浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

「遺伝学における遺伝子」と「分子生物学的な遺伝子」の違い

山口裕之『ひとは生命をどのように理解してきたか』(29)

今回は、第3章 二つの遺伝子 第3節 進化論・遺伝学における遺伝子概念(p.145~)である。

進化の総合説(ネオダーウィニズム)における遺伝子概念

  • ダーウィンの進化論は、自然選択によって生物の形態や行動の機能や合目的性を説明しようとする理論である。
  • ダーウィニズムは、突然変異と自然選択の組み合わせで進化を説明するものとされているが、ダーウィンの時代には「突然変異」という概念は未だなかった。
  • 現代的な進化理論が成立するためには、ダーウィン自然選択理論と、メンデル遺伝学における数理的側面を発展させたいわゆる集団遺伝学との総合が必要だった。
  • それゆえ、進化論における遺伝子概念について検討することは、集団遺伝学における遺伝子概念を検討することにもつながる。

「現代的な進化理論」とは、総合進化説/ネオダーウィニズムのことか。総合とは、自然選択理論と集団遺伝学の総合である。では、集団遺伝学とはどういうものか?

  • 集団遺伝学では、生物集団を遺伝子の集合、即ち「遺伝子プール」とみなす。(例)エンドウマメという生物の集団は、「しわ遺伝子」[A]と「しわの無い遺伝子」[B]、「緑色の豆の遺伝子」[C]と「黄色の豆の遺伝子」(D)などの遺伝子の総体である。
  • 各個体の染色体には「しわに関する遺伝子の座」、「マメの色に関する遺伝子の座」などがある。そこにどのような遺伝子が入っているかによって、それがどんな個体になるかが決まる。
  • それぞれの「遺伝子座」(locus)に入りうる遺伝子を「対立遺伝子」(allele)と呼ぶ。AとB、CとDはそれぞれ対立遺伝子である。対立遺伝子の比率はさまざまである。何もしなければ、対立遺伝子の比率(遺伝子頻度)は世代を経ても変化しない。
  • 集団遺伝学では、生物の進化とは、遺伝子プールにおける遺伝子頻度が世代を経て変化することだと考える。(例)第1世代において「しわ遺伝子」の頻度が1%だったのに、10世代後に20%に増えたとすると、どれ位の強さで自然選択の力(淘汰圧)がかかったのかを明確に定量的に示すことができる。この、ある遺伝子の頻度が遺伝子プールの中で増大(あるいは減少)する速度のことを「遺伝的適応度」という。

遺伝子頻度について、もう少し詳しく見てみよう。

ある集団における各々の対立遺伝子の相対的頻度。例えば100個体の集団でAとBの二つの対立遺伝子が存在し(AA),(AB),(BB)の遺伝子型をもった個体がそれぞれ64,32,4個体存在した(つまり、それぞれの遺伝子頻度が64%、32%、4%)とすると、当該集団におけるAの遺伝子頻度は(2×64+32)/200=80%、Bの遺伝子頻度は(32+2×4)/200=20% である。交配が無作為に行われている集団で、突然変異、自然淘汰、機会的浮動などが働かなければ遺伝子頻度は一定である。(世界大百科事典)*1

山口が述べていることの補足説明になるだろう。集団遺伝学では、生物進化をこのような遺伝子頻度が世代を経て変化することだという。世界大百科事典は、この変化の要因を「突然変異、自然淘汰、機会的浮動など」としている。

  • では、ダーウィン説と集団遺伝学が総合された「ネオダーウィニズム」の理論において、遺伝子はいかなるものと考えられているだろうか。
  • ネオダーウィニズムの思想の普及に一役買ったリチャード・ドーキンスによれば、…「遺伝子」とは「自然淘汰の単位」だという。自然選択の力は、個体に現れた形質(しわがあるとか、首が長いとか)に対して働くのだから、「自然淘汰の単位」とは外的に観察可能な形質だということになる。進化論・集団遺伝学における「遺伝子」とは、メンデル以来の「外的に観察可能な形質に対応するもの」なのである。

高校生物では、次のように教えられているようだ。

親の形や性質などの形質が、子、あるいはそれ以降の世代にあらわれることを遺伝といいます。親から子へ受け継がれる形質の情報は遺伝子とよばれ、遺伝子は生物の持つDNAという物質に含まれていることがわかっています。(NHK高校講座 生物基礎 第8回 生物と遺伝子*2

この説明を聞いて、次のような問いを発することができるか?(テストのための丸暗記学習では、決して発せられないだろう*3

しかし、どのような形質を観察すべきなのだろうか?

どのような外的に観察可能な形質に注目し観察すべきなのだろうか?

  • 遺伝学や進化論の考えによると、…同じ種に属する個体の間に何らかの差異[しわや色など]が見いだされたときに、その差異が注目され、更にそうした差異を生みだす原因として「遺伝子」が想定されるのである。
  • とはいえ、複数の個体の間には、その気になればほとんど無限と言ってよいほどの差異を探し出すことができる。…そのどれを取り上げるべきか…結局のところ、観察者の関心によって設定されているのが実情である。
  • ある遺伝子を想定するために観察される形質は、その観察者の置かれている状況や観点によって変わりうるということである。

観察者の置かれている状況もしくは来歴(経験のストック)によって、関心が変わり、観点が変わる。このことは、問いを提出したとき、恐らく(漠然と)意識していたことだろう。

それゆえ当然のことながら、観察者にとって一つの形質だと思われるものに対応する「遺伝子」は必ずしも一体的に振る舞う(一まとまりの単位として次世代に伝達される)とは限らない。形質の取捨選択の論理は、我々が物事を理解する時の論理であって、「遺伝子の論理」(遺伝子の単位の分かれ方や相互作用の仕方)とは別物なのだから

