気の向くままに

井蛙は以って海を語るべからず、夏虫は以て冰を語るべからず、曲士は以て道を語るべからず

千住博 美を生きる

千住博(1958-)の『ウォーターフォール』は、1995年のヴェネツィアビエンナーレで名誉賞を受賞した。次のような作品である。(以下、画像はすべて、公式サイトより。http://www.hiroshisenju.com/

 

THE 46TH VENICE BIENNALE  1995 Venice, Italy

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http://www.hiroshisenju.com/exhibitions/the-46th-venice-biennale

 

千住は、次のように語っている。*1

私は色を忘れているわけではありませんでした。むしろ自分の作品に使わなかった分、絶えず心のどこかで色へのこだわりが蓄積されていたのです。そんな5年前の冬のこと、かねてから親交のあったオランダ人の画家が私のアトリエを訪れました。絵のことを話しているうちに、ふと私の白黒の滝を見て「色を使ってみるのも手だね」と言ったのです。この意表をつくようなひと言で、私の中で眠っていた色彩の感覚が、まるで封印が解かれたかのように突然覚醒したのです。それは私にとっても全くの驚きでした。彼のひと言は、まさに天の声、芸術の女神からの声だったのかもしれません。(p.115)

千住の眠っていた色彩感覚とはどういうものだったか。

Falling Color

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私は長い間手にもしなかった様々な天然顔料を机の上に並べ、なるべく難しい世界に挑戦しようと思いました。色の組合せに対する思いは知らぬうちにエスカレートしていました。…組合せのバランスを間違えれば、たちまちのうちに目を背けたくなるものに豹変してしまう…。しかし、これこそが今の私の対象でした。そのスパークを一転して美しいハーモニーを奏でる世界に変えることができるはず、と考えたのです。私は紫と緑とかオレンジと緑とか、今までに使ったこともないような激しい組合せを選び出すことに夢中でした。その人工の極みのような組合せで滝を描いて、とにかく自然な感じを受けるように、と繰り返し試みました。…それを探し続け、新シリーズ『フォーリングカラー』が次第に形になっていったのです。

様々な相容れないようなはずの色の組み合わせも、ある絶妙なバランスが生まれる瞬間があり、その時想像もつかなかったような美しいハーモニーが誕生する。相容れないと思われた関係も、粘り強くその関係をつくろうと試みれば必ず可能性がある、ということをこの作品から私は教わったのです。(pp.115~117)

千住は、あくまで「白黒の滝」に色を付けたのであって、色彩を駆使した画家とは思えない。(原物を見れば印象が変わるかもしれないが)

 

芸術とは何か

改めて芸術とは何か、ということを考えてみます。芸術が「単に余暇を過ごす暇つぶしや何となく必要なもの」程度の存在だったら、芸術などという概念はとうの昔に廃れています。そうではなく、どうしても人類が生き延びていく上で必要だからこそ存在し続けているはずです。氷河期、人々は洞窟に描いた壁画を見ることによってイマジネーションを共有し、仲間同士のコミュニケーションを生み、そして客観性を養い、越えられないかと思っていた氷河を一致団結して乗り越えて、文明期へと進んでいったのでした。絵によって進化したのが人間だ、と私は考えているのです。人類はこれからも思想や宗教の違いによる紛争を繰り返すに違いありません。しかし地球という1枚のキャンバスの上でハーモニーを奏でることができなければ、私たちの文明はいずれ滅びてしまいます。…イマジネーションのコミュニケーションが芸術です。私の新作『フォーリングカラー』は、どんなイマジネーションを人々と共有することになるのでしょう。(p.117)

いささか我田引水の感はあるが、「地球という1枚のキャンバスの上でハーモニーを奏でる」というのは、メタファーとして素晴らしい。私たちが目指すべきユートピアであろう。

 

