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COVID-19:「キャプシドを持たないウイルス」と「プラスミド」

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(76)

※ 当ブログのCOVID-19関連記事リンク集 → https://shoyo3.hatenablog.com/entry/2021/05/06/210000

以前(2021/6/5)、中屋敷均『ウイルスは生きている』の第2章 丸刈りのパラドクス のうち、「ウイルスの境界領域 その1 転移因子」を取り上げたが、

shoyo3.hatenablog.com

今回は「ウイルスの境界領域 その2 キャプシドを持たないウイルス」(p.79~)を見てみよう。

境界領域あるいはウイルスとの共生の話である。

 

キャプシド(カプシド、Capsid)

キャプシドとは、ウイルスゲノムの核酸を包み込むタンパク質の集合体。ゲノム拡散と共にウイルス粒子*1と呼ばれる構造体を形成する。ウイルスの種類により、部品となるキャプソメアの形は違い、組み立て方も異なるため、その結果、キャプシドの形も変わる。(pp.61-62) 

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https://www.quora.com/What-is-the-capsid-of-a-virus

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https://www.news-medical.net/news/20210412/Screening-for-SARS-CoV-2-non-structural-protein-14-inhibitors.aspx

 

キャプシドを持たないウイルス

近年、驚くべきことにこのキャプシドを持たないウイルスという存在が認められるようになってきている。

キャプシドを持たないというのは、ウイルスとしては異端的な特徴と言えるが、少なくとも異なった4科のウイルスに属するものが知られており、決して例外的な存在というわけではない。真菌*2、植物に加え、分類学的には大きく異なる卵菌類*3からも発見されている。(p.79)

これらキャプシドを持たないウイルスの遺伝子配列を用いて分子系統解析*4を行うと、その多くがキャプシドを持つ普通のウイルスと近縁であることが判明した。つまり進化的にみると、元々はキャプシドを持った普通のウイルスだったものが、細胞外に出て新たな宿主に感染するという生活環を失ったか、その頻度が低くなってしまったが故に、ついにはキャプシドも失ってしまったのではないかというふうに思える。部屋の外に出ていかないのなら、雨に濡れる心配もなく、レインコートは要らないのだ。(pp.80-81)

中屋敷は、元々はキャプシドを持っていたが、その必要がなくなって失ってしまったのではないかと考えているようだが、異なる考え方もある。

殻をつくるための遺伝子をなくせばその分ゲノムが短くてすむため、「殻を持っていたウイルスが生存戦略として殻をなくした」というのも一つの可能性ですが、逆に「ウイルスですらなく、RNA(遺伝情報を格納する核酸の一種)の一部に過ぎなかったものが独立し、単独のウイルスに進化した」という可能性も考えられます。RNAの中には、自身を合成するはたらきを持たず、他のウイルスのRNAの中に入り込むことでそのウイルスと一緒に増殖する、いわばウイルスに寄生するRNAといえる「サテライトRNA*5と呼ばれるものがいます。ヤドカリウイルスは、もしかしたら元々サテライトRNAだったものが、進化の過程で自身を合成するための遺伝子(RNA合成酵素)を取り込み、独立したウイルスになったのかもしれません。(鈴木信弘、http://www.okayama-u.ac.jp/tp/research/focus_on_19.html

私は、「RNAの一部に過ぎなかったものが独立し、単独のウイルスに進化した」可能性のほうが興味深い。

 

プラスミド

このように細胞質にずっと存在し、増殖し得る核酸性の因子としては、プラスミド*6が知られている。プラスミドは1950年代に細菌で発見された、染色体DNAとは独立して自律的に複製を行うという特徴を持った遺伝因子である。プラスミドはこれを保有すると抗生物質に耐性となったり、細菌の交配である接合が出来るようになるなどの現象から発見された。では、こういった細胞質に存在するプラスミドと感染性も病原性もキャプシドも持たないウイルスには、何か本質的な差があるのだろうか。(p.81) 

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http://nsgene-lab.jp/gene_main/contents3/ecoli/

 

プラスミドとウイルスの祖先は同じ

現在、キャプシドを持たないウイルスが、ウイルスの仲間として認められているのは、保有している遺伝子の配列から、普通のウイルスと系統的に同じ祖先に由来していると考えられるからである。しかし、現実的にはこれらの因子の多くは、既にいわゆる「ウイルス的」な特徴を欠いており、細胞質で自律的に複製して維持されるプラスミドとあまり変わらない存在となっている。現在プラスミドに分類されているものの中にも、保有する遺伝子がDNAウイルスと同祖であると考えられているものも存在しており、同じ論理を適用するなら、そのようなプラスミドもウイルスとみなさなければならなくなる。ここでもその境界は実に曖昧である。(pp.81-82)

キャプシドを持たないウイルスとプラスミドをいかなる観点から区分するか。どのように定義するか。境界領域に存在するものをどのように認識しどのように扱うか。

ウイルス、転移因子、そしてプラスミドこれらの因子たちは、発見の経緯やよく研究されてきた典型的なメンバーの性質からくる印象の違いはあるものの、実際には一つながりとなっている転移因子にしてもウイルスにしても、本質的に重要なことは安定して子孫(自己のコピー)を残すことであり、病気を起こすことや転移すること、それ自体では恐らくない。従って感染性を失っても、転移能を失っても、何らかの手段で安定して子孫を残すことが出きる環境が与えられれば、それに適応した形での「進化」が起こりうるのだ。

言うまでもなく、人間の作った仕切りの枠内に収まるか、収まらないかは、因子たちにとってはどうでもよいことであり、ウイルスと呼ばれようが、転移因子と呼ばれようが、プラスミドと呼ばれようが、結局のところ、安定して増殖し子孫を確実に残していったものが、ただそのようにして現在も増えて存在している。恐らくそれ以上でも、それ以下でもないのだ。(p.82)

ウイルス、転移因子、そしてプラスミドは、一つながりとなっている!

