浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

私の父親は誰?

立岩真也『私的所有論』(32)

今回は、第4章 他者 第5節 生殖技術について 第3項 偶然生まれる権利 である。「偶然生まれる権利」とはどういう意味か不明であるが、生殖技術で生まれた「子どもの立場」から何が言えるのかについて述べられているようである。しかし記述は錯雑としている感がありコメントしづらい。

そこで、本書を離れて、「出自を知る権利」について、少し考えてみることにしたい。

 

「絶対、秘密」だったAID――「出自を知る権利」親子それぞれの思い*1(2018/12/14)

AID(Artificial Insemination by Donor、非配偶者間人工授精)は、生殖補助医療*2の一つである。

  • 織田夫妻は2人とも一重だが、娘はくっきりとした二重だった。織田さんが話す。「外国人のような顔立ちで、近所で遊んでいると、他のお母さんに『ご主人はどこの国の方?』って聞かれるくらいだったんです。髪の毛も茶色いし、どうしようもなく似ていなかった……。赤ちゃんのころは、かわいいですねと言われると嬉しかったんですけど、だんだん、もっと日本人っぽい顔だったらよかったのに……と思うようになっていって」。織田さんは自分の髪の毛を茶色く染めてごまかした。

これは、親や社会の問題であり、子どもの「出自を知る権利」ではないだろう。

  • 医学部の学生だった加藤医師は29歳のとき、実習も兼ねて自分と両親の血液型を調べた。すると、父親と自分に遺伝的なつながりがないことがわかった。「ずっとあるべき大前提みたいなものが、ストンと空白になるというか、喪失感みたいなものがあった。あと、両親にだまされたというネガティブな感情が湧きおこりましたね」
  • これまでの日本におけるAIDの決定的な欠陥を、加藤医師はこう指摘する。「親の気持ち、提供者の気持ちばかりを取り上げ、誰も子どもの気持ちを考えようとはしてこなかった。当然、子どもには『出自を知る権利』もない。両親の意図に反して真実が明らかになった場合、その心理的負担は全部、子どもにくるんです」

これは加藤医師の感情であり、これをもって一般化はできないだろう。両親はだましていたわけではなく、子どものために黙っていたのだという両親の思いを汲むことはできなかったのだろうか。

  • 今、「出自を知る権利」を法で保障することは、世界的な流れでもある。1989年に採択された国連の「子どもの権利条約」の第7条においては「できる限りその父母を知り、かつその父母によって養育される権利を有する」と規定されている。

「できる限りその父母を知り」の立法趣旨は何だろうか。生殖補助医療を念頭においてのものか。「知る権利」を行使して明らかになったドナーは養育の義務があるというのだろうか。

  • 加藤医師はAIDという治療法自体を否定しているわけではない。「どんな方法でも子どもをつくりたいという親の思いは、止められないと思うんです。あらゆる事実がそう言っている。そこは万国共通ですよ」
  • 事実を知りたい子と隠したい親、両者の言い分ともに理解できると話すのは、2003年、すまいる親の会の結成に尽力した城西国際大学看護学部教授の清水清美氏だ。「過去の慶応大の調査では、将来、子どもに事実を伝えるという親は10%もいなかった。昔の親は医療者に伝えない方がいいと言われ続けてきたわけですから、その認識を変えるのはすごく難しいと思う。子どもたちも、もう大人になっていますしね」

生殖補助医療に対する社会の意識を考慮すれば、黙っている(隠すのではない)という選択は妥当ではなかろうか。

  • 今の親は告知することを考えざるを得ない。加藤医師らAIDで生まれた子どもたちによって秘密にすることのデメリットが明らかになり、また、民間会社に依頼すれば簡単にDNA鑑定ができる時代になった。清水氏が続ける。「正確な数字はわかりませんが、隠すことに心を砕くのではなく、正直な親子関係を築こうと、子どもに伝えた親、伝えようと思っている親は確実に増えていると思います」

黙っていることのデメリットがあるのかもしれないが、よくわからない。

  • 織田さん夫妻が娘(中学1年生)に告知したのは12月31日だった。改まって話があると言うと、娘は最初、お小遣いをくれることにしたんでしょうと喜んだ。そんな勘違いが場を和ませた。夫婦は、言葉を尽くし、これまでのこと、そしてこれからのことを娘に語って聞かせた。織田さんが回想する。
  • 「ふーんという感じで、『ああ、わかった』って。取り乱すかと思っていたら『よかった』とまで言うから、『何がよかったの?』って聞いたら、『(ドナーが)変な顔の人じゃなくてよかった』って。ドナーの方の顔が見られるわけではないんですけど、自分の顔を見ればだいたい想像はできるじゃないですか。中1の女の子らしいですよね」

