新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(59)
※ 当ブログのCOVID-19関連記事リンク集 → https://shoyo3.hatenablog.com/entry/2021/05/06/210000
最近の話題は、法改正とワクチンですが、これを検討する前に、依然として重要な(「感染者数」にかかわる)検査について再度考えてみたいと思います。
私は素人ですので、PCR検査のCt値に興味があります*1。そこでCt値にふれている舘⽥⼀博(⽇本感染症学会理事⻑)の「COVID-19 検査法および結果の考え方(2020年10月12日)」をとりあげることにします。
PCR検査のCt値
舘⽥は、PCR検査について、次のように述べている。
遺伝子検査法では増幅に必要なサイクル数(Ct 値)などをもとに、検体中に存在するウイルス遺伝子数を推定することができる。低いCt 値で陽性になる場合にはウイルス遺伝子が多く、逆に陽性となるまでに要する Ct 値が高い場合にはウイルス遺伝子数が少ないと判断する。さらに、Ct 値が高い(ウイルス遺伝子数が少ない)場合には、たとえ遺伝子検査が陽性であっても、その検体から感染性を示すウイルスが分離されにくくなることに注意する必要がある。また、Ct 値は検査系(機械・試薬等)によって数値が変動するので、数値の一般化が出来ないことにも留意するべきである。
Ct 値が高い、即ち「ウイルス遺伝子数が少ない」場合には、たとえPCR陽性であっても、その検体から感染性を示すウイルスが分離されにくくなる。ウイルスが分離されにくいということは、感染性がないということである。
(以下のグラフとその説明が面倒であれば、<何が言えるのか>の項だけ見てください)。
図 1.COVID-19 発症前後で予測される検査結果
Sethuraman N et al. JAMA. 323:2249-2251, 2020.より和訳して引用
鼻咽頭拭い液の遺伝子検査陽性は数週間にわたって持続するものの、ウイルスを分離できるのは図 1 において発症から約1週間後までとなっている。
PCR陽性は数週間持続する(青実線)。しかし、ウイルスを分離できる(感染性がある)のは、発症から約1週間後である(ピンク実線)。IgG抗体、IgM抗体については脚注参照*2。(なお、発症と検査陽性判明時点とは異なる)
舘⽥は、抗原検査法や抗体測定法も説明しているが、これは省略する。
「検査結果から感染性をどのように評価するか? 感染性を評価するための検査の考え方」が、本稿の眼目であろう。次図は、発症後日数とCt値との関係である。
図 2.COVID-19 患者における発症からの日数と PCR 検査 Ct 値との関連(n=408)
蜂巣友嗣,他. IASR 2020;41:117-118.より引用
長期間の遺伝子検査陽性を示す患者において、いつまで隔離を行う必要があるのか(感染性はいつまで続いているのか)の 判断に苦慮することが多い。
図2に COVID-19 発症後の日数とウイルス遺伝子数(Ct 値)の関連を示した(408 症例)。発症時点での Ct 値は 20 前後であったものが、日数が経過するごとに Ct 値は高くなり(ウイルス遺伝子数が減少)、発症 9 日の時点でCt値は 30.1 となっている。
図 3.ウイルス分離結果と Ct 値および発症からの日数との相関
Singanayagam A. et al. Euro Surveill 25:2001483, 2020 より和訳して引用
図3には発症からの日数とCt値およびウイルス培養結果の関連を示した。Ct 値が高くなるに従い(ウイルス遺伝子数が減少)、検体からのウイルスの分離率が低下していることがわかる。また、発症からの日数が経つにつれてウイルスの培養率が低下し、約 10 日 後にはほとんどウイルスが培養されなくなることが示されている。
ウイルス量が少なくなるにつれて、ウイルス分離率(=感染力)が低下し、また発症後日数経過とともにウイルスの培養率が低下することは当然予想されるところである、具体的な数値に注目すべきだろう。
Wölfel R, et al. Nature 581: 465-469,2020 より和訳して引用
