浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

勢力均衡(Balance of power)、恐怖の均衡(Balance of terror)

久米郁男他『政治学』(20)

今回は、第8章 国際関係における安全保障 第1節 安全保障のジレンマとその回避 である。

国際関係において最も重要な課題の一つは、どのようにして武力の行使を抑え、武力紛争(戦争)が起こるのを防ぎ、国際関係の安定をつくることができるのか、という問題に答えることである。

「国際関係の安定」とは何か。既存の国家を前提にして、国家間の武力紛争(戦争)を防止できればそれでよいのだろうか。決してそんなことはない。本書も「自然災害、貧困、飢餓、環境破壊、人権侵害など」多くの脅威から人々を守ることが、国民の共通の利益であると述べている。しかし「安全保障」という時、第一に「軍事的な脅威」に対する国家の安全保障が考えられてきたのであり、以下これに限定して検討される。

国際関係において、各国が自国の利益=国益に基いて行動する場合、しばしば国家間の対立を引き起こす。その対立を調整することが外交であり、国家は外交によって自国に有利な調整を行うことに力を注ぐ。外交による交渉が失敗した場合、国家は軍事的な手段を行使することによって国益の達成を試みることがしばしばおこる

国益とは何だろうか。本書は「自国の利益」とするのみで、何を指すのか明確ではない。「外交による交渉が失敗した場合、国家は軍事的な手段を行使することによって国益の達成を試みる」とは、いつの時代のどの国のことを言っているのだろうか。

国益の定義や優先順位は、時代、その国の価値観、体制、政策立案者などにより大きく異なる。(Wikipedia

国益は、ある国家が行動するうえでの目的といえるが、外交政策の適合性や妥当性を説明・評価するために、さらには政策を正当化、非難、提案する手段として用いられる。しかし、国家の利益を定義するという本質的なあいまいさに加えて、国民がかならずしも一致して国益を善とみなすことはなくなったこと国の内外の領域で追求される価値が一致しなくなったこと、さらにその内外の境界線が不明確になったことなどによって、国益の定義がますますむずかしくなっている。また、相互依存の深化によってグローバリズムといった志向が登場するなかで、単一の国家の利益を追求することは不適切かつ不可能になりつつあるといえる。(青木一能、日本大百科全書

このような曖昧模糊とした「国益」のために、本当に武力紛争(戦争)が引き起こされるなどということがあるのだろうか。

現代民主主義社会、グローバル経済社会における「国益」とは何なのか、果して有効な理念なのか。青木が言うように、「単一の国家の利益を追求すること」が望ましいとは考えられないが、どうなのだろうか。*1

 

安全保障のジレンマという言葉がある。(本節のタイトル)

安全保障のジレンマとは、軍備増強同盟締結など自国の安全を高めようと意図した国家の行動が、別の国家に類似の措置を促し、実際には双方とも衝突を欲していないにも関わらず、結果的に衝突に繋がる緊張の増加を生み出してしまう状況を指す。(Wikipedia)。

本書は次のように言っている。

自国の自助的行為(防衛力の増強)が他国には安全保障上の脅威ととらえられ、他国の自助的な行為(防衛力の増強)を引き起こし、軍備増強の連鎖的な状況が繰り返される場合、結局はどの国も安全保障を高めることができない状況がもたらされる。アナーキーな国際関係において国家が安全保障を高めようとする場合、各国間での軍縮の実行は難しく、軍備拡張競争が助長されるのである。

「自国」の安全を高めるために「軍備増強*2」が必要であるという発想こそが問題であると思う。「他国」とは戦争を仕掛けてくる侵略者なのだろうか。

いまある数字 96 を思い浮べた。ここで国連加盟国193ヵ国のリスト*3から、96番目の国がどこかを見てみると、タジキスタン*4であった。タジキスタンの軍事力(防衛力)はどのように評価されるか。上に述べられている安全保障のジレンマが見られるのだろうか。

