浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

北欧の成長モデル (1)

香取照幸『教養としての社会保障』(26)

今回は、第7章 【国家財政の危機】「将来不安」を払拭するために何をすべきか 第3節 不安の背景にあるもの である。

香取の言う不安とは、(1)経済や社会の将来への不安、(2)日常の中の不安(拠り所の喪失、目標と役割の喪失、日常の中の不安 ~失業、雇用、子育て、老後)(3)制度や政策に対する不安(政治不信、アンビバレントな志向)であった。

不安の背景、不安の原因は何だろうか? 香取は、1.安心社会の揺らぎ(「雇用」「家族」「地域」を軸とした生活保障の崩壊)、2.世界経済のグローバル化、3.社会の不安定化(社会統合の危機)、4.危機に瀕する国家財政(財政制約による国家の機能不全)をあげている。

今回は、「引用-コメント」を省略する。政治・経済・社会・文化の歴史を、グローバルに分析した著作があれば、それを読むことにしたい。わずか数ページで、キーワード(あるいはよく知られた言葉)を並べられても、是非はともかく、コメントする気になれない。

そこで、第8章 【新たな発展モデル】北欧諸国の成功モデルから学べること に進む。

第1節は、「転換期」にあるという自覚 であるが、これも省略する。

 

北欧の成長モデル

第2節は、北欧の成功―新たな成長モデル である。

北欧社会は、日本で一般に思われているほど「優しい」社会ではない。企業競争も厳しいし、効率性重視の非常にドライな社会である。企業に対して保護という観点はない。競争力を失った企業は容赦なく市場から撤退させる(例:自動車メーカーのサーブ)。

市場経済であれば、別段不思議なことではない。「優しい」云々は、「社会保障」に関連してのことであって、企業間競争についてのことではない。

労働者に対しても同様で、企業は原則解雇自由、政府は十分な失業手当を保証するが、その代わり公的職業訓練を徹底して行い再び労働市場に返す。ある意味「能力があるのに何もしないで遊んでいる」ような労働者はつくらない。

この記述には、(企業のみならず)労働者に対しても「厳しい」というニュアンスがある。

北欧社会はどのような成長モデルをどうやって構築したのか? 

香取は「成長モデル」と言っている。本節のタイトルは、「北欧の成功―新たな成長モデル」であって、「社会保障」において成功したというのではなく、「経済成長」において成功した、と言っているようだ。

1 知識産業社会への転換…製造業モデルから脱却し、人的資本の充実に力を入れ、知識産業を中心とした産業構造への転換に成功した。

2 教育・労働・社会保障政策の転換…製造業から知識産業への産業の構造転換を支えるために、北欧諸国は、教育、労働、社会保障政策を転換した。労働市場を弾力化する一方、雇用保障を手厚くし、失業して社会保障給付を受けている人に、職業訓練を義務付ける制度を採り入れ、職業能力開発などの人的投資を惜しまなかった。積極的労働市場政策、ゴールデン・トライアングルともトランポリン型セーフティネットとも呼ばれる政策への転換である。

産業の構造転換を支えるために、教育政策や労働政策のみならず、社会保障政策を転換した? 衰退する製造業はダメで、成長が見込まれる知識産業ならOK? 「自助・共助・公助」という言葉を使えば、「自助」のために「公助」がある? 話が逆転していないか? 自助がうまくいかないから、公助があるのではないか?

 

ゴールデン・トライアングル

ゴールデン・トライアングルという言葉につられて検索していたら、「デンマーク労働市場」(労働政策研究・研修機構の委託研究レポート、https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2006_4/denmark_01.html)というレポートがあったので、これを参照しよう。

デンマーク労働市場は、極めてフレキシブルであることが特徴だとされている。実際、デンマークでは1年間に転職する労働者の数は労働力人口の約3分の1に当たる約80万人にも及ぶことが経済省統計局のデータから分かる。デンマークでは経営状態が悪化した等の理由で比較的容易に労働者を解雇することが可能で、1年間に約25万件の職が喪失している。しかし反面、同じ1年間に25万件の新規雇用が創出されている

先ほどの香取の言い方とややニュアンスが異なる。新規雇用がすぐに見つかるので、解雇・失業はあまり問題にされないというように聞こえる。

デンマークのフレキシブルな労働市場は、1994年に施行された積極的労働市場政策に関する法律が掲げる「活性化路線」を柱とする積極的労働政策を基本としている。この活性化路線は、失業してから次の職に就くまでを「活性化期間」と定義し、失業保険給付と職業訓練、研修、企業実習等のツールを媒体として失業者を積極的に支援するものであり、失業者(求職者)個人の要望とニーズを重視しながら、雇用を目指した個別行動計画の作成も非常に重要な要素とされている。

