浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

「所得税」理解の前提知識

神野直彦『財政学』(29)

今回は、第13章 人税の仕組みと実態 に進もうと思ったのだが、本章の理解のためには、前章までの説明を理解しておく必要があり、その復習と私見を少し述べるに終わってしまった。第13章は次回にする。

人税と物税

本章のタイトルの人税(じんぜい)とは馴染みのない言葉である。対になる物税(ぶつぜい)を同時に覚えておこう。

人税とは、所得税相続税などのように、所得や財産の帰属する人を対象にして課される租税である。物税とは、物の所有・取得・製造・販売・輸入や物から生ずる収益に課される租税である。固定資産税など。(デジタル大辞泉

納税者の置かれた個人的諸条件を斟酌して、各納税者の担税力にあわせて課される税を人税とよび、納税者の個人的状況とは切り離して、客観的に課税物件の物的諸条件に着目して課される税を物税とよぶ。(日本大百科全書

本章は、主として「所得税」を取り上げているが、確定申告に必要な税額計算の説明をしているわけではない。所得税とは何であり、どうあるべきかの「そもそも論」を述べている。

 

租税の機能

「そもそも論」であるから、租税にはいかなる機能があるのかを理解しておかなければならない。これまでの記述との重複をいとわず見ていこう。

Wikipediaは、租税の機能・効果には、以下の4つがあるという。

  1. 公共サービスの費用調達機能…「市場の失敗」という言葉に象徴される市場経済のもとでは提供困難なサービス(軍事、国防、裁判、警察、公共事業など)の提供のための費用を調達するための機能
  2. 所得の再分配機能…自由(私的財産権の保護)と平等(生存権の保障)は、究極的には矛盾する考え方であるが、今日の多くの国では、いわゆる福祉国家の理念のもと、国家が一定程度私的財産に干渉することもやむを得ないことと考えられている。このような考え方に基づいて持てる者から持たざる者に富を再分配する機能。
  3. 経済への阻害効果…投資意欲の妨害、生産活動・労働意欲の阻害、消費意欲の低下など、経済が本来あるべき姿を歪め、経済全体に悪影響を与える効果。
  4. 景気の調整機能…自由主義経済体制における特殊な調整機能。…現代の租税制度は累進課税を採用している租税が国等の主要な財源を占めているため、所得の変動に応じた税率の変動により、景気が自動的に調整されるという効果を有する。この効果は「自動景気調整機能(ビルト・イン・スタビライザー)」と称される。(Wikipedia)

特に、1の「公共サービスの費用調達機能」と2の「所得の再分配機能」は、累進課税制度を評価する際の最重要な視点であろう。(3は累進課税批判であるが、「経済全体に悪影響を与える効果」があるかどうかは疑問である)。

 

租税の根拠

租税が課される根拠であるが、次の2つの考え方がある。

  1. 利益説ロックルソーアダム・スミスが唱えた。国家契約説の視点から、租税は個人が受ける公共サービスに応じて支払う公共サービスの対価であるとする考え方。…公共サービスの受益に応じて課税すべきとする考え方を応益課税という。
  2. 能力説ジョン・スチュアート・ミル、ワグナーが唱えた。租税は国家公共の利益を維持するための義務であり、人々は各人の能力に応じて租税を負担し、それによってその義務を果たすとする。「義務説」とも称される。…租税の負担能力(担税力)に応じて賦課する立場の考え方を応能課税という。(Wikipedia)

冒頭(人税の説明)にも出てきたが、担税力とは「租税の負担能力」であるが、この担税力の指標には次の3つがあるという。

  1. 所得…所得はフローにあたり、担税力の尺度としては最も優れた指標である。所得税においては、累進課税の適用が可能であるのみならず、人的控除を認めることによる個人の担税力を斟酌することが可能であり、負の所得税の制度を通じて最低限所得保障を図ることが可能である。さらに、富の再分配や社会保障の充実といった機能を発揮することも出来る。ただし、所得の捕捉を完全に行うことは不可能であり、所得の捕捉率の格差などの問題がある。
  2. 財産(資産)…財産はストックにあたり、過去の所得の蓄積である。財産は実際に存在する資産が課税の対象となるため、所得の捕捉に関する弱点には対応できうるが、その価値評価の困難であることや、納税時に換金する必要があるという弱点が存在する。
  3. 消費…消費税において生活必需品を含めて課税すれば税負担が逆進的となり、奢侈品や贅沢品に限定して課税すれば十分な税収が期待できず、その区別も困難となる。そのため、消費は担税力の尺度としては逆進的になりやすく、最も劣った指標である。(Wikipedia)

 

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★そもそも、租税は何のためにあるのか? 