「安全保障のジレンマ」論は、自国の安全を高めようとした行動が、逆に衝突につながる緊張の増加を生みだすという。何故こういうことになるのかが「囚人のジレンマ」というモデルで説明される。

軍備拡張競争が起こるのは、国家が自国の安全(国益)を最大化しようとする場合、各国家は軍事力の削減が互いにとってより良い結果をもたらすということが分かっているにもかかわらず、相手がどのような行動をとるのか分からないために、相手がどのような行動を選択したとしても、自国はより良い結果を得ようとして、非協力的行動=軍備拡張を選択してしまうからである。

「相手がどのような行動をとるのか分からない」というが、本当にそうだろうか。それは、まともに「軍縮交渉」をしようという気がないからではないのか。何故、軍縮交渉をしないのか。それは、軍備増強が利益となる勢力が政権を握っているからではないのか。こういうリアルな問題に、「対話」を無視した「囚人のジレンマ」というモデルをあてはめて説明することが適切であるとは思えない。

 

勢力均衡(Balance of power)

勢力均衡とは、各国間にパワーのバランスがとれていてどの国も支配的大国にならない場合、各国の安全が保障されるという考え方である。

国家が有するパワーは国力(national power)と定義される。ただし、国力が具体的にどのような能力を指すのかを考えてみると、国力の概念自体、非常に幅広いものであることが分かる。…一般的には、国力の主要な要素として軍事力などの強制的なハードパワーを思い浮べるだろうが、国際的な世論形成や課題の設定におけるパワーのように、自国の望ましい方向に他国を自発的に従わせるソフトパワーというべき側面もある。

 国力とは何か。

国際システムにおいて全ての国家は国際法的には平等であるが、現実的には軍事・経済・科学・技術・文化・情報・国民などの能力・影響力は異なっている。この国家の総合的な能力・影響力を総合的なものとして捉えた場合、国力として考えることができる。(Wikipedia)

Wikipediaは、国力の諸要素(国家のために使用することが可能なあらゆる手段)として、①自然、②国民、③軍事力、④経済力、⑤技術力をあげている。これらは独立な要素ではないが、それはさておき、やはり何と言っても、軍事力が最重要な要素であろう。安全保障のための勢力均衡とは、何よりもまず「軍事力」の均衡を意味しよう。安全保障のために、科学や技術や文化等々が均衡していなければならない、などとは誰も考えないだろう。とすれば、「軍事力」の均衡を「国力」の均衡と言い換えるのは、詭計の匂いがする。

勢力均衡は、国際関係の安定と国家安全保障を両立させる構造であるとして、国力自体の測定が難しいという問題を抱えながらも支持されてきた。

「支持されてきた」というが、いつ誰が支持してきたのだろうか。(一部の学者・政治家? 大多数の学者・政治家?)

ウィーン会議(1814-15年)の結果、ヨーロッパにおいては勢力均衡の構造に基くヨーロッパ協調という、比較的安定した安全保障の体制が約1世紀にわたって続いた。

歴史的なヨーロッパの事例で勢力均衡がどのように機能したのかを考えてみると、①支配的な大国の出現を抑え、主要国の独立が確保された、②大国間の戦争は減少し、戦争は限定的なものとなった、の2点であろう。このことから、勢力均衡が国際関係の安定に効果的な構造であるという評価が下されることが多い。しかし、大国間の戦争は減少したと言っても、戦争は数多く引き起こされ、またポーランド分割に見られるように中小国の独立は必ずしも保障されたわけではなかった。

 過去の一定期間に「大国間の戦争が減少し限定的なものとなった」ことをもって、「勢力均衡」(軍事力の均衡)政策が採用されてきた結果だと言うのだろうか。これは、全くもって自説に都合の良い事実解釈であろう。その後の歴史はどう推移したか。

