浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

ネットワークの構造(2) スモ-ル・ワールド性、クラスター性

山口裕之『ひとは生命をどのように理解してきたか』(9)

ネットワークには、3つの性質(スケールフリー性、スモール・ワールド性、クラスター性)があるということだったので、今回はスモール・ワールド性とクラスター性について見ることにしよう。

 

2.スモール・ワールド性(「世間は狭い」現象)

実験社会心理学者スタンレー・ミルグラムは1967年に考案した実験において、アメリカ内陸部の住人に手紙を渡し、全く面識のない東海岸の受取人へ向けて、郵便ではなく知人(ファーストネームで呼び合うような親しい間柄)経由で転送するように依頼し、届くまでに何人の仲介者が必要かを調べた。結果は、平均して6人を仲介するだけで届くというものであった。この結果は現在では標語的に六次の隔たりと呼ばれる。(Wikipedia「複雑ネットワーク」)

 

弱い絆の強さ」と「6次の隔たり理論」をSNSで使い分ける/横田秀珠

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https://www.slideshare.net/ShurinYokota/sns-12092572

 

Wikipedia六次の隔たり」は、次のように説明している。

六次の隔たりとは、全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、友達の友達…を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができる、という仮説。

この仮説の簡単な計算例として、各人が重複しない知人を44人持っていれば、6人を介することで、世界中の人々と知り合いになることができる、と説明されている。なぜなら、44^6= 7,256,313,856 で、世界総人口の約70億人に相当するからである。*1

 

ミルグラムの実験は、次のようなものであった。

この実験ではネブラスカ州オマハの住人160人を無作為に選び、「同封した写真の人物はボストン在住の株式仲買人です。この顔と名前の人物をご存知でしたらその人の元へこの手紙をお送り下さい。この人を知らない場合は貴方の住所氏名を書き加えた上で、貴方の友人の中で知っていそうな人にこの手紙を送って下さい」という文面の手紙をそれぞれに送った。その結果42通 (26.25%) が実際に届き、42通が届くまでに経た人数の平均は5.83人であった。この実験は六次の隔たりの実証実験としてよく引き合いに出されるが、前述の26.25%という割合、世界中ではなくアメリカ国内に限っている点、追試に失敗した点などに触れられないまま、6というマジックナンバーや世界中といった誤解と共に言及されている場合が多い。(Wikipedia六次の隔たり」)

アンダーラインの部分を読めば、本当のところはどうなのか? 理論的にはどうなのか? という疑問が浮かぶ。

平均的な知人数など単純な前提をおけば、数式表現できるかもしれないが、それでどうなの? という疑問は残る。

ミルグラムの実験は、さまざまな研究者の批判を受けたという。

研究者らは、「スモール・ワールド」実験においては数多くの微妙な因子が結果を大きく左右することを示した。異なった人種、異なった所得層に属する人々の間では、つながり方に有意な非対称性があることが研究によって示されたミルグラム自身も共著者になっているある論文によると、最終受取人が黒人である場合は13%、白人である場合は33%がうまくつながった(最終受取人の人種は知らされていなかったのに、である)。(Wikipedia「スモール・ワールド現象」)

 

しかし、スモール・ワールド現象の研究が全く無意味だとは言えないようだ。

Gladwellは、六次の隔たり現象は、広い人的ネットワークを持ち、友人を初めとする他人との接触が多い少数の特異な人々(接続者、コネクタ)に依存すると主張している。彼らがハブとなり、大多数のコネクションの薄い人々の仲介者になっているというわけである。

コーネル大学の二人の物理学者ダンカン・ワッツ及びスティーブン・ストロガッツは1998年、ネットワーク理論からスモール・ワールド現象を説明しようとする最初の論文を出した。その中で彼らは、スモール・ワールド的性格が自然のあるいは人工的なネットワーク(C. elegansの神経系や送電網)双方に出現することを示した。

計算機科学では、スモール・ワールド現象(という名前で呼ばれることは少ないが)はセキュアなピア・ツー・ピアプロトコル、インターネットとアドホックな無線ネットワークにおけるルーティングアルゴリズム、及びあらゆる種類の通信ネットワークにおける検索アルゴリズムを開発する際に用いられる。(Wikipedia「スモール・ワールド現象」)

 

3.クラスター性

クラスター性」とは、例えば、「自分と知人Aさんがいるときに、自分もAさんもどちらも知っている共通の知人Bさんのような人が1人もいない」という状況はまずありえないという性質である。…現実世界のネットワークには、自分、Aさん、Bさんから構成される三角形のネットワークがたくさん含まれている。

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https://www.slideshare.net/rindai87/howcalculateclustercoefficience

 

本書の説明に戻る。(第1章 生命科学の急発展と「遺伝子」概念の揺らぎ 第3節 ネットワークとしての生命 第3項 ネットワークの構造)

こうしたネットワークは、多くのサブネットワーク(サブグラフ)によって構成されている。つまり、「クラスター性」を持つ。クラスターとは「かたまり」とか「寄せ集めたもの」という意味である。要するに、ノード[節点・頂点]はそれぞれ孤立しているわけではなく、いくつかのノードがまとまってそれぞれ小さなネットワークをなしているということである。

上図を見れば、直観的には明らかだろう。話としては「6次の隔たり」は面白いが、実際の社会におけるネットワークを考える場合、「クラスター」の概念がより重要だろう。但し、従来からある概念(例えばコミュニティ)をクラスターと言い換えて何か得るものがあるのかどうか。

 

ネットワークモチーフ

大腸菌の遺伝子制御ネットワークを研究していたユーリ・アロンらは、こうした部分的なネットワークの構造の特徴(ネットワークモチーフ)を解析することで生物学的なネットワークシステムを理解しようとする試みを提唱している。「ネットワークモチーフ」とは、偶然より高い確率で登場するような、部分的なネットワークのパターンのことである。

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http://leading.lifesciencedb.jp/3-e001

ネットワークモチーフの説明に、自己制御(ある遺伝子が発現すると、その結果としてその遺伝子自身の発現が抑制/促進されること)やフィードフォワードループの記述があるが、省略する。

細胞の内部では、何万もの遺伝子、何十万ものタンパク質が相互作用する。そうした異常なまでに複雑なネットワークを理解することは、一般には不可能である。しかし、生物学的なネットワークは、実は少数のネットワークモチーフの組み合わせで構築されており、そうしたモチーフを研究することで、生物の「設計原理」を理解することができ、さらには生物についての「法則的理解」も可能なのではないか。これがシステム生物学の基本的な発想である。システム生物学は、分子生物学的な生命観を踏まえつつ、「生命とは何か」という問いに対して新たな答えを与えてくれるかもしれない、と期待されている。

生物の「設計原理」(神による設計? 物理化学現象?)とは、曲線のあてはめのことか? そのような「法則的理解」とは、どういうことなのか?*2

*1:平均知人数と仲介人数により、間接的な知人数は下表のようになる。

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*2:これは「科学哲学」の問題だろう。