まず思い浮かぶのは、「公共サービスの費用調達」であろう。Wikipediaは、「市場経済のもとでは提供困難なサービス(軍事、国防、裁判、警察、公共事業など)」を提供する費用として、租税を調達する必要があると述べている。この「市場経済のもとでは提供困難なサービス」は、公共財*1と呼ばれる。

 

排除性

非排除性

競合性

(a) 食料・衣服・自動車・家電

(c) 漁業資源・木材・石炭・水資源

非競合性

(b) 映画・有料公園・衛星放送・図書館

(d) 無料放送・空気・国防・知識

競合性とは、消費者(利用者)たちによるその財の消費が増えるにつれ、追加的な費用なしでは、次第に財の便益(質・量など)が保たれない性質を指す。排除性とは、対価を支払わず財を消費しようとする行為を実際に排除可能な性質を指す。この場合市場では、価格付けされた財が対価の支払いを条件として販売される。

(a)私的財、(b)クラブ財(準公共財)、(c)コモンプール財(準公共財)、(d)公共財(純粋公共財)(Wikipedia、公共財)

病院や介護老人福祉施設、放送局、郵便局、鉄道・バス、……は、何財に相当するのだろうか。例えば(a)であるとして、それで良いのかを考えてみる必要があるだろう。(コロナ禍の医療施設のあり方は、現状のままで良いのか等)

ブリタニカ国際大百科事典は、公衆衛生、道路、公園、消防、警察、国防を公共財の例にあげている。これらを租税で賄うとすれば、どのように課税すべきか?

これらの公共サービスの費用が年間トータルで50兆円、サービスを受ける人が1億人いたとしよう。1人当り50万円である。公共サービスは、人を差別することなく、誰もが利益を受ける(受益)から、各人が「平等」に50万を納税すべきである、という考えはあり得る。これを人頭税という。*2

老人・子供に関係なく、既婚・未婚に関係なく、働く能力の有無に関係なく、どういう地域に住んでいるか関係なく、持家か賃貸かに関係なく、土地等の資産の保有状況に関係なく、……さまざまな差異を考慮することなく、単純に頭割りに扱うことが「平等」であるとは誰もが考えないだろう。

 

租税が課される根拠として、「利益説」というのがあった。租税は公共サービスの対価であり、公共サービスの受益に応じて課税すべきとする考え方(応益課税)であった。しかし、公衆衛生、道路、公園、消防、警察、国防等の公共サービスの受益をどのように測定しようというのだろうか。理論的には優れているのだが、現実には測定不能だから他の方法を考えるというのだろうか。

神野は次のように述べていた。*3

非排除性も非競合性も相対的な概念であるから、純粋公共財[非排除的かつ非競合的な財]はほとんど存在しない。排除性あるいは競合性という概念が相対化されるのは、排除性あるいは競合性という性格が、その財に固有な性格というよりも、その財に私的所有権が設定されるか否かに基いているからである。(pp.79-80)

ここで赤字にした部分、これはよく考えてみる必要がある。私的所有権の問題は、公共の福祉の問題でもある。

公共の福祉とは、

個人の個別的利益に対して、多数の個々の利益が調和したところに成立する全体の利益をさす。法哲学や国家論の根本問題の一つで、古くはアリストテレストマス・アクィナスが唱えて以来、論議されてきた観念である。……(日本大百科全書

人権との関連で説明されているが、財産権との関連においても同様であろう。個人と社会(個と全体)の話である。

 

神野は、公共財の理論について述べている。*4

公共財の理論では、財政支出を公共財として把握する。財政支出を「財」として把握すると、租税を「価格」と位置づけることができる。そうなると、市場と同様に「財」と「価格」が交換される仕組みとして、財政の決定過程を分析できることになる。(p.64)

政治は統治のために、「正義」を必要条件とする。そのため公共財の理論も、社会的正義という価値基準、つまり租税で言えば、公正な課税と言う問題を取り上げざるをえなくなる。(p.65)

