浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

心の場所探し 大脳辺縁系?

長谷川寿一他『はじめて出会う心理学(改訂版)』(29) 

今回は、第15章 脳と心 をとりあげる。*1

生物学の観点からみると、心の働きは脳の機能の一部であると考えられる。…心の成り立ちやメカニズムについて検討する際に、心の働きと脳の構造や機能との関係を知ることが役に立つ。

「心の働きは脳の機能の一部である」というのは当然のことのようにも思えるが、それは「心」が何であるかに関してあるイメージを持っているからであろう。後で「心の定義」の話が出てくるが、定義如何によっては、「心の働きは脳の機能の一部である」とは言えないだろう。

「生物学の観点」と言っているが、これは「科学の観点」と言った方がよいのではないか。おそらく「宗教の観点」からは、すべてが「神」あるいは「超越的存在」に帰せられるだろう。…科学の観点からは、それらの「宗教心」の発生が、脳構造の特定部位の機能障害とみなされるかもしれない。

 

進化の過程で出現した心

本書は、まず「生物は、進化のどの段階でを獲得したのか?」と問うている。「脳」であって、「心」ではない。

  • 単細胞生物(ex.アメーバ)には、まだニューロン神経細胞)はない。
  • 多細胞生物(ex.イソギンチャク)になると、感覚細胞と筋肉細胞の間で感覚情報を伝える介在細胞ニューロンの原始型)が出現する。
  • クラゲでは、多数の介在細胞が絡み合う網状の構造を持つ神経網があらわれる。プラナリアやミミズでは、ニューロンが集まって塊をなす神経節が体の縦方向に数珠状(梯子状)に並んだ形の神経系が出現する。神経節は、信号を伝えるだけでなく統合作用を持つ。(神経節は、それぞれほぼ独立に作用している)
  • 節足動物(ex.昆虫、エビ)になると、頭部にある神経節(脳の原始型)が発達して、神経系全体の働きがある程度統合される。…頭部神経節の主要な機能は、ステレオタイプな本能行動の実現である。
  • 脊椎動物になると、神経系の形態が根本的に変化して、神経系は脳と脊髄によって構成されるようになる。

最新の脳科学がどこまで進展しているのかは興味がないことはないが、ここでは以上の説明の詳細には立ち入らない。

f:id:shoyo3:20190826134256j:plain

https://print-kids.net/print/poster/doubutsu-seibutsu/doubutsu-seibutsu3.pdf

 

本書は、続いて、脳の構造と機能の複雑化の「どの段階で心が出現するのか?」と問うている。ここは「心」であって「脳」ではない。

脳の構造と機能は、「魚類→両生類→爬虫類→鳥類→哺乳類」という順序で複雑になるが、そのどの段階で心が出現するのか。答えは、心をどのように定義するかによって異なってくる。

脳の構造と機能は、「魚類→両生類→爬虫類→鳥類→哺乳類」という順序で複雑になると言うが、では無脊椎動物はどうなのか。脳はないのか。頭部神経節は?

ここには「脳の構造と機能の複雑化のどこかの段階で心が出現した」という前提があるが、これをもう少し広げて言えば、「生物進化のどこかの段階で心が出現した」という前提になるだろう。(この前提には、「生物進化」(複雑化)とは何か?という論点が含まれている)

「心の出現」を論じようというなら、「心」の定義(どういう意味で「心」という言葉を使っているか)が必要である。ここをはっきりしないと議論にならない。(話がかみ合わない)

本書は、心の定義を4つ挙げている。

  1. 環境に対する適応機能を持つこと → 原生動物[の段階で心が出現した-以下略]
  2. 経験から学べること→節足動物(ex.ザリガニ)
  3. 外界についての地図やモデルを自分の内部に保持して、それに基づいて適応行動を行うこと→脊椎動物
  4. 自分自身の心の状態や行動に気づくこと(自己意識を持つこと)→チンパンジーあるいはヒト

原生動物や節足動物は、無脊椎動物である。

この4つの定義を挙げながら、最後に次のように述べている。

いずれにしても、ヒトの祖先が、進化の過程で多様な環境に適応していく中で、次第に脳の複雑な構造と機能を発達させていき、やがて心と呼べるような脳機能を獲得した、と考えるのが妥当である。

本書は、心のどの定義を採用したのだろうか。「やがて心と呼べるような脳機能を獲得した」と言うのでは、何も説明したことになっていないと思うのだが…。*2

 

続いて、「ニューロンの活動」、「心の働きを担う脳」の説明があるがパスする。*3

以下、「脳の機能」として、1.感覚情報の処理、2.運動指令の発生、3.大脳辺縁系の動機付け・情動機能、4.新皮質系の認知機能と遂行機能、5.考え、自分を知り、行動する-「前頭前野」の思考・自己モニタリング・遂行機能について説明されている。1.は、視覚情報と聴覚情報の伝達経路の話、2.は運動の意志や命令が筋肉の動きに変換されるまでの経路の話であり、パスする。

 