日本でも、もちろん失業者-求職者に対する「公共職業訓練」や「求職者支援訓練」は行われている。その内容、効果をここで評価することはできない。ただ感覚的には、あくまで「失業対策」であり、どんな仕事であれ兎も角就職できればそれで良し、失業率が低下すればそれで良し、ということになっているのではないかと思う。成長産業への労働移動など眼中にない。ましてや、「失業者(求職者)個人の要望とニーズ」など、恐らく考慮されていない。

通称「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれるデンマーク労働市場モデルを形成する要素は、(1)フレキシブルな労働市場、(2)手厚い失業保険制度、(3)積極的労働市場政策である*1OECDはこのゴールデン・トライアングルを「フレキシキュリティ*2と名付け、フレキシブルで権利保障が手厚いデンマークの労働政策の特徴としている。フレキシブルな労働市場、積極的雇用政策、失業保険制度を効率的に運用することで、失業者は再雇用に必要な資格を新たに取得し、失業者の再雇用の可能性が高められる。言葉を変えれば、教育や研修システムを充実させることで、雇用のミスマッチを解消するということであろう

最後の「教育や研修システムを充実させることで、雇用のミスマッチを解消する」という部分が目を引いた。「職業訓練」とは意味合いが異なるように思われる。

 

企業内教育

「教育・研修」という言葉から、「企業内教育」を思い浮かべる。

従業員に仕事上必要な知識、技能、態度などを習得させるために、企業自らが実施する教育訓練のこと。…大企業を中心に企業内教育・訓練の体制が整備され、その後の能力主義管理の展開とともに、「能力開発」という名の下に、以下のように総合化、体系化された。(1)定型的集合教育の形態をとる階層別・職能別教育、(2)日常業務を通じてのOJT(on the job training)、(3)小集団活動や昇進制度と結合した自己啓発

職業教育や職業訓練には、学校での職業教育や公共職業訓練などもあるが、終身雇用を前提に、長期的な人材形成という視点から新規学卒者を基幹労働力化していく日本的なあり方が、企業内教育、とくにOJTを重要かつ必要不可欠なものとしてきた。しかし、バブル崩壊後の不況下では、長期継続雇用を前提としない専門的能力を有するグループの活用も提起され、職場におけるOJTの意義は相対的に低下した。さらに、雇用の流動化とともに、能力開発上の重点は「社外にも通用する能力」に置かれ、社会的資格の取得に向けた自己啓発やそれへの支援が、企業内教育における政策上の課題となってきた。…(竹田昌次、日本大百科全書

現在、企業で求められている人材はグローバル社会で活躍できたり、事業にイノベーションや価値を創造できる人材である。このような人材を育成するために企業内教育も社員の主体的・能動的学習意欲を高め、実践的な学習の機会を重視したインサイド・アウト型への変革が求められている。(日本イーラーニングコンソーシアム、企業内教育の目的、https://www.elc.or.jp/keyword/detail/~

必要とされているのは、「社外にも通用する能力」であるとされる。しかし、企業に蓄積された「ノウハウ」が重要なのであり、「社外にも通用する能力」は基本的能力にすぎない、とも考えられる。そのようなノウハウを持たない企業は、大企業の下請けに甘んじることになる。

失業者-求職者に対する「公共職業訓練」や「求職者支援訓練」は、(詳しく見ていないのでわからないが)たぶん「社外にも通用する基礎的能力」か「限定された職種のやや専門的な職業教育」だろう。確かにこれらは有意味ではあろう。しかし、彼らが「企業間競争」に打ち勝つ人材になることは困難であると思われる。

 

創造的で、社会的に有意味な財・サービスの産出はいかにして可能か?

失業者を出すことなく、格差を生みだすことなく、競争に打ち勝ち金持ちになり見栄を張るのではなく、「創造的で、社会的に有意味な財・サービスの産出はいかにして可能か?」の問いに答えること、私が本ブログで書きたいことである。

今回、「北欧の成長モデル」、「ゴールデン・トライアングル」、「企業内教育」の項で見てきたことは、私のこの問題意識と随分かけ離れていると感じる。

 

f:id:shoyo3:20220116183301j:plain

私はこの本を読んでいないが、購入候補の1冊にあげておこう。

*1:

ゴールデン・トライアングルの3要素

  1. フレキシブルな労働市場…基本的に終身雇用制度はなく、労働者は比較的頻繁に転職することができ、企業も労働者を比較的簡単に解雇することができる。
  2. 失業保険制度…失業保険制度が充実しており、失業保険給付期間は4年間。
  3. 積極的労働市場政策…労働者は失業後、活性化サービス給付を受ける権利と義務を有している。日割り失業手当てを受給しながら、再就職の道を見つけることができる。

*2:フレキシキュリティー(flexicurity)…柔軟性を意味するflexibilityと安全を意味するsecurityを組み合わせた造語。