しかし、「転移因子にしてもウイルスにしても、本質的に重要なことは安定して子孫(自己のコピー)を残すことであり…」というのは、疑問である。言葉にこだわっているのかもしれないが、こういう言い方では、「目的因」が意識させられる。「ただ、そのように変化している」とだけ言っておけば良いのではないか。(「進化」というなら、「退化」という言葉が浮かぶ。人間は退化の頂点に立つ !?)

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。鴨長明

 

宿主を殺さず共存するウイルスを網羅する時代へ

我々が認知できる変化は非常に限られており、病気のような明確な“兆候”が観察されない場合でも、ウイルスはありとあらゆる生物に存在し、その生命の状態に様々な影響を及ぼしているようだ。ウイルスの単離が主たる研究手段であった1990年代まで、多くのウイルス探索は宿主生物が示す病徴を指標として行われきた。そのため、必然的に高い病原性を示す感染症ウイルスが主要な研究対象となり、ウイルス=病原体という認識が形成されてきた。しかし近年、この状況は分子解析技術の発展により変わりつつある。例えば植物や真菌、昆虫などから非病原性または低病原性ウイルスが、また、無病徴の野生動物からMARSなどのヒト病原ウイルスが検出されている。中には宿主生物の生存に有利に働くと考えられるウイルスまで報告された。これらの事実は、我々の手元にある病原ウイルスを主としたウイルスリストが、実は発見が容易な“目立つウイルス”に偏ったものであることを示唆している。…(浦山俊一、海洋研究開発機構)*7

「ウイルス=病原体」という偏った見方を排すべきだろう。

ウイルスを「敵」とみなして排除するのではなく、「共生」の方途を見出すことはできないのだろうか。

*1:ウイルス粒子…ウイルスのゲノム核酸を含む複合体全体をさす。単純なウイルスでは、ゲノム核酸とキャプシドタンパク質のみでウイルス粒子が構成されているが、エンベロープなどの付加的な構造を持つウイルスでは、それらを含めてウイルス粒子と呼ばれる。

*2:真菌…真核生物の大きなグループの一つ。比較的下等な真核生物と考えられており、多くは多細胞生物だが一部は単細胞である。キノコ・酵母・カビなどを含む。

*3:卵菌類…造卵器と造精器による有性生殖によって卵胞子を生じる菌類の一群で、74属580種を含む。(岩波生物学事典)

*4:分子系統学…従来の系統学は形態、発生、化学・生化学的性質といった表現型の比較に基づいていたのに対し、分子系統学はそれらの根本にある遺伝子型に基づく方法であり、より直接的に生物の進化を推定できると期待される。計算機や理論の発達に加え、20世紀末に遺伝子解析が容易になったことから大いに発展し、進化生物学の重要な柱となっている。(Wikipedia

*5:サテライト(Satellite)とは、感染性の核酸(DNAまたはRNA)で、その増殖のために他のウイルス(ヘルパーウイルス)が同じ細胞に感染していることを要するもの。サテライトのうち、コート蛋白質をコードし、その蛋白質に包まれて独立のビリオンを形成するものを特にサテライトウイルスという。現在、植物に寄生するものが多数知られるほか、微生物や昆虫に寄生するものが知られている。またヒトに病原性を有するサテライトとして、D型肝炎ウイルス(B型肝炎ウイルス感染下にのみ共感染する)がある。(Wikipedia、サテライトウイルス)

*6:

プラスミド…細胞質にあって染色体とは独立に自己増殖し,次世代に遺伝される染色体外性遺伝子のこと。多くのプラスミドは環状2本鎖 DNAであるが,酵母や放線菌で直鎖状プラスミドが見いだされている。通常細胞の生存には必須ではないが,プラスミドの持つ遺伝子によって細胞にいろいろな性質を与えることができる。古典的性因子 (Fプラスミド) ,バクテリオシン産生プラスミド (Col E1など) ,薬剤耐性因子 (Rプラスミド) ,病原性決定プラスミド,抗生物質合成系に関与するプラスミド,物質代謝系に関与するプラスミドなどがある。また組み換え DNA実験においては,プラスミドに目的とする DNA断片を組み込み,細胞内に導入し,遺伝子を増殖あるいは発現させるベクターとして広く利用されている。(ブリタニカ国際大百科事典)

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http://ja.wordow.com/english/dictionary/plasmid 

*7:海洋微生物の中に隠された新しいウイルスワールドを発見(http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20180907/)参照。