浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

アイヒマン実験(1)- 服従

山岸俊男監修『社会心理学』(10)

今回は、第2章 社会心理学の歴史的な実験 のうち「アイヒマン実験」をとりあげる。

アイヒマン実験とは、心理学者S.ミルグラムが行った服従」実験である。ミルグラム実験ともいう。

服従」とは、権威者からの命令や要請に対して、それが自分の意思に反した内容であっても従うことである。

服従する原因として、権威者からの罰への恐怖権威者への責任転嫁などがあげられている。

 

アイヒマンは、「東欧地域の数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に輸送する責任者」であり、

イスラエルにおけるアイヒマン裁判の過程で描き出されたアイヒマンの人間像は人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む一介の平凡で小心な公務員の姿だった。

このことから「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか。それとも妻との結婚記念日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか」という疑問が提起された。この実験は、アイヒマン裁判(1961年)の翌年に、上記の疑問を検証しようと実施されたため、「アイヒマン実験」とも言う。(Wikipediaミルグラム実験

 実験の詳細は省略する(本書やWikipedia等参照のこと)が、想いだすために、次の図をあげておこう。

f:id:shoyo3:20210222153025j:plain

被験者である「教師」Tは、解答を間違える度に別室の「生徒」Lに与える電気ショックを次第に強くしていくよう、実験者Eから指示される。だが「生徒」Lは実験者Eと結託しており、電気ショックで苦しむさまを演じているにすぎない。…実験結果は、被験者40人中26人(統計上65%)が用意されていた最大電圧である450ボルト(危険=苛烈な衝撃 をさらに超えた強さ)までスイッチを入れた、というものだった。(Wikipediaミルグラム実験

 

アイヒマン(1906-1962)とはどういう人物だったのか。(以下、Wikipedia、アドルフ・アイヒマンによる)

ゲシュタポユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送に関わった。「ユダヤ人問題の最終的解決」 (ホロコースト:絶滅、大量虐殺) に関与し、数百万人におよぶ強制収容所への移送に指揮的役割を担った

もう少し詳しく言えば、

1938年6月の親衛隊内部の勤務評定はアイヒマンに「秀」の成績をつけており、「彼の格別な能力は交渉、話術、組織編成[で発揮され]」、「精力的かつ機敏な人物であり、専門分野の自己管理に優れた能力を備えている」と記している。…アイヒマンは親衛隊内でユダヤ人移住の権威として知られるようになり、ユダヤ人移住の「マイスター」などと呼ばれるようになった。

ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が開戦した後の1939年9月27日に保安警察ゲシュタポとSDが統合されて国家保安本部が新設された。アイヒマンは、ゲシュタポ局宗派部ユダヤ人課の課長に任命され、ベルリン勤務となった。各地のユダヤ人移住局を統括する立場となった。…1942年1月20日のヴァンゼー会議後、アイヒマンは、ゲシュタポユダヤ人課課長としてヨーロッパ各地からユダヤ人をポーランド絶滅収容所へ列車輸送する最高責任者となる。…アイヒマンは2年間に「500万人ものユダヤ人を列車で運んだ」と自慢するように、任務を着実に遂行した。…アイヒマンの実績は注目され、1944年3月には計画の捗らないハンガリーに派遣される。彼は直ちにユダヤ人の移送に着手し、40万人ものユダヤハンガリー人を列車輸送してアウシュヴィッツガス室に送った。

この記述からは、「一介の平凡で小心な公務員」というのは、ちょっと違うのではないかと思わせられる。

f:id:shoyo3:20210222153455j:plain

アイヒマンの画像は、https://www.nationalww2museum.org/media/press-releases/national-wwii-museum-unveils-new-special-exhibit-operation-finale-capture より。これを並べて、ハーケンクロイツ(鉤十字、右まんじ)のデザインにしてみた。

 

シュタングネトは、アイヒマンイデオロギー的に動機付けられた反ユダヤ主義かつ、生涯にわたって献身的なナチスであり、裁判におけるプレゼンテーション用に顔のない官僚としてのペルソナを意図的に構築したと主張した。

ブラウニング等の著名な歴史家も同様の結論に達した。アイヒマンは、アーレントが信じていたような思いもよらない官僚的な役人ではなかったという。

ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」は有名な話なので、以上の話はやや意外であった。

しかし、アイヒマンが、保安警察ゲシュタポ)で、「ヨーロッパ各地からユダヤ人をポーランド絶滅収容所へ列車輸送する最高責任者」に任命されたということは、「イデオロギー的に動機付けられた反ユダヤ主義者」で、「有能な官僚」だったというのが、事実だったのではなかろうか。

とはいえ、アイヒマンがそうではなかったとしても、冒頭の「服従」の理論すなわち「権威者からの命令や要請に対して、それが自分の意思に反した内容であっても従う」というのは大いにありうることだと考えられる。

 

Wikipediaを読んだ限りでのアイヒマンのイメージは、「一介の平凡で小心な公務員」ではなく、「トップの意向に忠実な、有能な中間管理職」である。このイメージは、ミルグラムの実験結果と矛盾しないだろう。そこではイデオロギーの有無はあまり関係なく、力関係が優先的な考慮事項となる。