ヨーロッパでの勢力均衡策は、ビスマルク時代(1871-90年)までは機能していたが、その後、勢力均衡を追求していくことによって、ドイツ、オーストリア、イタリアからなる三国同盟と、イギリス、フランス、ロシアからなる三国通商に強国は分かれ、対立していく。そして、二つの同盟に分かれた対立の中からオーストリア皇太子の暗殺事件(1914年)をきっかけに第一次世界大戦が勃発したのである。このような事実は、勢力均衡が国際関係の安定に果たす効果に疑問を提示する。実際、第一次大戦期、アメリカのウィルソン大統領は勢力均衡を、戦争を引き起こす邪悪な政策として嫌悪した。

勢力均衡が「戦争を引き起こす邪悪な政策」というのは言い過ぎかもしれないが、勢力均衡政策の実態が、軍事力増強政策(防衛力増強≒攻撃力増強)であるとしたら、「戦争を引き起こす可能性のある危険な政策である」というのは、妥当な評価であると思われる。

第一次世界大戦の原因は何であったか。

一般的に第一次世界大戦の原因には複合要因が存在するとされている。それらの内のいくつかを以下に示す。

Wikipedia第一次世界大戦の原因)

「勢力均衡」(→軍拡競争)が、第一次世界大戦の主要因であったかどうかは分からない。しかし、戦争を防ぐ役割を果たしたとも考えられない。

モーゲンソー(1904-1980)は、勢力均衡が国際関係に安定をもたらすと説いたが、勢力均衡がどのように成立するのかについては明らかにしていない。

だとしたら、このようなものは理論とは言えないだろう。

 

勢力均衡は、歴史的に多くは同盟という手段によって実現されてきた。同盟は、国家の安全保障を目的とする場合、仮想敵からの攻撃に対して二国または多数国間で結合することである。第二次大戦後は、自衛権の行使を相互に義務付ける集団的自衛組織が設立され、同盟とみなされている。国際連合憲章は、国家の自衛権を、個別的自衛権集団的自衛権に分け認めている。これは、軍事的攻撃から自国を守るという自助の原則が認められていることを示すものである。

自衛権」についての詳細は別途としたい。…但し、現在でも多数の軍事同盟が存在する*5ことは認識しておきたい。

 

核抑止政策

第二次大戦後、核兵器が開発されたため米ソ間の勢力均衡政策は新たな様相を帯びることになった。核抑止策の登場である。抑止とは、他者に受け入れがたい損害を与える能力と意思を示し脅すことによって、その者に自分に不利益をもたらす行動をとらせないことである。言い換えれば、ある行動をとった場合、被る不利益が、その行動をとることで得られる利益を上回るということを認識させることによって他者にその行動をとらせないというものである。

これは本書のいままでの記述に似合わず、はっきりした物言いのように思える。

抑止…国家間の軍事的関係において,相手方から危害や攻撃を受けるおそれのあるとき,相手のそのような行為に対して報復の形で相手により大きな損害を与えうることを黙示的あるいは明示的にわからせて,その行為を思いとどまらせることを予期する戦略をいう。このような抑止の戦略は,ソ連が原爆実験に成功(1949)してアメリカの核独占が終わり,核弾頭の運搬手段であるICBMの開発を含めて米ソ間で核兵器競争が激化した1950年代に入って生まれたものであり,以後の核戦略理論は,すべてこの抑止の思想を中心として展開されている。(世界大百科事典)

本書の説明には、「相手方から危害や攻撃を受けるおそれのあるとき」という限定がない。つまり、「相手方から危害や攻撃を受けるおそれのないとき」でも、核兵器によって「他者に受け入れがたい損害を与える能力と意思を示し脅す」ことによって、「自分に不利益をもたらす行動をとらせない」。…「相手方から危害や攻撃を受けるおそれ」があるかないかは自明ではない。「ない」と大多数の人が考えたとしても、何らかの「事実」を示して(極端な場合は「捏造」して)、「ある」と強弁することが可能である。こうなれば、「勢力均衡」ではなく「強国の論理」となる。

