浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

国際関係における安全保障 → 人間の安全保障

久米郁男他『政治学』(24)

今回は、第8章 国際関係における安全保障 第1節 安全保障のジレンマとその回避 の続きである。

「国際制度による安全保障」の項では、米ソ対立の解消は、軍備管理・軍縮への取り組みを進展させ、いろいろな条約が締結されたと述べている。また協調的安全保障の例として欧州安保協力機構(OSCE)についてふれている。

「国内的要因による安全保障」の項では、統合理論、新機能主義、経済的相互依存論、民主的平和論についての一行説明がある。簡潔すぎて、コメントのしようがない。

第2節は、「武力紛争の回避」である。「武力紛争は、国際的な危機がエスカレートして勃発する」として、国際的な危機がチキンゲーム*1で説明される。

危機においては、相手からの譲歩を引き出すために、しばしば瀬戸際外交と呼ばれる危機をエスカレートしかねない戦略がとられる。…瀬戸際外交は一つ間違えれば軍事的衝突を招きかねない戦略である。

合理的なアクターであるにもかかわらず、なぜ交渉による合意ではなく、それより費用が高い戦争を選択するのか。

フィアロンは、交渉の決裂をもたらす要因は、①情報の非対称性、②コミットメントの問題、の存在であると指摘した。

①情報の非対称性…危機の直面した国では、自国の意図や能力を公表することはせず、自国の有利になるように情報を意図的に操作する誘因が働く。…情報の操作は、危機をエスカレートさせるばかりでなく、費用と便益の判断に影響を与える。戦争に勝利する可能性が高く、勝利から得る便益が多いという判断がなされた場合、戦争が勃発する。

②コミットメントの問題…約束を履行せずに戦争に訴えるのではないかという不信が存在する場合、当事国の合理的判断は影響を受ける。…相手が約束を履行するかどうかをどのように判断するかによって、戦争に訴える可能性が生じる。

フィアロンによれば、武力紛争を回避するには(この場合、当事国が戦争を望んでいないという前提がある)、意図や能力についての共有する情報を増加させ、コミットメントの程度を示すことが必要であろう。この点から、自国の国益と武力紛争の回避を両立させるためには、信頼醸成措置や外交の重要性はいうまでもないのである。

「武力紛争の回避」というタイトルで、このような説明がなされると、何というか情けなくなる。…なぜこのような表面的な分析で満足しているのか。「信頼醸成措置や外交の重要性はいうまでもない」などと当たり前のことを言うだけなら、小学生でも言える。…なぜ互いに信頼できないのか(しないのか)。なぜ国益(自国ファースト)なのか。なぜ同じ人間として対話できないのか(しないのか)……。

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http://www.weinstitute.org/human-security.html

 

第3節は、「冷戦後の安全保障」である。本書の発行は2003年であり、仕方ないのだろうが、新冷戦への言及はない。現在の新冷戦をみれば、冷戦の終結とは何であったのかの再評価が必要だろう。本書に書かれていることは冷戦終結後の数年の動きとしてよく知られていることであるが、何かを主張しているとも思えないので、コメントしないことにする。ただ、その中で、「人間の安全保障」というのは重要な概念であると思えるので、別途とりあげることにしたい。本書は、次のように述べている。

人々の価値という点から考えると、武力攻撃だけではなく貧困、環境汚染、人権侵害なども脅威の源泉と考えられるようになって、安全保障の概念自体が拡大してきている。国家の安全保障が個人の安全保障と同義であることを暗黙裡に想定していた国家安全保障という考え方は、国家の安全保障が必ずしも個人の安全を保障しないという事態(内戦、人権侵害、環境汚染など)に直面するにつれて、再検討を迫られている。人間を中心とした多義的な安全保障を表す「人間の安全保障」が唱えられるようになった。

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https://www.jica.go.jp/activities/issues/special_edition/security/summary01.html

*1:チキンレース…相手の車や障害物に向かい合って、衝突寸前まで車を走らせ、先によけたほうを臆病者とするレース。(デジタル大辞泉