浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

エレクトリックバイオリン ヤマハのデザイン哲学

柏木博『デザインの教科書』(8)

前回までの色彩学の話はいったん中断し、別途あらためて再開することにしたい。

また本書の読書ノートも、本書の内容が私の期待するものとは異なったので、終了する。

では私の期待するものとは何であったか。

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2018/7/10にデザイントークス+で「デザインハンティング イン 静岡」が放送された。その後半で、ヤマハ楽器のデザイン研究所 所長 川田学による「新しいデザインの楽器」の話があり、非常に興味深かった。

ヤマハエレクトリックバイオリン『YEV』が、「アジアデザイン賞2017」の最高賞である「グランドアワード」を受賞し、川田は「永く愛用され人生の伴侶となるような製品やサービスを送り出したい。そのためにデザインはどうあるべきか。ヤマハのデザイナーは常にそんな思いを抱えてデザインと向き合います。変わらぬ本質を研ぎ澄ますヤマハデザイン理念が結実した証しが、こうしたデザイン賞の獲得に繋がっているのだと思います」とコメントしている。(https://www.yamaha.com/ja/news_release/2017/17110202/

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https://jp.yamaha.com/products/musical_instruments/strings/

ヤマハは、サイレントバイオリンも製作しており、アコースティックバイオリンとエレキバイオリンとサイレントバイオリンはどう違うのか、次の動画を参照して下さい。*1

www.youtube.com

 サイレントバイオリン 

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https://jp.yamaha.com/products/musical_instruments/strings/silent_series/index.html

 エレクトリックバイオリン 

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https://www.yamaha.com/ja/news_release/2017/17110202/

 

エレクトリックバイオリンの演奏を聴いてみよう。

www.youtube.com

 

川田は次のように語っている。(https://www.yamaha.com/ja/about/design/designers/kawada/

  • 哲学的思考と、科学的な合理性。今思うとデザインはこの両方に深く関わっています。
  • これはデザイン研究所の伝統なのですが、新人にも最初から一つの製品をポンと任せてしまうのです。初めて向き合うジャンルのデザインをどう考えるか「問いをたてる」良い経験になりました。
  • 外部と積極的に関わり、具体的なアクションを1つ1つやりきる過程で自分自身の独自性を新しい角度から理解し、さらに思考を深めていくこと、それがアイデンティティーを鍛える唯一の方法である。
  • 僕の好きな言葉は「期待は裏切らず、予想は裏切る」。こうあって欲しいという期待には応えなきゃいけない、だけど予想どおりじゃダメですよね。これからも「感動を・ともに・創る」ブランドであるために、良い意味で予想を裏切る展開を常に考えていきたいです。

 

 デザインに作品性も要求される時代

日本のメーカーがお手本とした工業デザインの基本理念は「form follows function = 形態は機能に従う」。道具として合理的であり、機能美があり、そこにコストバリューも加わって、日本製のデザインは製品として商品として成功してきました。しかし90年代後半頃からは、更に作品的な価値も求められてきていると感じます。…そうなるとデザインのアイデンティティー、つまりそれぞれの企業に固有の表現、オリジナリティーが益々重要になってきます。

ヤマハのデザイン哲学(1987年制定)*2

ヤマハデザイン研究所では、個々のデザイナーが比較的作家性を持っています。…その一方で、各デザインが単なる個人作品にならないよう、研究所全体で共有すべき理念として掲げているのが、ヤマハ・デザインフィロソフィーです。

5つの英語のキーワード「Integrity=本質を押さえたデザイン」「Innovative=革新的なデザイン」「Aesthetics=美しいデザイン」「Unobtrusiveness=でしゃばらないデザイン」「Social Responsibility=社会的責任を果たすデザイン」があります。

どれも非常に大切ですが、特に「本質を押さえたデザイン」は最重要です。一見突飛に感じる程に独創的だけど、よくよく考えると見事に理にかなっている。そういう域に達するには人間と道具、文化に対する深い理解が必須であり、また独自の観点がなければ見出すことも難しいでしょう。

もう1つ「でしゃばらないデザイン」はヤマハに独特のキーワードかもしれません。楽器演奏において主役はあくまで演奏者なのだから、必要以上に道具がでしゃばってはいけないということ。また、永く愛用されて道具が人生の伴侶となるために、一時の流行を追い過ぎた過剰なデザイン、でしゃばったデザイン表現は控えなさい、という意味がこめられたキーワードです。

 このようなデザイン哲学は、「モノづくり」(ハード、工業デザイン)のみならず、ソフト(組織、制度、法)においても有効であろう。具体的なソフトウェア設計において、これらのキーワードは参考になる。

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私が、本書『デザインの教科書』に期待していたものは、上記のような実例(バイオリンのデザイン)を挙げて、デザイン哲学が説明されることであった。 

*1:「エレキバイオリンを徹底紹介!サイレントバイオリンとの違いもわかる」という記事もある。(https://www.rere.jp/beginners/5830/

*2:「Design Philosophy」(https://www.yamaha.com/ja/about/design/philosophy/)も参照。