滝との出会い

千住は、滝との出会いを次のように語っている。

十数年前、野生のフクロウやシカを取材しに、[チャーターしたヘリに乗って、]ハワイ島の奥地に入り込んでいた時、…大きなツノをつけたシカが一頭だけ、微動だにせずヘリコプターを睨みつけていました。私たちがその迫力に圧倒されている間に、他のシカたちは安全な所に逃げ切ったようで、それを見とどけるや否や、そのシカは悠然と木立の中に姿を消していきました。シカは私が以前から好んで描いてきたモチーフなので、それまでにも数多く見てきましたが、このシカは何とも堂々として立派なものでした。私は感心しながらそのシカに向かってシャッターを夢中で押し続けていました。そして、そのシカがいわば舞台から退場するかのように消えたとき、そこに劇的に現れたのが白く輝く滝だったのです。滝はそのシカの背景に、音もなく流れ落ちていました。…ヘリまでチャーターして描こうとした野生の動物たちはどこかに消えてしまい、私のイマジネーションの舞台には、驚くことに役者不在の白い滝だけが絶え間なく流れ続けていたのです。…そしてある日のこと「私が描くのはシカではなく滝だ」と思うまでに至ったのでした。目をつぶると滝が浮かび、耳を澄ますとその轟音が響き渡ってきます。それはもはやどうにもならない位、私の中で大きな存在になっていました。とにかく滝が描きたいと、居ても立ってもいられなくなってしまったのです。(pp.126-127)

そして、再度ハワイ島を訪れ、ヘリに乗ることになる。

目指す滝を小さく視野に捉えてから、私の目にも心にも他のものは一切、何も入ってきませんでした。…とにかく、目は滝に釘付けになったまま、手探りでペンをとり、スケッチブックを広げ、どこに何を描いているか、などということにはまったく構わず、ひたすら私は滝と化していたのです。何としてもこの感動をストレートにぶつけたい。とにかく早く形にしたい。とはやる気持ちで再びアトリエに戻りました。私は絵の具を瓶に入れ、画面に向かって浴びせかけてもみました。鍋に入れた水をその上からかけてみたり、植物に水をやる噴霧器に絵の具を入れ、吹き付けてみたりもしました。更には、慣れないエアブラシや壁塗装用のスプレーガンまで持ち出し、絵の具を詰め、一気に吹き付けたりもしました。これまでに試みたこともないようなアイデアが次々に浮かんできたのです。私の手は何かに憑かれたかのように絶え間なく動いていました。

数週間後、私のアトリエにはあの日見た滝が静かに流れ落ちていました。それは滝の印象を描くとか、描写する、という類のものではありません。絵の具そのものが滝と化した、まさに絵の具による滝の出現だったのです。(pp.127~129)

滝を描写するのではなく、滝と化した千住が絵の具により自らを現す。それが千住の『滝』という作品である。

ここに、飽きることなく『滝』の作品が描き続けられる動機がある、と言えるのではなかろうか。

公式サイトの Galleryに、次のような作品がのっていた。

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襖絵

2020年に高野山金剛峯寺本院殿への奉納を予定している襖絵作品が、奉納に先駆けてお披露目する巡回展が開催されている。

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2015年に真言密教の聖地、高野山の総本山である金剛峯寺(和歌山)の依頼を受け、《瀧図》、《断崖図》からなる障壁画(襖絵、床の間)を約3年かけて制作。2020年に金剛峯寺に奉納する前に、全国を巡回展示することになった。…襖絵と床の間からなる障壁画は44面からなる幅40m超の大作。全長25mを超える《瀧図》は金剛峯寺の「囲炉裏の間」に、全長16mを超える《断崖図》は「茶の間」に納められる。

《瀧図》では、岩絵の具の焼群青(ブルーグレーの部分)を画面に均一に塗り、天然膠をひき、紙の上から水を流した直後に白い胡粉を垂らした。滝の水面や飛沫は筆やエアスプレーを用いて描いた。「悩みを抱えて高野山を訪れる人に寄り添うような作品を目指した」と、千住氏は解説する。

《断崖図》の制作では、山や谷の立体感をイメージしながら、和紙をくしゃくしゃに揉んでしわを付ける独自の技法“平面の彫刻”を編み出した。その後、和紙を丁寧に整えてパネルに貼り付け、胡粉(白色部分)や、岩絵の具の焼群青(黒色部分)を塗った。和紙のしわが崖のごつごつとした岩を表現。この技法は、アトリエの床に落ちていた傷の付いた和紙を見たことがきっかけだったという。

http://www.toyama-brand.jp/TJN/?tid=104068

このような作品は、パソコンや画集で見るのではなく、原物を観なければ、決してその価値は伝わらないだろう。

 

(おまけ)

千住明(弟)のピアノコンチェルト「宿命」(ピアノ・指揮:向田成人)


Senjyu Akira Piano Concerto"SHUKUMEI" Narihito Mukeda(Piano,Conduct)向田成人(ピアノ、指揮)

 

千住真理子(妹)のバイオリン


千住明 featuring 千住真理子 - FANTASIA

 

*1:引用はすべて、千住博『美を生きる』(2008年、世界文化社)による。