浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

エコー・チェンバー、そして「部族社会」

山岸俊男監修『社会心理学』(6)

今回は、第2章 社会心理学の歴史的な実験 のうち「リスキー・シフト実験」の関連として、「エコー・チェンバー(Echo chamber)」をとりあげる。(本書に説明はない)

echoは、こだま、反響、共鳴、付和雷同、模倣の意味。chamberは、室、会議場の意味。

 

「自分の声」があらゆる方向から増幅されて返ってくる閉じた空間、エコー・チェンバー(Henry Mühlpfordt) 

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以下、Wikipediaの説明による。

  • 同じ意見を持った人達だけがそこに居ることを許される閉鎖的なコミュニティがあり、そのような場所で彼らと違う声を発すると、その声はかき消され、彼らと同じ声を発すると、増幅・強化されて返ってきて、「自分の声」がどこまでも響き続ける。

ここで「閉鎖的なコミュニティ」という言葉を、おおまかに「関心や利害が共通するメンバーで構成される組織」と理解しておこう。趣味のサークルから会社組織、各種団体、国家まで、さまざまな組織が考えられる。もちろん閉鎖の度合いも異なるので、上に記述されているように、「自分の声」が「増加・強化」されるかどうかは、一義的に定まらない。だけれども、いろいろな組織は何らかの目的をもって組織されているので、基本的な方向性に沿った意見に集約されると考えられる。だから自分がその基本的な方向性に沿った意見を述べれば、賛成される場面は多いだろう。従ってこのような組織を「エコー・チェンバー」(反響室、共鳴室)と捉えることは、なかなかうまい捉え方であると思う。 

  • 閉鎖的なコミュニティの内部で、誰と話しても自分と同じ意見しか返って来ないような人々の間でコミュニケーションが行われ、同じ意見がどこまでも反復されることで、特定の情報・アイデア・信念などが増幅・強化される

増幅・強化されるのは、特定の情報・アイデア・信念などである。「理念」とか「方針」とか「改善案」もこの中に含まれる。

  • 閉鎖的なコミュニティ[エコー室]内の「公式見解」には疑問が一切投げかけられず、増幅・強化されて反響し続ける一方で、それと異なったり対立したりする見解は検閲・禁止されるか、そこまでならないとしても目立たない形でしか提示されず、すぐにかき消されてしまう。そうするうち、たとえエコー室外から見た場合にどんなにおかしいことでも、それが正しいことだとみんなが信じてしまう。

閉鎖的なコミュニティ(組織)の「公式見解」に疑問を持ったとしても、異見や対立見解はかき消される。「公式見解」は、組織の執行部により表明される。こういう状況が続けば、異見や対立見解が表明されることもなくなる。政党や官僚組織や会社組織を考えれば理解されよう。

  • メディアの報道は、しばしばエコー・チェンバー現象を引き起こす。マクマーティン保育園裁判を検討したデビッド・ショーは、「メディアは、大事件が起きた時にしばしばそうなるように、概ね集団となって行動し、記者たちの書く記事も放送される内容も、お互いを参照しあいながら、恐怖のエコー・チェンバーを創り上げていた。…報道機関の根本的な欠陥があらわになった。怠慢、浅薄、馴れ合いや、最新の衝撃的な主張を最初に伝えようと躍起になって探る姿勢で、ジャーナリズムの原則である公正と懐疑を記者や編集者たちはしばしば放棄している」と述べた。

デビッド・ショーは、マクマーティン保育園裁判について述べているのだが、今回の新型コロナウイルスパンデミックについても、同様に「恐怖のエコー・チェンバー」を創り上げた(創り上げている)のではないだろうか。(恐怖感を煽る、冷静にデータを見ない・報道しない、懐疑を無視する)

 

  • インターネット上には、自分との考えとよく似た、あるいは自分が賛同できるような特定の見解をすぐに探し出して、スマホで1回タッチするだけで「いいね!」したり「リツイート」したりできるシステムがあるので、インターネット上で情報を検索する人は、そういう書き込みをした、自分と同じような興味・考え方の人との間で情報をやり取りすることになりやすい。そういう人たちが寄り集まることで最終的に形成されるオンライン・コミュニティが「インターネットにおけるエコー・チェンバー」である。
  • FacebookGoogleTwitter といった会社は、ひとりひとりが受け取るオンライン・ニュースに、各個人に最適化された特定の情報機械的に盛り込むアルゴリズムを立てている。このような機械的な手法は、マスメディアにおいて「生身の人間の編集者が、個々人ではなく『マス(大衆)』向けに情報を提供する」という伝統的なニュース編集の機能に代わるものとなってきている。

これはある意味深刻な事態である。何故なら、

  • こうなると、もはや自分の意見と異なる意見を検索して見ることが出来なくなり、結果として泡(バブル)のような狭い閉じた空間にとらわれたように、自分の見解と異なる観点の情報から遮断されてしまう
  • インターネットの登場で、個々人の誰もが情報が発信できる「情報の民主化」が起き、これによって人類が地球規模で繋がるようになるという希望がかつてはあったが、結局はFacebookなどのソーシャルニュースフィードやアルゴリズムが、かつて人類が果たしていた役割を代行することになったがために、かえって人間同士の繋がりがバラバラになり、民主主義を破壊する事態を引き起こしている
  • インターネットのコミュニティは、一見国内だけでなく世界中の様々な考えの人々がいるように思えるが、実際のオンラインのソーシャル・コミュニティは、それぞれのコミュニティごとに考えが断片化しており、同じような考えの人々が集団として集まり、コミュニティを構成する全てのメンバーが特定の偏った方向に同じ意見を持っている。

このようなコミュニティに参加する人は、自分がエコー・チェンバー(エコー室)の中にいることを自覚しなければならない。これは何もSNSだけの話ではない。リアルの組織においても、その組織がエコー・チェンバー(エコー室)であることを自覚すべきである。

 

  • エコー・チェンバー効果は、ある個人の現在の世界観を強化し、それを実際以上に正確で、広く受け入れられた考えであるかのように誤解させる。
  • インターネットによって国や地域を超えて世界中の人々が考え方を共有する「グローバル社会」となるはずの時代でありながら、国や地域よりもっと小さい人々の集団である部族(トライブ)同士が対立していた原始時代に戻ったかのように、特定の考え方を共有するごく少数の人間で構成される極めて結束が強い集団同士が対立しあう。

うーむ。インターネットは、グローバル社会ではなく、部族(トライブ)社会をもたらす!

もちろん、これで良いはずはない。どうすべきなのか?