図4は検体別の発症後日数とウイルス培養の関連および発症後の抗体陽転率との関連を示している。
a.ウイルスの分離は発症後 8 日目までであり、その後のウイルスの分離はみられていない。
b.発症後 5 日目頃から抗体価の上昇がみられだし、発症 8 日目には約 80%の症例で抗体が陽性となり、それ以降ではウイルスの分離がみられない。
これらの成績は、ウイルスの分離(すなわち感染性)は、発症からの日数およびウイルス RNA 量に、強く依存している可能性を示すものである。
何が言えるのか(1)
これらのデータの信頼性はどれほどのものかよくわからない。海外の論文を読んでばかりいないで、日本で実際にこのようなデータをとろうという感染症専門家はいないのだろうか。特にウイルス分離はどれほど行われているのだろうか。
図4の引用文中で赤太字にしたところは、検査陽性であっても、Ct値が大きければ(ウイルス RNA 量が少なければ)、他者にうつすことはないと言い換えられよう。
他者にうつすこともないのに、自宅なりホテルなりに隔離することが許容されることなのか、というのが問題提起である。
ウイルス RNA 量[Ct値]がどれだけであろうと、無症状陽性者は、他者(とりわけ高齢者)にうつす危険があるというなら、その論拠は何であるのか。これまで実際にどれほど他者(とりわけ高齢者)うつしたのか、データで知りたいところである。
「無症状陽性者でも急変することがある」などということのみがクローズアップされるだけで、無症状陽性者の実態の冷静な分析がなされていないように見受けられる。
「犯罪の可能性だけで身体拘束することは許されることではない」ということは、誰もが認める原則ではないか。
にもかかわらず、「犯罪の可能性がほとんどないと考えられるが、身体拘束することは許されることである」と考える人が多いというのが現状ではないか。
何が言えるのか(2)
しかし……。
以上のように述べるだけでは、「検査-隔離」問題の合意を得られない。
事実認識としては、舘⽥の言う「ウイルスの分離(すなわち感染性)は、発症からの日数およびウイルス RNA 量に、強く依存している可能性を示す」は、ほとんどの人が認めるだろう。
この事実を認めても、「検査-隔離」論者は、自説を曲げないだろう。
この事実から、「検査-隔離」してはならないとか、「検査-隔離」すべきであるという判断は導かれない。
この議論に何が欠けているのか。…次回に考えてみよう。
*1:
Ct値については、これまで何度もとりあげています。
2021/01/15 COVID-19:中国・石家荘市の都市封鎖とPCR検査
2020/12/20 COVID-19:PCR検査のCt値というのは「新型コロナを勉強しだした素人さんがよく飛びつきやすいネタ」なのか?
2020/11/15 COVID-19:雑な議論を克服しよう
2020/10/21 COVID-19:ウイルス1個では感染しないよ! - 「PCR検査陽性で隔離する」ということについて(2)
2020/10/13 COVID-19:「PCR検査陽性で隔離する」ということについて(1)
*2:免疫の中で大きな役割を担っているのが免疫グロブリン(Immunoglobulin、略称Ig)で、血液中や組織液中に存在しています。免疫グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類があり、それぞれの分子量、その働く場所・時期にも違いがあります。これら5種類の免疫グロブリンの基本的な形はY字型をしています。(1)IgG:血液中に最も多く含まれる免疫グロブリンです。分子量は約16万ダルトン、健常成人では血漿中に約1,200mg/dL含まれ、種々の抗原(細菌、ウイルスなど)に対する抗体を含んでいます。(3)IgM:私たちが細菌やウイルスに感染したとき、最初に作られる抗体です。そしてIgMが作られた後に、本格的にIgGが作られます。このため、血中のIgMを調べる事で今どんな感染症にかかっているかがわかります。IgMは5つのY字構造が互いに結合していて、Y字構造一つで出来ているIgGより効果的に病原体に結合すると考えられています。(http://www.ketsukyo.or.jp/plasma/globulin/glo_03.html)