抑止という考え方は、古くから国際関係に限らず存在する。国際関係においても、自国を攻撃されないように他国を脅すという政策は昔からとられてきた。核兵器という、使用すれば甚大な被害が引き起こされる武器の登場により、安全保障の方策として核抑止という考えが生まれた。

冷戦期に米ソ両国が競って核兵器を開発したのは、自国の安全をより多くの核兵器(報復力)を持つことによって高めよう(即ち、相手の攻撃を思いとどまらせよう)と、両国が考えたからであった。従って核抑止政策は、米ソ両超大国が、両国間の勢力均衡核兵器によって維持しようとした政策とも言えるのである。またアメリカは、同盟関係を結んだ自国陣営諸国に対して先制攻撃をさせない政策をとった。この政策は、核の傘または拡大抑止という。このように核抑止政策は、同盟政策とも密接に結びついていた。

核抑止政策が追求された結果…核開発競争が引き起こされ…オーバー・キルの状況が常態化するに至った。このような核戦争の恐怖に依存した安全保障の方策は、勢力均衡というよりも恐怖の均衡(balance of terror)と呼ぶにふさわしいものであった。

本当に「核抑止政策は、米ソ両超大国が、両国間の勢力均衡核兵器によって維持しようとした政策」だろうか。とても「勢力均衡」が目指されたとは思えない。目指されたのは、相手国に「核兵器を開発させないこと」、開発後は「迎撃ミサイル」の開発等々によって、常に自国の軍事的優位性を保つことではなかったか。

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https://www.nytimes.com/interactive/2017/03/22/us/is-americas-military-big-enough.html

*1:トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」という言葉が思い浮かぶ。資本主義に逆行するトランプ政権「アメリカ・ファースト」の誤算 参照。

*2:「軍備」と「防衛力」と「自助的行為」の境界線に不分明なところがあるとしても、主張の重点は「軍備」にあるだろう。重点の置きどころを逆にした表現には何か狙いがあるのだろうか。

*3:Wikipedia国際連合加盟国」(最終更新 2019年4月13日)に出ているリスト。

*4:タジキスタンは、中央アジアに位置する共和制国家。旧ソビエト連邦から独立した国で、南にアフガニスタン、東に中華人民共和国、北にキルギス、西にウズベキスタンと国境を接する。…タジキスタン軍は陸軍、機動部隊、空軍及び防空軍、大統領国家警備隊、治安部隊で構成されている。その他、駐留ロシア連邦軍の第201自動ライフル師団も含んでいる。徴兵は、18歳の男子が対象となり、期間は2年間である。(詳細は、Wikipedia参照)

*5:現行の軍事同盟

日米安全保障条約(日米同盟)

米韓相互防衛条約(米韓同盟)

台湾関係法(事実上の米華同盟)

米比相互防衛条約 (米比同盟) (比:フィリピン)

太平洋安全保障条約 (米豪新3ヶ国同盟)

タナット=ラスク共同声明 (事実上の米泰同盟)(泰:タイ)

米州相互援助条約

北大西洋条約 (NATO同盟)

NATO主要同盟国

集団安全保障条約 (露雨白香吉塔6ヶ国同盟) (ロシア、アルメニアベラルーシカザフスタンキルギスタジキスタン

ソ越友好協力条約(ロシアに引継ぎ継続)[露越同盟] (越:ベトナム

ソビエト・シリア友好協力条約(同上) [露叙同盟]

英葡永久同盟 (イギリスとポルトガルの世界最古の同盟)

共通外交・安全保障政策(欧州連合)

5か国防衛取極 (英豪新星馬5ヶ国同盟)(イギリス、オーストラリア、ニュージーランドシンガポール、マレーシア)

中朝友好協力相互援助条約 (中朝同盟)

地域安全保障システム (東カリブ) (聖安多線円文格7ヶ国同盟) (セントクリストファー・ネイビス、アンティグア・バーブーダドミニカ国セントルシア、バルバドス、セントビンセント・グレナディーングレナダ

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