浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

マタイ効果:持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまで取り上げられるであろう。(マタイ福音書13章12節)

阿部彩『弱者の居場所がない社会-貧困・格差と社会的包摂』(6)

今回は、第4章 本当はこわい格差の話 第5節 格差の増幅 のうち、「マタイ効果」をとりあげよう。

マタイ効果」とは、「格差は自ら増長する傾向があり、最初の小さい格差は、次の格差を生み出し、次第に大きな<格差>に変容する性質」を指す。この「マタイ効果」という現象は、1960年代から1970年代にかけて、アメリカの社会学ロバート・マートンが「発見」し、その後さまざまな分野にも適用されている。マートンが、最初にこの「マタイ効果」が存在するとしたのは、科学の場における研究者の成果の「格差」であった。*1…同様の「マタイ効果」は、他の分野[教育やスポーツなど]でも指摘されている。

経済の分野では、

裕福な人は、おカネを銀行に預けることができ、利潤の高い投資先に投資することもでき、おカネがおカネを生んでいく。そのうえ利息は、預ける金額が多いほど高かったりする。貧困層は毎日の生活に追われて、貯金をすることはおろか、借金をして利息を払わなければならない場合もある。おカネがないと、さらにおカネが必要となるのである。

貧困を研究するものとして、この「マタイ効果」理論は、「なるほど」と思うところがある。貧困の人々には、「なんで、また」と言うくらい不利が重なっていく場合があるからである。親が貧しかったので高等教育が受けられず、そのため非正規の仕事にしか就けず、つらい仕事で病気になり、病気休暇が取れないので解雇になり、仕事がなくなったので家賃が払えず……。というように、不利が不利を呼んでいくのである。確かに「マタイ効果」が存在するのではないか、と思わざるを得ないのである。

 自分のことしか考えない人には、恐らくこのようなことを言ってもわからないだろう。自分がそういう状況に陥るか、誰か説得力のある人が理解させるしかない。昔は(小中学校、高校、大学)の教師がそういう役割を果たしたのであろうが、いまはどうだろう? むしろ逆にこういう状況を奨励(つまり、自己責任の競争社会を奨励)しているのではないかと思われる。

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https://www.opencolleges.edu.au/informed/features/the-matthew-effect-what-is-it-and-how-can-you-avoid-it-in-your-classroom/

 

重要なのは、「マタイ効果」が社会に内在されているということである。つまり、社会の仕組み、ルールとして、そうなっているのである。少なくとも、現代社会では、社会のあらゆるルールや制度や仕組みが、マタイ効果が働くように作られているのであるこれは、「社会のありよう」の問題なのである

ここが重要な点である。「社会のあらゆるルールや制度や仕組み」を、「マタイ効果」の観点からみてみることである。阿部は、結論だけ述べているので、説得力がないが、実感としてはそうだろうと思う。大事なことは、「社会のありよう」、つまり「社会のルールや制度」に目を向けることである。そこを問題にしないで、不満や愚痴を並べ立てても何も変わらない。

一例として、所得税の税率推移をみておこう。税金の話は簡単にはいかない(税体系全体を考えなければならない)が、下のグラフを消費税増税と考えあわせてみるのもよいだろう。

所得税の税率の推移(財務省

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https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/033.htm

 

「それでは私たちは、マタイ効果を、重力のように自然の摂理として受け入れしかないのであろうか」

私には、既成の宗教も新興宗教(スピリチュアル・ビジネスを含む)も、マタイ効果を「自然の摂理」として受け入れるように誘導しているように見受けられる。

『マタイ効果-アドバンテージがさらなるアドバンテージを生む』(The Matthew : How Advantage begets further Advantage)の著者である社会学者ダニエル・リグニーは嘆く。私たちは、マタイ効果に抗うすべを持たないのだろうか。

そうではない。

リグニーは、マタイ効果を逆行するシステムを作るのに必要なのは、私たち、特にマタイ効果の恩恵を受けてきた層の人々が、自分のポジションが自身の努力の結果だけではなかったであろうことを認識することだと言う。これは、ときとして非常につらいことであるし、心地よくないことである。しかし、「マタイ効果」をあたかも存在しないかのように振舞っていると、格差はがん細胞のように増殖して社会を蝕むであろう

私の感覚では、新自由主義*2政策の推進とともに、格差が進展し、社会が蝕まれてきている。それは現在進行形である。

*1:研究者、最初は平等な土俵に立って競争していたとしても、いったん一人がよい研究結果を出すと、その研究者には補助金や良い研究設備が与えられたりして、彼・彼女が、よりよい成果を出せるような仕組みになっている。そのため著名な研究者はますます功績をあげるし、著名でない研究者はずっと功績をあげられない。研究者間の成果の格差は、おのずと拡大していく。(マートン

*2:新自由主義ネオリベラリズム)とは、 国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和市場原理主義の重視を特徴とする経済思想。資本移動を自由化するグローバル資本主義新自由主義を一国のみならず世界まで広げたものと言ってよい。国家による富の再分配を主張する自由主義リベラリズム)や社会民主主義と対立する。(日本総研https://www.jri.co.jp/column/medium/shimbo/globalism/