財政支出と租税の関係を、財と価格の関係として捉え、経済分析するのが公共財の理論であるようだが、私にはどれだけ説得力のある議論なのか分からない。ただ、何となく胡散臭い議論であるように感じる。*5

 

公衆衛生、道路、公園、消防、警察、国防(公共財の例)などを、私たちは必要としている*6。私たちが必要であると合意したのだから、その費用分担も私たちの合意事項である。費用分担については様々な案があるだろう。その際、やはり特定の人/グループに有利な費用分担ではなく、公平な分担でなければ合意を得ることは難しい。問題は、どのような分担が公平かということである。「公平な分担でなければならない」という原則なり理念を認めるだけでは解決にならない。

(1)人頭課税…頭割り。割り勘*7。各人(各個人)を差別せず、平等に扱う。

 (2)比例課税…同じ税率で課税する。「額」で同じ(平等)ではなく、「率」で同じ(平等)とする。

 (3)累進課税…所得に課税する場合、「同率」であっても、当初の所得分配に不公平があるならば、その不公平を引き継ぐので、実質的な公平に矯正すべく、累進税率とする。

 

累進課税の根拠として、「担税力」(租税の負担能力)があげられ、「応能課税」と称されるようであるが、私は、これは「公平性」の論拠にはなっていないと考える。そこで私は、上記のような説明(所得に課税する場合、「同率」であっても、当初の所得分配に不公平があるならば、その不公平を引き継ぐので、実質的な公平に矯正すべく、累進税率とする)をしてみたのだが、これは、「では当初の所得分配が公平か否かをどう判定するのか」という問題につながる。当初の所得分配が公平ならば、累進課税は正当化できないのではないか。

 

一口に所得といっても様々なものがある。税法は、次の10種類に分類している。①利子所得 ②配当所得 ③不動産所得 ④事業所得 ⑤給与所得 ⑥退職所得 ⑦山林所得 ⑧譲渡所得 ⑨一時所得 ⑩雑所得。

これらの性格の異なる所得に関して、一律に「公平性」を論じることができるのか。また例えば、給与所得だけを見ても、同程度の潜在能力の人が、就職時の経済環境などにより、大企業に就職したり零細企業に就職したり、公務員になったりする。希望しない職種につき、能力を発揮できなかったりする。パワハラやセクハラにあったりする。さまざまな事情で業績が低迷し、リストラが行われたりする。「所得」はピンからキリまである。これらは「公平な所得分配」であると言えるだろうか。何が「公平」であるかの判断は非常に難しい。しかし、いま述べたことから、直観的に「不公平がある」と感じるのではないか。所得の大小は偶然の要素が大きいだろう。だとすれば、所得の多寡により、税率を累進的に変えることは「公平」に寄与する、と考えることができる。

さらに、これは極論かもしれないが、私は「本来、人びとは同レベルの生活をすべきであり、異なったレベルの生活をすべきではない」と考えている。ここで同レベルとは、「一つの財布で共同生活をする家族」のイメージである。

*1:公共財については、市場(2)政府の失敗 市場の失敗(2016/12/29)や 財政とは何か? 量入制出の原則 量出制入の原則 大英博物館(2019/2/11)参照。

*2:わが町の自治会費(町費)は、ほぼ世帯当たり同一の金額(世帯割)である。

*3:「予算」とは、行政府に対して執行権限を付与し、その執行を管理する文書である。(2019/6/10)参照。

*4:「公共選択論」というお伽話(2019/5/12)参照。

*5:公衆衛生、道路、公園、消防、警察、国防等は市場の論理になじまないから(非競合性、非排除性)「公共財」と分類されたはずである。そのような財に対して、租税を「価格」とみなして、市場の論理を適用するのはおかしいのではないか、というのが素朴な疑問である。公共財の理論は、議論の前提をどれだけ吟味しているのか、政策的含意があるなら、それが何をもたらすか検討しているのか、不勉強なのでわからない。

*6:「国防」がどれだけ必要かは大いに議論のあるところであるが、ここでは必要であるとしておこう。

*7:会社の飲み会の会費は、原則「割り勘」だが、女性は割引(あまり酒を飲まない)ということが多い。デート費用は?

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本命デートは割り勘にすべき理由って? お金をかけずにモテる「デート予算」の鉄則(https://r25.jp/article/522348005982640722