浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

経済成長と社会保障の関係をどう考えたらよいのか?

香取照幸『教養としての社会保障』(6)

今回は、第3章 日本の社会保障-戦後日本で実現した「皆保険」という奇跡 の続き(p.74~)である。

まず、「高度成長との二人三脚」という節で、香取は以下のようなことを述べている。

  • 皆保険制度ができた(1961年)のは、高度成長の開始時期にあたり、高度成長と共に医療給付の内容が充実していき、医療費が増えるとともに保険料率も上がっていったが、所得上昇がそれを上回っていたので、負担感なしで増大していく医療費を賄うことができた。
  • 地域社会の機能が失われていなかったので、地域社会や家族のインフォーマルな助け合いが力を発揮していた。
  • 企業の福利厚生もしっかりしていて、結婚していれば配偶者手当、子どもがいれば扶養手当、社宅もあって住居手当もある、といった具合で現役世代に対しては企業が様々な支援をしていた。
  • 結果論だが、この高度経済成長期に社会保障のネットを張り巡らすことができたことが、その後の日本の社会保障発展の基礎をつくった。

皆保険制度と経済成長は本来関係ない。経済成長の高低にかかわらず、皆保険制度は必要である。そもそも保険とは、「みんなでお金を出し合って、プールして、リスクに遭遇した人に分配する」仕組み(「共助」の仕組み)であることを忘れないようにしよう。(2019/6/22  社会保障 「自助」(自己責任)を基本にして良いのだろうか? 参照)。

香取がここで述べていることは、経済成長等で、保険料拠出が比較的少なくてすみ、医療給付の内容が充実していったということであり、それはその通りだと思う。

 

次に、「社会保障制度の曲がり角」という節の「経済の停滞、雇用・家族・地域の変容」及び「人口減少と経済の停滞」という項で、香取は以下のようなことを述べている。

  • 70年代から80年代に入ると、社会や経済の構造変化に伴い問題が噴出してくる。
  • 高度成長が終焉し経済が停滞し始めた。*1
  • 少子高齢化が進んだ。*2
  • 雇用の安定が崩れ始めた。*3
  • 家族の形態や地域社会の有り様も様変わりした。*4
  • 会社でも非正規社員が増え、企業社会内の結びつきが弱くなってきた。

これはよく言われていることであり、異論はない。

そうすると、それまで個人のアイデンティティの基礎を支えていた家庭での役割、地域コミュニティや企業への帰属意識が揺らぎ始める。私は誰?――となって、自殺、鬱、いじめなど、社会の病理現象が頻発し始める。こういった事象はかつてもあったが、どんどん顕在化し、拡大し、深刻化しているのがこの時代である。

こうした問題は、従来私たちが用意してきた社会保障制度では十分対応できない問題だから、新たな施策が求められる。

ここにあげられているような社会の病理現象は、極めて根の深い問題であり、簡単に対応できるような問題ではない。

結論的に言えば、こうした問題は社会全体で受け止めなければいけない問題、福祉や医療、保健、生活支援など様々な施策を複合的に組み合わせていかないといけない問題だが、基本的に自殺や鬱、いじめといった問題は、現場で一人ひとりに伴走的な支援を行う中でしか解決できない問題で、単に新しい制度を作るというだけでは解決できない。そして現場の問題解決能力を高めるには、人材とおカネと時間が必要である。こうして社会保障の守備範囲というか、やらなければならない仕事がどんどん増えていくというのが現実である。

現在の社会保障の諸施策をいくら組み合わせても解決できるような問題であるとは思えない。現場の問題解決能力を高めたところで、どうしようもないように思える。

  • 現行の社会保障制度を設計した当時の前提条件だった当時の人口構成や経済成長、あるいは家族や地域社会の構造が変わった。だから、それに合わせて社会保障も変えていかなければならない。
  • これまでも様々な個別の制度の改善や、加入者の負担増、組織や運営の効率化などをしてきたが、全体の構図を見ると、今や小手先やその場しのぎの改善改革では追い付かない、社会保障全体の組み立てを見直さないといけないというところまで事態は進んでいる。

香取が社会保障全体をどのように組み立てるべきと考えているかは、今後説明があるだろうから、そのときに考えたい。

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https://himawari.press/20181213-40.html

 

続いて、「巨大化し経済を支える社会保障」という項で、香取は以下のようなことを述べている。

  • 社会保障が経済や財政に与える影響をよくよく考えた上で、制度の再設計をしなくてはならない。
  • 高齢化社会では、社会保障は、負担だけではなく経済を支えるという側面がこれまで以上に大きくなっている。
  • 年金の給付額は地方経済を支える規模にまで膨らんでいる。介護や高齢者医療などの関連事業分野が大きくなっている。保育などの子育て支援サービス、家事労働を外部化するサービスなどが大きな雇用を生む。
  • 社会保障を単に社会の負担だと考えるのではなく、経済成長の牽引役として社会保障を捉えるべきだ。
  • 保護と依存ではなく、社会への参加を保障する、つまりは自立を支援するという視点で社会保障を組み立て直そう。
  • 厚労省は随分前(旧厚生省時代)からこういう考え方を提唱してきた。そういう柔軟で複眼的な考え方ができれば、成長と社会保障を両立させるとか、自立支援のための雇用保障、生活保障といった議論に発展する。
  • 財政再建と経済成長と社会保障の機能強化と、全部まとめてトータルに考えなければならない。
  • 医療も年金も介護も子育ても、一つひとつが解決していかなければ大きな問題だが、個別に一つひとつばらばらに考えるのではなく、全体をパッケージで考えなければならない、経済や財政と一体に考えて答えを出さないといけない。
  • 1990年代の消費税導入とゴールドプラン策定、介護保険の創設、後期高齢者医療制度の創設、マクロ経済スライドを導入した年金制度改革、社会保障と税の一体改革、年金積立金運用改革(GPIF改革)、子ども子育て新制度の創設と、ここ10年以上、政権交代を挟んで社会保障改革は誰が与党になっても歴代内閣の主要改革だった。

トータルに考えないといけない、というのはその通りだと思う。ただ、経済成長とか、自立支援に重点をおくのはどうかと思う。経済の低成長あるいはマイナス成長、また自立できない人に対して、「共助」、「公助」の理念でどれだけ対応できるか。

*1:1956年から1973年までの17年間、平均実質経済成長率は9.1%だったが、1991年から2010年の19年間は0.9%である。(以下、脚注はすべて本書より)

*2:高齢化率(65歳以上人口が総人口に占める割合)は、1970年の7.1%から1990年には12.1%、2010年は23.0%となって当時の高齢化先進国スウェーデンを抜いて世界一の高齢化率の国となった。直近では26%に達し、国民の4人に1人が65歳以上高齢者である。人口も2007年をピークに減少に転じている。

*3:非正規の社員・従業員は1984年時点で604万人、全雇用者の15%だったが、2010年には1756万人に膨れ上がり、全雇用者の34%を占めるに至っている。かつては非正規と言えば、主に主婦のパートや学生のアルバイトだったが、現在では家計の主たる担い手、つまり一家の大黒柱が非正規労働者であることは珍しくない。

*4:三世代同居が一般的だった時代から核家族へ、そして今では単身世代や一人親家庭の比率が高くなり、家族の形態が多様になった。それと軌を一にして地域社会の人々同士の関係も希薄になってきている。そのため例えば、子育てや高齢者介護など、以前は家庭や地域社会の中である程度解決できていた問題が、なかなか解決できなくなっていく。