「私」(観察者)がどのように物事を理解するかは、私が置かれている状況もしくは来歴(経験のストック)に依存する。これは「遺伝子」という無意識の物質の振る舞い(遺伝子の論理)とは異なる。

遺伝学者は、問題の形質がメンデルの法則に従って遺伝するかどうか(それが「単位形質」であるか否か)ということや、連鎖解析などの手法によって遺伝子座の染色体上の位置を調べるのだが、そうして同定された「遺伝子」が、分子生物学的な意味での遺伝子(ORF)と一致するとは限らない。

ORF(Open Reading Frame)とは何か。「タンパク質へと転写・翻訳される可能性のある DNA 配列であり、終止コドン(タンパク質合成の終了を指示する DNA 配列)に中断されずにアミノ酸のコドンアミノ酸に対応する 3塩基のつながり)が続く配列のこと*4」という説明がわかりやすい。このORFは遺伝学者の言う「遺伝子」とは意味合いが異なる。

遺伝学的な遺伝子とは「形質の変異の原因」なのであるから、それは制御を担うRNA遺伝子なのかもしれないし、ORFの発現調節を担っている部分かもしれないし、あるいは分子生物学な意味での遺伝子が欠失しているのかもしれない。細胞内の反応や代謝過程のプロセスを変更させる可能性のある要素すべてが「形質の変異の原因」になりうるのである。つまり、外的に観察された形質の変異を出発点として「遺伝子」を探求しようとすると、このように雑多なものが「遺伝子」という一つの名のもとに含まれてしまうということである。

遺伝学的な遺伝子とは、「雑多なものの集合」である。

また、遺伝子と形質との具体的な因果関係について言うと、進化論においても分子生物学の場合と同様、それは不問に付されている。進化論においては遺伝的適応度が主要な問題だからである。

遺伝的適応度とは、「生物がどれだけ多くの子孫を次世代に残せるかの尺度。繁殖成功度とも。1個体当りの、繁殖可能な子供の数によって示される。適応度が1より大きければ、その個体の子孫は存続する。」(百科事典マイペディア)。進化論は、遺伝子と形質との具体的な因果関係を問わない。

 

集団遺伝学における遺伝子概念

集団遺伝学では、古典的なメンデルの法則に従って遺伝する形質だけでなく、両親の中間の形質が現れるような場合についても扱われている。そうした形質は、連続的に変異するので「量的形質」と呼ばれており、「ポリジー」(「多数の遺伝子」という意味)によって規定されると考えられている。つまりそうした形質は、ある一つの遺伝子と対応するのではなく、多数の「微働遺伝子」の一群と対応すると考えられているのである。
しかし、「ポリジーン」とは、複数の分子生物学的な意味での遺伝子を一まとめにして「一つの遺伝子」とみなすものである。その根拠は、遺伝子そのものの側にあるにではなく、外的に観察した形質の側にある。

量的形質について

ヒトの身長や体重、胸囲など身体の各部の大きさや知能指数など連続的、量的に変化する形質をいう。…量的形質は、メンデルの単一遺伝子の支配によるような明確な分離を示さず、多くの場合は連続的に変化し、その頻度分布は、平均値に近いものがもっとも多く、両端に近づくにしたがって少なくなる正規分布に近い形をとる。このような量的形質は、多数の同じ作用をもった遺伝子の累加的作用によって支配されていると考えられるが、環境要因の影響による場合もある。(黒田行昭、日本大百科全書

 

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https://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~ikushu/Research1.html

 

微働遺伝子と主働遺伝子

  • 量的形質を担う「微働遺伝子」(minor gene)に対して、単純なメンデル遺伝をするように思われる形質(単位形質ないし質的形質)を担う遺伝子は「主働遺伝子」(major gene)と呼ばれているが、ある遺伝子の効果がメジャーかマイナーかという判断ないし意味づけは、まさしく形質の変化の大小を判断する観察者の視点からなされることである。
  • DNA分子として見れば、両者の間に差異はない。しかも、外的に観察された様々な形質が主要なものか些細なものかは連続的であるから、主働遺伝子と微働遺伝子との差異は本質的なものではなく連続的なものであり、どこでメジャーとマイナーの線を引くかということは、結局のところ恣意的であらざるを得ない。
  • つまり、遺伝学において「遺伝子」とは、「形質の変異の原因」として探求されたDNA分子上の一部分なのであり、メンデルの時代と同様に、外的に観察された形質に対応する単位であると考えられているのであって、分子生物学的な遺伝子とは異質なものだということである。

遺伝学における遺伝子は「外的に観察された形質に対応する単位」であり、分子生物学的な遺伝子ORF(Open Reading Frame)とは異なる。「遺伝子」という言葉を聞いた時、どの意味で使われているのかに注意しなければならない。

遺伝学と分子生物学とでは、遺伝子の物質的実体がDNA分子であると考える点では一致し、遺伝子が何らかの情報を担っていると考える点でも恐らく一致しているものの、DNA分子を一つ一つの遺伝子へと分節する論理が異なっており、遺伝子が担うという情報の中身についてもズレがあるということである。

次回は、第4節 遺伝子は外的に観察された形質の情報を担うか である。

*1:A1をA、A2をBに置き換えた。

*2:https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/seibutsukiso/archive/resume008.html

*3:無味乾燥な記述が多い教科書に、このような疑問を抱くことができる能力とは何だろうか? 問う力。答えが与えられていても、その答えは正しいのかと問う。答えは一つだけなのかと問うこと。

*4:https://www.fsc.go.jp/senmon/idensi/gm_yougo_kaisetu.pdf