「展覧会の絵」(Pictures at an Exhibition)は、ロシアの作曲家ムソグルスキー(Mussorgsky、1839-1881)によって作曲されたピアノ組曲である。親友ハルトマン(Hartmann、1834-1873)の遺作展で見た10枚の絵の印象を曲にしたものだという。
1.Alice Sara Ott - Mussorgsky - Pictures at an Exhibition (Trailer)
「展覧会の絵」の絵(ハルトマンの絵)を追求しているこの番組は非常に面白い。1991年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組である。…ムソルグスキーの生きた時代背景の中で、ムソルグスキーはハルトマンの絵をどう解釈したか。私は、この動画を見て、「ロシアの民衆」がキーワードであるように感じた。
ムソルグスキーとハルトマン
https://www.youtube.com/watch?v=p8DeFOMV51M
以下は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」についてのノート(久保勝義)からの引用である。
プロムナード(Promenade、散歩、そぞろ歩き)
ここでは『プレリュード』として、今は亡きガルトマンの作品に接し、たとえようのない歓喜と期待とを描いている。つぎからつぎへと作品を眺めてゆくにつれ、在りし日の友の面影や互いに人生の理想や芸術について論じ合った交友の想い出を眼前に髣髴(ほうふつ)するといった、もろもろの心情を描く役割をする。
グノーム(Gnomes、小人、侏儒、地の精、こびと妖怪、地中で財宝を守る土の精)
曲がった脚で不恰好に歩いている小人。ロシア伝説の妖怪で、地の底に棲み、奇妙な格好で動き回る。扉の陰からこちらを覗き見している。グロテスクに動き回る様子、ずうずうしい小憎らしさ、おどけながら上昇していく様子。…
古城(vecchio castello)
空中高く聳え立つ塔と蔦に蔽われた城壁、その下で楽器を手にした吟遊詩人が歌っている。
團伊玖磨氏は音楽の印象に最も近いのはフランスの古城を描いた「ペリギューの風景」ではないかと言っている。
テュイルリー(Tuileries)
パリの中心テュイルリー公園は、子供たちやその付き添いの大人達の遊び場。遊びつかれた子供たちの口論の描写。こどもたちが飛んだり跳ねたり、喧嘩したりしている中で母親達が速いフランス語でおしゃべりしている光景。
ビドロ(Bydlo、牛車)
スターソフには「我々の間では<牛車(ビドロ)>と言うことにしておこう」と伝えたと言う。しかし真意は<圧制に苦しむポーランドの人達>でスターソフは真意を知りながら、政治的配慮をして『ビドロ』としたのであろう。関連した絵として「ポーランドの反乱」という惨たらしい斬首のスケッチがある。この絵から家畜のように虐げられた民衆を『ビドロ』としてこの曲が生まれたと推測される。『ビドロ』は<家畜>、<家畜のように虐げられた人間>という意味があり、馬車を牽く<苦役>を描いている。
卵の殻をつけた雛の踊り(Ballet des poussins dans leurs coques)
鎧のように卵の殻を着用したカナリアの雛たちが踊っている。プロムナードの終わりに暗示された楽句で始まり、軽快な踊りの音楽。途中卵の殻が壊れたり、雛の鳴き声の擬音が入り、自由に踊っている様子が想像される。
サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ(Samuel Goldenberg und Schmuyle)
絵は金持ちと貧乏人の2枚が残っている。絵の中では無表情な二人が、音楽の中では、貧乏人は上目遣いの表情を浮かべながら、金持ちに何かを下さいと言い、金持ちは傲然(ごうぜん)と、それをはねつける。2枚の絵を一つの音楽で表し、二人に対話させているムソルクスキーの発想に感動する。帝政ロシア時代はユダヤ人にとって受難の時代であった。虐げられたユダヤ人への共感ともとれる。当時サンクトベルグにおいて、ザムエル・ゴルデンベルグは金持ちのユダヤ人の典型的な名前、シュムイレは貧乏なユダヤ人の典型的な名前。金持ちは堂々として、勿態振り、いかにも横柄。貧乏人はおどおどして、みすぼらしく哀れっぽい。
リモージュの市場(Limoges Le marche)
二人の女が激しく言い争い、手を突き出し、振り回し、眼を剥いて、お互いに自分の言い分を押し通そうとする。市場の人たちは取り巻いて見物している。市場の雑踏中のスケッチ。
カタコンベ - ローマ時代の墓(Catacombae - Sepulchrum Romanum)
パリの地下墓地。そこには髑髏が並べられその前にガルトマンと彫刻家ケネルの影が、墓守の持つランプの光に写っている。死せるガルトマンの創造的精神が私を髑髏の方へと導き、髑髏に呼びかける。それから髑髏はゆっくりと輝きはじめる
死者の言葉を持って死者とともに(Cum mortuis in lingua mortua)
埋葬の誦経(じゅきょう/ずきょう)のような陰惨さで、暗い陰欝なカタコンブ[納骨堂]の中をそぞろ歩きをしている情景、宗教的な気分。ムソルグスキーがガルトマンと共に死の世界にじっと佇んでいる。
鶏の足の上に建つ小屋(La cabane sur des pattes de poule - Baba-Yaga)
バーバ・ヤーガは、ロシアの民話に出てくる森の中に棲み、鶏の足の上に建てられた小屋に住む痩せた妖婆である。人間を捕まえてその肉を食べ、骸骨を集め、煮えたぎる鉄鍋で煮て撒き散らし、臼の上に乗って杵でこぎ、箒で跡をかき消しながら飛び回る。死の踊りである。空へ飛び立つ勢いをつけている。中間部は魔術と梟の鳴き声と叫び声。
キエフの大門(La grande porte de Kiev)
古代ロシアの聖歌が高らかに合唱され壮麗な曲趣を築き、教会の聖楽を思わせる気高い響きが厳かに聞こえ、その後大小の鐘が鳴り響く。その中に<プロナード>の主題が盛り込まれ、壮大なフィナーレとなる。團[伊玖磨]氏は「この絵よりも音楽の方が壮大である。建築されなかった大門の代わりに、この音楽こそがムソルクスキーのガルトマンに対する永遠に滅びぬ友情の上に建てられた夢の大門だ。友の魂を鎮める古い賛美歌が聞こえる」と述べている。
これらの解説を読むと、ムソルグスキーの思いが伝わってくるような気がする。
最初のAlice Sara Ott - Mussorgsky - Pictures at an Exhibition (Trailer)を、もう一度みてみよう。このビデオは、上記の解説とマッチしたすぐれものだ。
曲目をあげておこう。
Promenade
The Old Castle
Promenade
Ballet of the Unhatched Chicks
Promenade
Limoges.Le Marche
The Hut on Chicken’s Legs (Baba-Yaga)
The Heroic Gate
3.Alice Sara Ott - Mussorgsky - Pictures at an Exhibition
何も考えずに聴くのもよいかもしれない。