぎる(思い上がりと言うべきか)。
ポリティカル・クラッキング(political cracking)
次章(仮面の集団アノニマス)で扱うポリティカル・クラッキングは、アウトロー的性格を有した個人主義的、あるいは匿名的な活動である。それはしばしば社会秩序を考慮せず、違法行為を含んだ活動によって政治的な主張をすることにある。
クラッカーとは、
卓越した知識と技術を持ち、個人的才覚の発揮によってコンピューター世界を切り開いてきた「ハッカー」に対して、ネットワークも含めた様々なシステムやソフトウェアをいたずら的、犯罪的に改変したり、そのためのツールを開発したりする者の総称がCracker(潰し屋)である。特に、商用ソフトウェアのプロテクト外しや、ユーザー登録(レジストレーション)を不要にする目的で改変を加える者をKrackerと綴る。(川口正貴、2009年、知恵蔵)
システムやネットワークに不正に侵入し、プログラムの破壊や顧客情報を盗む、といった悪質な行為をする人のこと。クラックには、破壊する、亀裂を生じるという意味がある。ウィルスに感染させたり、プログラムの改ざん、データの盗用、プロテクトの解除などの悪事を働く犯罪者を指す。ハッカーも同様の意味で使われることがあるが、ハッカーは、もともとプログラムを解析(ハック)することが好きなコンピューター愛好家を指しており、クラッカーとは大きく異なる。(ASCII.jpデジタル用語辞典)
塚越は、次のように言う。
本書では、ハックを悪用する者がクラッカーであると定義する。したがって、法的には違法であっても、悪意よりも正義感や知的探求のためのハックを、クラックとは呼ばない。クラッカーが実行する「クラック」は、他者のコンピュータに悪意をもって侵入し、内容の改ざんや破壊を行うことを意味する。
サミュエルが念頭に置くポリティカル・クラッキングは、クラッキングによって入手した社外機密情報の公開や、DDoS攻撃によって政府、企業などにダメージを与えることで政治的主張を行うものである。
政策無効化という戦略のもと、ツールの製作によって創造的な社会形成を間接的に目指すことをポリティカル・コーディングと呼ぶのであれば、ポリティカル・クラッキングとは、既存の秩序への嫌悪から、破壊に近い活動、あるいは直接的に社会に訴えを起こすタイプのハクティビズムである。それはアノニマスに典型的な、ツールの製作ではなく集合の力によって政治的な主張と実践を繰り返すものであり、もう一つのハクティビズムと呼べるものである。
別に「クラッカー」という言葉は覚える必要はないだろう。「サイバー犯罪者」でいいのではないかと思う。但し、これを知ったかぶりに「ハッカー」と呼ぶべきではない。
問題は、何が「不正」であり、何が「犯罪」であるのか、それにどう対処するかである。例えば「公益に関わる事柄の隠蔽」は、不正なのか、犯罪なのか、「それを告発すること」は、不正なのか、犯罪なのか。
パフォーマティブ・ハクティビズム(performative hacktivism)
暴力を伴うことのない、政治的にリベラルな考えを持ったアーティスト志向のあるハクティビストによる活動であり、ウェブサイトのパロディ化や反グローバライゼーション運動に関わる。インターネットを効率的に用いることで、デモや政策の批判動画を流すなど、上記二つに比較すれば一番穏当な政治活動であると言えよう。
パフォーマティブ・ハクティビズムかどうか知らないが、「虚構新聞」の記事を紹介しよう。
安倍内閣支持率100%で横ばい 内閣府調査 (2017/7/13)
内閣府が12日に発表した7月の全国世論調査で、安倍内閣の支持率は前月と比べて横ばいの100%だった。2012年に第2次安倍内閣が発足して以降、55カ月連続で横ばいを記録した。
今月の調査結果について、内閣府では「全国的に天候不順の影響が多少見られた」とする一方、稲田朋美防衛相の発言や、「共謀罪」法案、森友・加計学園を巡る疑惑などが支持率に影響を及ぼしたという指摘については「当たらない」と結論付けた。また、猛暑が予測される8月以降は「100%越えもありうる」と予測している。
内閣府による支持率調査は、第2次安倍内閣が発足した翌月の13年1月から開始。報道各社が行う世論調査は、誘導的な質問や購読者層の偏り、商業主義など公平性に問題があるとの観点から、内閣府独自の「公正かつ公平な方法」で毎月行っている。
ところで「虚構新聞」とは、どういう新聞かというと、
本紙「虚構新聞」が文化庁メディア芸術祭で受賞 (2012/12/29)
文化庁が主催する文化庁メディア芸術祭実行委員会は13日、ウェブサイト「虚構新聞」(本社・滋賀県大津市)など34作品をエンターテインメント部門審査委員会推薦作品として選出した。計741作品にも上る応募作品の中から選ばれたという、まさかの事態にネット上では「また虚構か」との声が多く聞かれている。
1997年に始まった「文化庁メディア芸術祭」は、漫画・アニメ・ゲームなどにおいて優れた作品を顕彰する「メディア芸術の総合フェスティバル」として位置づけられ、過去にはソニーの犬型ロボット「AIBO(アイボ)」や、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」などが大賞を受賞している。
第16回となる今回は過去最多となる3503作品が参加。本紙が選出された「エンターテインメント部門」には741作品、さらにウェブ媒体に限ると124作品の応募があった。
今回の受賞について、本紙社主のUK氏は「デビューのときから10年来のファンだった漫画家の岩岡ヒサエ先生が昨年大賞を受賞されたので、うまくいけば何かの機会でお会いできるかもしれないという下心で応募した。せいぜい芸術祭の賑やかしのつもりで参加したはずが、こんな大事になってしまって申し訳ない」と供述。加えて「先日のテレビ出演といい、今年は悪目立ちしている気がしてならない。おとなしく『中の人』に戻りたい」とも話していると言う。
本紙では推薦作品選出を記念して、18日夜、虚構新聞本社内で受賞記念パーティーを開催したが、誰一人として出席者はなく、会場は星飛雄馬のクリスマス会の様相を呈していた。
なお、本紙を含む受賞作品は来年2月13日から24日まで、東京・六本木にある国立新美術館をメイン会場に作品展が開催される予定。
蛇足だが、