浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

租税負担の転嫁

神野直彦『財政学』(26)

前回は、第12章 租税の分類と体系 であったが*1、本書ではなく、「税法入門」*2により、「租税の分類」と「租税体系」を見てきた。そこでは、「直接税と間接税の区分は、転嫁の有無によって説明される」とあった。

今回は、この租税の転嫁について、神野が何と説明しているか見ていきたい(第12章)。

租税を支払う義務のある納税者が、実際に租税を負担するとは限らない。納税者は支払った租税の負担を他者に移転しようとする。このように租税負担を他者に移転することを転嫁と言い、最終的な負担者に租税負担が落ち着くことを帰着と言っている。(p.172)

消費税を考えれば(スーパーの値札を見ていれば)、容易に理解されよう。(なお、「消費税」は消費者が負担し、事業者[商品・製品の販売やサービスの提供者] が納付するものである。この意味では、「転嫁」、「帰着」という用語はおかしい気がするが、ここではふれない)。

ここで「本当に転嫁できているのか」という問いが生じる。例えば、税込価格が税率アップ前と同じになるよう、本体価格を引き下げれば転嫁できていない。

生活必需品のように、需要が非弾力的な生産物に課税すれば転嫁しやすく、奢侈品のように、需要が弾力的な生産物に課税すれば転嫁しにくくなる。(p.174)

生活必需品は、価格にあまり関係なく必要とされるので、価格アップができ、転嫁しやすい。奢侈品のように価格が高ければ購買が控えられるようなものは、価格アップが難しく、転嫁しにくい。

転嫁とは市場において、価格を媒介にして生ずる租税負担の移転であるとすれば、生産物市場においてだけでなく、要素市場においても生ずるはずである。(p.175)

生産物市場とか要素市場というのは、経済学用語である(税法の本には出てこない)。

生産物市場とは、財・サービスを売買する市場である。…企業は、生産物市場において、さまざまな財・サービスを売り、家計は、生産物市場において、さまざまな財・サービスを買う。

要素市場とは、労働、資本、土地(の使用権を)を売買する市場である。…企業は、生産要素市場において、労働、資本、土地などを家計から借り、家計は、生産要素市場において、労働、資本、土地などを企業に貸す。(唐渡広志)*3

神野が言う「転嫁は、要素市場[労働、資本、土地を売買する市場]においても生ずるはず」とはどういう意味か。

要素市場税には、地租、家屋税、固定資産税、社会保障税、営業税、事業税などがある。利潤を特殊な生産要素への支払いと考えると、法人税もこれに加えることができる。(p.169)

古い用語が出てくるので混乱する。

地租とは、土地の所有者に対して課される租税であり、現在は固定資産税の一部である。家屋税とは、家屋の所有者に対して課される租税であり、現在は固定資産税の一部である。

日本には社会保障税という租税はない。(税金との区分がいささか曖昧な)年金保険料、健康保険料を意味するのだろう(労働-賃金に対して課される租税)。

営業税は、いろいろ変遷があるようだが、現在は無い。現在の事業税と考えておいて良いだろう。

法人税を要素市場税と考えることができるかどうかは、「利潤を特殊な生産要素への支払いと考える」ことができるか否かによる。この議論は後で見ることにしよう。

 

ここで、消費税の転嫁について、もう少し見ておきたい。 

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https://www.jtuc-rengo.or.jp/lp/140114hotline/

消費税率アップに際し、財・サービスを購入/仕入れる時に、「減額」や「買いたたき」が想定されるので、これを禁止する「消費税転嫁対策特別措置法」が施行されたのだが、適用される取引と禁止される行為は、次の通りである。

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https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/consumption_tax/pdf/consumption_tax_161128_0003.pdf

上表下段①~⑤の禁止行為が、消費税の転嫁拒否にあたる。

規制対象は「転嫁拒否等をする側」であるが、大規模小売事業者(上表上段①)のみならず、一般の小売業者、卸売業者、製造業者も規制対象となる(上表上段②)。

転嫁拒否の誘惑に駆られるのは、税込価格アップによる売上減を避けたいためである。

*1:前4回分(2021/2/28~2021/7/9)の章番号が間違っていたので、訂正しました。

*2:https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kohon/nyuumon/pdf/all.pdf

*3:はじめての経済学 第3 回経済の循環(http://www3.u-toyama.ac.jp/kkarato/2020/economics/handout/economics-2020-03-0511.pdf