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「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

租税の根拠、租税負担の配分、租税原則

神野直彦『財政学』(24)

今回は、第11章 租税原則 の続き(p.154~)である。前回は「租税の根拠論」であったが、今回は「租税負担配分原則」と「租税原則」である。用語が紛らわしいので、整理しておこう。税務大学校の「税法入門(令和3年度版)*1による。

 

租税の根拠

  • 国家がどういう理由で課税権を有し、国民はどういう理由で租税を負担しなくてはならないのかを説明するのが租税の根拠論である。利益説と義務説がある。
  • 利益説は、租税は国民が国家によって財産や身体を保護されている利益に対する対価であるとする。実態と著しく差異があると批判された。
  • 義務説は、国家はその目的を達成するために課税権を有し、国民は当然に義務を負うとする。権威主義的な国家思想に結びつくものであるとして批判された。
  • 現在では、国家社会の維持のための必要な経費を、国民がその負担できる能力等に応じて支払うとされる会費のごときものとする会費説が有力に主張されている。

以上は、前回(2021/04/07 租税とは「社会共通の費用を賄うための会費」である で見たところである)

 

租税負担の配分

  • 租税負担の配分原理は大別して利益説と能力説に分けることができる。
  • 利益説[利益原則]は、国家の供給する財・サービスによって国民各自が受ける利益に応じて租税を負担するという考え方である。応益原理とも言う。
  • 能力説[能力原則]は、租税を国家公共の利益を維持するための義務とみなし、人々は各人の能力に応じて租税を負担することによってその義務を果たすという考え方である。応能原理とも言う。
  • 租税を負担するものが不当な苦痛を感じることなく、社会的に是認できる範囲内で租税を支払える能力を担税力と言う。
  • 能力説では、税負担は担税力に応じて配分されるのが公平であるとされるが、この担税力という概念は、社会的、政治的あるいは倫理的概念であって、統計や数値的に確定できるものではない。人の担税力を示すものとして、一般には所得、消費、資産が挙げられる

神野の説明を聞いてみよう。

  • 租税の負担配分の原則としての利益原則は、政府の提供する公共サービスの受益に応じて租税を負担することが公正だとする。
  • 租税の負担配分の原則としての能力原則は、租税は経済力に応じて負担することが公正だとする。
  • 能力原則は、経済力の等しい人々には、等しい取扱いをするという「水平的公平」と、経済力の相違する人々には、相違する取扱いをするという「垂直的公平」との、二つのレベルで経済力を考慮する。

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https://www.imf.org/external/pubs/ft/fandd/2021/03/taxing-big-tech-and-the-future-of-digital-services-tax-christie.htm

 

租税原則

前掲「税法入門」によると、

  • 租税原則とは、どのような税をどのような理念に基づき課すべきかといった税制の準拠すべき一般的基準である。
  • この租税原則は配分原理[応益原理/応能原理]を根底に置きながら、他の幾つかの点をも考慮に入れている。
  • この租税原則は時代によって、そしてその政治的、社会的、経済的背景等によって変化してきた。言い換えれば、経済の変化に対応して租税の果たす役割が変わり、それに応じて租税原則も変化する。
  • 租税論において重要な地位を占めてきた三つの代表的な租税原則がある。資本主義勃興期の スミス資本主義成熟期の A.ワグナー現代の混合経済における R.A.マスグレイブの租税原則である。

この三者の租税原則が表にまとめられている。過去(2000/7月)の税制調査会資料*2にも同様な表がある。スミスの4原則、ワグナーの4大原則9原則は同じであるが、マスグレイブの原則は、税制調査会資料では7条件、「税法入門」では6条件になっている。以下は一部。

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神野は次のように述べている。

  • スミスは公平の原則を、「各人それぞれの能力にできるだけ比例して、即ち国家の保護のもとに享受する収入に比例して」納税すべき原則として説明している。
  • スミスの主張は、「国家の保護」という国家から受ける利益が、収入に比例していることを前提に、収入に比例して課税することにある。国家から受ける利益に応じて課税すべきだという利益原則を提唱したと言ってよい。(能力といっても、「国家の保護のもとに享受する収入」なのである)
  • ワグナーは、最重要の租税原則として、「財政政策上の原則」を掲げている。財政に特有の公準は、「量出制入(出を量って入を制する)」にある。つまり、支出が決まれば、支出に必要な収入を調達しなければならない
  • ワグナーが十分性の原則と可動性の原則[課税の弾力性]を最も重視したということは、税収確保という国庫的基準*3を、最も重要な原則として位置付けたということを意味する。
  • ワグナーの公正の原則は、スミスの公平の原則とは異なる。スミスの公平の原則は、所得に比例して課税することが公平だと考えている(課税前と課税後で所得分配の状況に変化がない)。
  • ワグナーは、市場による所得分配を修正すべきだと考えている。そこで、所得に比例して課税することは公平ではなく、累進的に課税することこそが公平だとしている。ワグナーは、租税の負担配分の原則として、能力原則を主張したということができる。
  • マスグレイブは、再分配という課税目的を明示していない。しかし、マスグレイブも基本的には、能力原則の立場から公平を考え、かつ再分配機能の必要性を認識していたことは間違いない。
  • 列挙された諸原則は、必ずしも調和するとは限らない。むしろ現在の租税原則では相互に衝突しかねない原則が掲げられ、それが現在の混乱した租税制度に反映されているということができよう。

他の原則にも言及があるが省略した。

「世代間の公平」や「経済活動に対する中立性」や「経済のグローバル化に伴う国際課税」等々さまざまな問題があるが、たぶん本書で今後記述があるだろう。

*1:https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kohon/nyuumon/pdf/all.pdf

*2:https://www.cao.go.jp/zei-cho/history/1996-2009/etc/2000/p020.html

*3:国庫とは、財政活動の結果生じた現金などの財産を保有・管理している『国』のこと。財産権の主体としての国家。