浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

プラシーボ効果 現代の国民病「腰痛・肩こり」は、治療できません

私は、基本的に自分語りをしない方針なのですが、今回は自分語りから話を始めます。

先日、咳をしたとき、腰を痛めてしまいました(以前、ぎっくり腰になったこともあります)。長年のデスクワーク(姿勢の悪さ)による疲労が閾値を超えたものではないかと思っています。

そこで整形外科で診てもらったのですが、「骨に異常はない。一時的なものでしょう」ということでした。しかし痛みはとれず、いまは接骨院に通院しているのですが、半月以上経過しても改善せず(生活に支障を来す)といった状況です。

 

はり・きゅう、マッサージ、整骨院接骨院と「健康保険」

厚生労働省は、はり・きゅう、マッサージ、整骨院接骨院を保険医療機関とは認めておらず、「やむを得ない」と認めた場合のみ健康保険を使えることになっている。そのため、健康保険で治療できる病気やケガの種類は限定的で、医療費の支払いも病院や診療所とは違う方法がとられている。

はり・きゅう、あんまマッサージ、柔道整復は、古来から伝わる日本独自の治療技術だが、治療効果を証明する科学的根拠が欠けていると指摘する声もある。しかし、整形外科での治療で効果が出なかった人が、はり・きゅう、マッサージによって痛みが和らいだというケースもあり、一概に否定することはできないだろう。

https://diamond.jp/articles/-/14026

この解説からわかる通り、健康保険適用が可能かどうか、微妙なところがある。慢性的な疼痛や肩こり、腰痛などには健康保険を使うことはできないのである。そこで不正な保険請求を行う治療院があり問題となる(2015年には暴力団がらみの不正請求事件があった)。この不正請求を問題視し、取り締まりを強化するとどうなるか?

 

病気やけが等で自覚症状のある者の比率

腰痛は現代の国民病と言われる。下表に見る通り、男性は20歳代で第2位、30歳代以降はすべての年代で第1位。女性は30歳~50歳台で第2位、60歳台以上は第1位である。(「肩こり」も似たようなものなので、あわせてみた方が良いかもしれない)

前期高齢者(65~74歳)については、男性は17%、女性は20%。後期高齢者(75歳以上)については、男性は19%、女性は22%である。

これらのほとんどは、慢性の腰痛と考えられる。ということは、整形外科医に行っても、治療の対象とならず、はり・きゅう、マッサージ、整骨院接骨院[以下、施術院という]に頼れば、健康保険が使えない。

この状況はおかしくはないだろうか?

性・年齢階級別にみた症状別自覚症状のある者(有訴者)率(人口千対)の順位

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「平成30年国民生活基礎調査平成28年)の結果から-グラフでみる世帯の状況」(厚労省)より。https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20-21-h28.pdf

  • 「有訴者」とは、世帯員(入院者を除く。)のうち、病気やけが等で自覚症状のある者をいう。
  • 「有訴者率」とは、人口千人に対する有訴者数をいう。分母となる世帯人員数には入院者を含むが、分子となる有訴者数には、入院者は含まない。

 

健康保険が使えないということは、施術院の慢性腰痛の治療には、(a)「科学的根拠」が欠けているということだろうか。(b)あるいは効果がみられても、それはプラシーボ効果だと判断しているのだろうか。

(a)については、根拠に基づく医療(evidence-based medicine, EBM)の概念が参考になる。

1980年代になって米国国立医学図書館によるMEDLINEなど医学情報の電子データベース化が進み、また疫学・統計手法の進歩によりできるだけバイアスを排した研究デザインが開発されるに従って、治療法などの選択となる根拠は「正しい方法論に基づいた観察や実験に求めるべきである」という主張が現れた。カナダのマクマスター大学でDavid Sackettらにより提唱されたこの動きは1990年にGordon GuyattによりEBM(Evidence-based Medicine)と名づけられた。…EBMはこのように、通常行われている診療行為を科学的な視点で再評価(「批判的吟味」と呼ばれる)した上で、患者の問題を解決する手法と位置づけられ、外部のエビデンス(=科学的根拠)を目の前の患者にどのように適用するかに最も関心がある。(Wikipedia

以下の例は、根拠に基づく医療ではない。

生理学的判断の例…心筋梗塞後に薬で不整脈を減らすことができれば、不整脈による死亡を減らすことができるはずだ。[理論的な可能性]

権威の例…この治療法は当大学で100例以上の良好な成績を収めており、関連病院にも勧めている。

個人的経験の例…私の経験では、ホルモン補充療法はどうやら心疾患を減らすようだ。同僚もそう言っている。

 この考え方に立てば、施術院の慢性腰痛の治療は、根拠に基づく医療ではないように思われる。仮に治癒したとしても、自然治癒かもしれないのである。

(b)のプラシーボとは、

偽薬(ぎやく、プラシーボ)は、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬の事である。…広義には「薬」以外にも、本物の治療のように見せて実質上の治療の機序が含まれないあらゆる治療手段を指す。…プラシーボ効果とは、偽薬を処方しても、薬だと信じ込む事によって何らかの改善がみられることを言う。この改善は自覚症状に留まらず、客観的に測定可能な状態の改善として現われることもある。…偽薬効果が存在する可能性は広く知られている。特に痛みや下痢、不眠などの症状に対しては、偽薬にもかなりの効果があるとも言われており、治療法のない患者や、副作用などの問題のある患者に対して安息をもたらすために、本人や家族の同意を前提として、時に処方されることがある。…一方で、偽薬に一定の効果があるかどうかについては、疑問視する意見も常にある。…偽医療の業者などは、自分達の薬や施術が確実性の高いものであると信じ込ませるために、偽薬効果を単なる心理的効果ととらえ、「効果を絶対に信じない人や認知できない動物、幼児などにも効果があったため、これは偽薬効果ではない」といったロジックを用いることがある。(Wikipedia、偽薬)

仮にプラシーボだとしても、先ほどの理論的可能性、権威、個人的経験により成功例を言葉巧みに説明すれば、プラシーボ効果を発揮できるだろう。

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医療行政としては、根拠に基づかない医療やプラシーボを認められないだろう。そうするとどうなるか。整形外科医に見放された腰痛患者は、健康保険が使えない施術(治療)に頼らざるをえないが、完治するかどうかもわからず、しかもかなりの高額になるので、通院をためらうことになる。この結果が、先ほどの厚労省の統計にあらわれていると思う。

何故こういうことになっているのか。患者本位の考え方があるのだろうか。骨に異常が無ければ門前払いする整形外科とは何だろうか。根拠に基づかない医療、プラシーボ効果を疑われる施術院とは何だろうか。根本的な原因を探り、治療法を考えようという医学者、医師はいないのだろうか。実際に治療効果があるかもしれない施術院の診療技術情報の共有を推進しようというような動きはないのだろうか。患者本位の良心的な施術師(医師)の「知」は生かされないのだろうか。

厚労省統計の数値を見て、何も感じないのだろうか。

医療技術が日進月歩だと言われるのに、腰痛とか肩こりに関しては、何十年来変わっていないのではないか。

総合病院に、「肩腰膝科」のような診療科ができるようになれば、変わってきたとは言えるだろう。