両親と娘の愛情が感じられる言葉ですね。

  • 慶大病院産科診療部長の田中守医師はこう危惧する。「『出自を知る権利』の問題が出てきて、提供者が少しずつ減ってきていた。登録病院もピーク時と比べるとずいぶん減りましたからね。どこもドナー不足が理由でしょう。これまでうちはドナー情報は患者さんには知らせずにやってきましたが、将来、情報開示が義務化される可能性はゼロではない。提供をお願いする際、そのことをお話ししないわけにはいかないので」
  • 日本では精子提供で生まれた子どもの親子関係を定めた法律がなく、ドナーが、のちに扶養義務を負わされるなど親子関係のトラブルに巻き込まれる可能性も否定できない。
  • 世界的に「出自を知る権利」を認める方向に流れているが、フランスでは2011年、ドナーを確保するために「匿名性を維持する」法律を定めた
  • 「日本で今、いちばん困っているのは、少子化だと思うんです。だから、何らかの方法でお子さんを持つ手段を提供してあげることは大事な気がしますけどね……。今、『出自を知る権利』を全面的に認めてしまうと、ドナーの方がいなくなってしまう。デンマークのように匿名と非匿名、両方を認めるとかしないと、この治療自体が行き詰まってしまう。もう、本当に1秒も待てない状況だと思いますよ」
  • 織田さんも、AIDの将来の話になると表情が暗くなった。ただ、こんなことを思い出し、ぱっと明るくなった。「娘が『AIDの治療がなくなったら困るな……』って言うんです。何でと聞いたら、『もし自分が結婚した相手が無精子症だったら困るじゃん』って」

よくできた娘だねぇ。

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https://www.todayonline.com/world/their-mothers-chose-donor-sperm-doctors-used-their-own

 

AID治療の実際

慶応義塾大学医学部は、AID治療の実際について次のように述べている*3

現在、日本では精子が匿名で提供されているため、本法で産まれた子どもは遺伝上の父親を知ることができません。また逆に提供者も自分の子どもを特定することはできません。さらにAIDの事実を子どもに知らせるかどうかについても、親の判断に任されています。

しかし、1989年11月20日国連総会において批准された児童の権利に関する条約子どもの権利条約)第7条には「子はできる限りその父母を知り、かつ父母によって養育される権利を有する」とあり、最近になっていくつかの国では子どもの知る権利を認める方向にシステムを改変させています。我々がこれまでに行った子どもの発育・発達・学業成績調査や出生後の父親の意識調査から、匿名による精子提供を前提とした我が国のAID治療は、それ以外の治療では親になれなかった多くの夫婦に健全な家庭をもたらし、健全な精神・身体能力をもつ子どもたちを育てる事が可能である事を示しています

また一方で、AIDの事実が明らかになったときに子どもがうける痛手ははかり知れません。AIDで生まれてきた子ども達が望まれてこの世にあらわれ両親に愛されて育ってきたことは事実ですが、問題が起こりうる治療である事も確かなのです。外来でよくご相談した上で手続きを行います。尚、生まれてくる子の福祉を考え、当院では夫婦のいずれかが日本国籍を有する場合に限りAIDを行っております。

そもそもなぜ生殖補助医療が必要とされるのか。「社会の問題」により、妊娠・出産適齢期を逸していることが基本的な問題ではなかろうか。

*1:https://news.yahoo.co.jp/feature/1167

*2:生殖補助医療…1.人工授精:精液を、注入器を用いて直接子宮腔に注入し、妊娠を図る方法。夫側の精液の異常、性交障害等の場合に用いられる。精子提供者の種類によって、(1)配偶者間人工授精(AIH)、(2)非配偶者間人工授精(AID)に分類される。2.体外受精:体外での受精には、IVF体外受精)、ICSI(顕微授精。卵細胞質内精子注入法)といった方法がある。3.代理懐胎:(1)サロゲートマザー(代理母):第三者の女性に夫の精子を用いて人工授精し、妊娠を成立させて子どもをもうける方法。(2)ホストマザー(借り腹):自分の子宮による妊娠が不可能な妻の卵子とその夫の精子体外受精させ、その受精卵を代理懐胎者の子宮に移植し出産させる方法。(2020/03/24 生殖医療技術を概観する 参照)

*3:http://www.obgy.med.keio.ac.jp/clinical/obstet/aih_aid.php#top