浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

アイヒマン実験(2)- 社会的勢力(social power)

山岸俊男監修『社会心理学』(11)

今回は、第2章 社会心理学の歴史的な実験 のうち「アイヒマン実験」の続きである。

アイヒマン実験(=ミルグラムの「服従実験」:被験者の65%が、危険=過激なショック をさらに超えた強さの450ボルトまでスイッチを入れた)について、ミルグラムはこの服従の原因を、人格的要素ではなく状況的圧力によるものだと考えた。

普段は責任感のある人でも、権威の下にあるヒエラルキーの中に身を置くと、自身を他者の要求を行う代理人と考えるようになり、自分の行為を権威ある人に責任転嫁するのである。

組織の中で働く人は、上司の命令に従う(ヒエラルキーのない組織は、ほとんど考えられない)。その命令が「自分の信念」に反する場合であっても、多くの人は命令に従う。それは「他者の要求を行う代理人」とも言える。その命令が他者に危険をもたらすものであっても、それは「上司の責任」である。上司は、そのまた上司に責任を転嫁する。上司がいないトップは「世の中の仕組み」に責任転嫁する。この社会の仕組みの中で、私は精一杯生きているのだ、というわけである。

責任転嫁して身を守ることができなければ「自殺」ということになるが、それは一過性の事件として忘れ去られる。

 

社会的勢力(social power)という術語がある。

  • 自分が望むように他者の行動や信念などを変化させ得る力。(本書)
  • 社会において成立する,他者への服従を要求することを可能にする能力。(ブリタニカ国際大百科事典)
  • 他者の態度,行動,情動になんらかの影響を及ぼすことのできる潜在的な能力。(今井芳昭、心理学事典)
  • 他者(個人または集団)を自分の意志どおりに行動させることができる能力。(森博、日本大百科全書

アイヒマン実験を、「被験者」にではなく、「実験者」に注目してみるならば、「社会的勢力」がどのような力であるのか?という問いが成立するだろう。

なお、「社会的勢力」などという言葉を聞くと、ヤクザ(反社会的勢力)の話かと思ってしまう。しかし、上記のような意味で使われるので、日本語としてはあまり適切とは思われない。社会的影響力(social influence)のほうが良いだろう。(「社会的勢力」というと、「強制力」のみが強調される感じがする)

社会的な力(power)ないし影響力(influence)には、次のようなものがある*1

  1. reward power…報酬の力。アメ。Aは金銭などの報酬となるものを保有する。Bは金銭などの報酬と引き換えにAの命令、要求、勧奨等に従う。
  2. coercive power…強制力ムチ。Aは(法令、規則に基づき)罰則を与えることができる。Bは罰則が不当だと考えていても、罰則を回避するためにAの命令、要求、勧奨等に従う。
  3. legitimate power…正当性。Aの命令、要求等は、合法であり、適法であり、正当である。Bは(内容に)正当性がないと思っていても、合法であり、適法である限り、Aの命令、要求、勧奨推奨等に従う。
  4. expert power…Aは専門的知識技能を持っている。BはAが専門的知識や技能を持っていると考えるならば、Aの命令、要求、勧奨等に従う。
  5. referent power…AはBにとって理想的な人物(アイドル)である。BはAがどのように判断し,行動するかを参照する。
  6. informational power…Aは根拠のある,信頼できる論拠を提示できる。Bは、その論拠により、Aの命令、要求、勧奨等に従う。

このsocial powerの話には、「対話」が欠如している。「創造」が欠如している。AからBへの、一方的な命令、要求、勧奨が前面に出ている。マネジメントの話としては、4(expert power)、6(informational power)が強調されるのだろうが、組織論としては「対話」「創造」の側面が重要である。更には「感情」の側面も。

多くの発展的研究があるようだが、立ち入らない。

 

アイヒマン実験の話に戻る。

ミルグラムは、服従の原因を人格的要素ではなく状況的圧力によるものだと考えたそうであるが、人格的要素も無視できない。同じ状況にあっても、人によって影響力が異なる。この差は何だろうか?

多くの被験者が「危険」を超えた450ボルトのスイッチを入れた、つまり私たちの多くは、命令されれば殺人さえ犯す。「悪の凡庸さ」。アイヒマンがそうではなかったとしても*2、「戦争」を考えれば明らかなように、私たちの多くは、命令されれば殺人さえ犯すということを厳然たる事実として受け止めなければならないだろう。(下の写真参照)

しかし、私たちの「すべて」が、命令されれば殺人さえ犯すというわけではない。この差は何だろうか?

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イスラエル北部ヨクネアム近郊の軍事キャンプで、男女混成大隊の訓練に参加する女性兵士(2016年9月13日撮影)。(c)JACK GUEZ / AFP (https://www.afpbb.com/articles/-/3214859?pno=0&pid=21056161

 

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フォートデトリックの研究者は、検査後に最も危険な病原体を扱うことを禁じられています (シャッターストック)

https://www.independent.co.uk/news/world/americas/virus-biological-us-army-weapons-fort-detrick-leak-ebola-anthrax-smallpox-ricin-a9042641.html

*1:分類名は、今井芳昭(心理学事典)による。説明は、私の理解である。

*2:アイヒマン実験(1)- 服従 参照。