古皮質-大脳辺縁系

すべての哺乳類が、基本的には同じ構造の大脳辺縁系を持っているので、大脳辺縁系は、ヒトとヒト以外の動物に共通する心の働きの基盤であると考えられる。

ヒト以外の動物>哺乳類なのに、こういう不用意な言い方をされるとは…。しかし「大脳辺縁系は、すべての動物に共通する心の働きの基盤である」というのは興味深い。ここで心がどういう意味で使われているのかは問題だが。

脳科学のきちんとした理解が必要なのだろうが、深入りしないで簡単に見ておこう。

大脳辺縁系とは、

  • 大脳辺縁系は、情動の表出、意欲、そして記憶や自律神経活動に関与している複数の構造物の総称である。生命維持や本能行動、情動行動に関与する。海馬扁桃体はそれぞれ記憶の形成と情動の発現に大きな役割を果たしている。(Wikipedia)
  • 大脳皮質のうち、旧皮質・古皮質からなる部分本能的行動・情動・自律機能・嗅覚をつかさどる。(大辞林
  • 本来,嗅覚との関連において発達をとげた脳の系統発生的に古い皮質部分で,おおよそ広義の嗅脳に相当する。(世界大百科事典)
  • 大脳辺縁系は、内分泌系と自律神経系に影響を与えることで機能している。大脳辺縁系は、側座核といわれる構造と相互に結合しており、これは一般に大脳の快楽中枢として知られている部位である。側座核は性的刺激、そしてある種の違法薬物によって引き起こされる「ハイ」な感覚と関連している。 (Wikipedia)
  • 自律系の統合中枢で,呼吸,循環,排出,吸収などに関与することから内臓脳ともいわれる。また情動の形成,個体および種族維持に必要な本能的欲求の形成が行われるので情動脳ともいわれる。ここを刺激すると,体性運動系および自律系に広い範囲の影響がみられ,また食欲,性欲に伴う摂食行動,性行動,集団行動などが起る。海馬回は記憶に関係している。(ブリタニカ国際大百科事典)

本書は、次のように述べている。

  • 大脳辺縁系の中で主に情動機能を担っているのは偏桃体である。偏桃体は、外界の対象が自分にとって有益なのか、あるいは有害なのかという、快・不快に関わる生物学的な意味づけを行っている。
  • 間脳の視床下部は、自律神経系や内分泌系を介して内臓活動や内分泌活動を調節し、内部環境のホメオスタシス(恒常性)を維持している。
  • 大脳辺縁系は、動機付け・情動機能を実行する際に視床下部からの情報を利用している。
  • 中脳から大脳辺縁系に至る神経経路の中には、報酬系と呼ばれるニューロンがある。報酬系は、報酬の到来を予測し、動機付けを高めることによって適応的な行動をとるために不可欠なシステムと考えられている。

さて以上を読んで、「大脳辺縁系は、ヒトとヒト以外の動物に共通する心の働きの基盤である」と了解できるだろうか。大脳辺縁系が、旧皮質・古皮質からなる部分で、動物に共通な「本能的行動・情動・自律機能・嗅覚」の機能を果たしているらしいことはわかるが、それが「心の働きの基盤」というためには、何が「心の働き」なのかの定義が必要だろう。例えば、採餌行動や性行動は、心の働きなのか。快・不快は心の働きなのか。

*1:前回の「概念と言語」の後半では、チョムスキー生成文法の説明があるが、これはパスする。言語の起源については関心があるが。

*2:

心はどこにあるのか? 森直久は次のように述べている。

「心の場所探しの歴史は古く,たとえばアリストテレスは胸(心臓)にあると考えました。好きな人を想像して胸がドキドキすることがありますよね。医術の祖ヒポクラテスは脳にあると考えました。あなたを含めた現代の多くの人たちと同じです。これに対して,心を別個の存在として認めようとする立場もありました。中世の哲学者ルネ・デカルトは魂の存在を公言しました。でも脳とは別の心って何なのでしょう。どこにあるのでしょう。そもそも場所探しという問いかけが間違いだと言ったのは,ギルバート・ライルという哲学者です。心の場所探しをするのは,大学を構成する建造物と大学という機能を同一視する誤り(カテゴリーミステイク)であるという,比喩を使った彼の主張は説得的です。これは機能主義という立場です。心とは脳というハードウェアを基盤として成立するソフトウェアであるとみなす,初期の認知科学で散見された見解もこれです。でも結局,外側から人間の振る舞いを見たとき,心があるように見えるだけであって,実際には物理的実体である脳だけがあるのではないかと反論がなされるかもしれません。特定の精神活動と対応して活性化する脳の特定部位があったり,脳細胞の変質と精神機能の低下が相関したり,近年の脳研究の成果は,心とは脳であるという言明を強く支持しているようにみえます。これは還元主義という立場です。心理学は脳科学に吸収されてなくなってしまいそうですね。…(以下、省略)」(https://psych.or.jp/interest/ff-38/

*3:この説明で青字(強調)になっている用語だけを列挙しておく。(1)ニューロンの活動:樹状突起、細胞体、軸索、軸索終末部、シナプス神経伝達物質、受容体、伝導、伝達、活動電位。(2)心の働きを担う脳:脳幹、大脳半球、大脳皮質、新皮質、前頭葉頭頂葉、側頭葉、後頭葉大脳辺縁系、海馬。